決意1
事件の次の日から、日高家の周辺は、とても騒がしくなった。
【母の異常な愛!】
【愛するが故…息子を手にかける!!】
そんなテロップがワイドショーでは、流され…
H.C.C本社だけではなく、葛城製薬の前にもマスコミが殺到してきた。
一部の、おしゃべりな人間が、報酬ほしさに匿名という事で取材に応じた。
その内容は、真実と虚偽が混ぜられており、事情を知っている者を呆れさせるばかりだった。
最初、一部のメイド達が、アオイがコウスケと雅代を刺した…などと証言を始めた。
雅代に忠実なメイド達だった。
主人の名誉を守る為だったが、ナイフに雅代の指紋しか付いていなかった事や、啓司や執事の証言から、それが嘘だと白状するのに時間は掛からなかった。
コウスケと雅代の合同の葬儀にも、マスコミは殺到したが、徹底的なガードによって、アオイ達の安全は約束されていた。
啓司の計らいによって、アオイは出来るだけ表に出ないようにしていたが、一部のマスコミで、アオイとコウスケが仲よさげにパーティーに出ている写真などが流失したりしてしまう事もあった。
様々な憶測が飛んだりしたが、真実を知る者は誰もが口を噤んだ。
カナメは、葬儀の手伝いなどをしながらも、アオイの事を気にかけていた。
妊娠している事もあり、和装の礼服ではなく洋装の礼服であったが、ずっとコウスケの傍らにいた。
体調を気遣った亜由美や英子が、休むように言うが首を横に振っていた。
「私は、コウスケの傍にいます」
ただ一言だけそう言って。
しかし…
「あなたは母親なのよ!!まずは子供の事を考えなさい!!」
亜由美に叱られ、アオイは涙を流しながら
「…そうですね…コウスケが残した…遺言だもの」
と、言い英子に支えられるように遺族の控え室に向かった。
「では、私が…」
カナメの申し出に。
「お願いしますね」
アオイは、丁寧に頭を下げた。
亜由美達は驚いていたが、すぐに納得していた。
カナメは、棺桶の中のコウスケを見つめる。
穏やかで、満ち足りていて…眠っているように見えた。
今にもその瞳を開けて、ひょっこりと起きてきそうなくらいに。
(…あなたの意思は…ちゃんと受け継ぎます)
カナメは、声に出さずに誓った。
アオイのショックはかなりのモノだった。
人前では、そんなに泣かなかったが、その瞳は腫れており、人知れず泣き続けた事は伺える。
本葬に殺到したマスコミなどを上手く交わしていると
「穂積さん」
絵莉花が声をかけてきた。
あの日…コウスケが刺された日以来、顔を合わせづらかった。
彼女は知ってしまったのだ。
カナメとアオイの関係を。
そして、お腹にいる子供がカナメである事を。
「断れませんよね?」
微笑みながら言われて
「…今は…ちょっと」
と、マスコミの方を見る。
「そうですね…では、後で時間をください」
絵莉花は、礼をしてから受付の手伝いに戻った。
何故、彼女は何も話さないのだろう?
…もしかしたら、カナメとの取引の材料に使うつもりなのだろうか?
顔を顰める。
「ほずみぃ」
向こうで同僚の呼ぶ声。
「はーい」
カナメは返事をして、同僚に向かって歩き出した。
「なぁ、お前、現場にいたんだよな?」
作業をしていると興味本位なんだろう、耳打ちされた。
「…いや、俺は別のとこいたから」
カナメは、警察以外には、そう話している。
もちろんマスコミにもだ。
「ええ!なんだよ…」
残念そうに言うと
「不謹慎だぞ」
小さく言って、作業をする。
「なんだよ…俺、話しちゃった…知ってそうなヤツがいるって…」
「はぁ?」
「報酬かなりハズむってさ。嘘でもいいから何か証言してくれよ…な?」
カナメは呆れながらも
「バカか?そんな嘘、言える訳ないだろ?」
と言う。知らないって事自体が嘘なんだが…
「おいおい、俺の立場はどうしてくれんだよ」
「知るか!」
「じゃ、どうしようかな。村瀬さん辺りに頼んでみるか…」
「はぁ?」
「だって、村瀬さんもいたんだろ?だったら…」
「いい加減にしとけっての」
呆れ果てて、カナメは同僚から離れた。
殴りたい衝動には駆られたが、騒ぎを起こせばマスコミの餌食になる。
そんな事、アオイ…いやコウスケが望んでいる訳じゃない。
グッと我慢した。
マスコミは煩かったが、葬儀は無事に済んだ。
さっき、カナメに話しかけた同僚が絵莉花に声をかけていたが、絵莉花は首を振ってから、頭を下げていた。
どうやら断ったようだ。
同僚は舌打ちをしながら、ムスッとして絵莉花から離れて行く。
カナメは、とりあえずホッとした。
カナメは、仮に絵莉花が真実を話しても構わないと思った。
確かに二人の行動は非難されるだろう。
たくさんの人達に迷惑がかかる。
地位も何もかも失ってしまう事だろう。
それでも構わない。
アオイがいてくれるなら…
アオイと共に生きられるのなら…
それだけでいい…
カナメには覚悟があった。
葬儀も無事に終わった後、カナメは会社に戻り、残務処理を済ませる。
コウスケの使っていた机にあったパソコンや私物を片付けている際に手紙を見つける。
【穂積 要 様】
コウスケのキレイな字で書かれてあった。
カナメは、それをポケットにしまう。
そして、私物などを片付けいる際に、いくつもの名前が書かれていた紙を見つける。
おそらく、コウスケが子供に付けようとしていた名前。
一生懸命考えていたんだろう。
紙いっぱいに書かれていた名前には、消された跡があったり書き直していたり、コウスケが子供の誕生を待ち望んでいたのが分かる。
(部長…)
カナメの頬に涙が伝う。
「ん?どうした?」
同僚が紙を覗いた。
「これ…子供の名前だよな…」
小さな声で言う。
「うん、だから、後で奥様に渡そうかなって」
「それがいいよ。奥様、喜ぶだろうな」
「…そうだな」
複雑な気持ちで答えた。
後は、黙々と作業を進めた。
作業が終わったのは、6時過ぎてからだった。
「飲みにいかね?」
という同僚の誘いを断って、カナメは帰り支度を始めた。
「穂積さん」
絵莉花が再び声をかけて来た。
カナメは、待っていたかのように
「屋上にでも行こうか…」
とだけ言った。
屋上に上がると…空に星空が見えくらいに暗くなっていた。
それでも、葛城製薬から漏れる光で屋上は、少しは明るい。
カナメは、手すりに手を置いて
「話って?」
と、予想はついているが聞いてみた。
「分かっているでしょ?あの話です。あなた方3人の…」
「やっぱりその事か…」
カナメは諦めたように息をついた。
「話してもいいんだよ」
カナメの言葉に
「どうして?会社を辞めないといけなくなりますよ…それだけじゃない、何処に言ってもうしろ指差される事にも…」
絵莉花の問いに
「別に、構わないよ」
カナメは空を見上げた。
葛城製薬の灯りの影響で、そんなに見える訳ではないが、満天の星空が広がっている。
「…あの人が一緒だからですか?」
絵莉花が俯いたまま小さく言う。
カナメは何も言わない。
「あの人さえいれば、どんな災難が訪れようとも怖くないんですね?」
絵莉花の問いに、カナメはしばらく空を見上げたままいたが
絵莉花を見て
「そうだよ。俺は、アオイを愛している。だから、アオイがいてくれてさえいればいい」
絵莉花は、ツラそうに顔を背けたが
「もし、部長が亡くならなかったら、どうされてました?」
ちょっと、意地悪な質問をしてみる。
「そのままにしていた。部長と幸せになっていたはずだから」
「どうして?」
「それがアオイが幸せになれる方法だから。俺は、アオイさえ幸せでいてくれたらいいんだ。結ばれなくても、俺はアオイと繋がっている。ただ、それだけでいいんだ」
「子供がいるからですか?」
「それは違う。子供の事は関係ないよ。ただ、通じ合っているという自信だけはある。誰にも負けない絆がね」
カナメの言葉に、息を呑む。
「…私、これを材料に取引しようと思っていました」
絵莉花の言葉は、カナメが予想した通りだった。
「そう…」
カナメは小さく答えた。
「でも、それでも、あなたはYesとは言ってくれないんですよね?」
絵莉花が訴えるように聞く。
「ああ、言わない」
カナメは小さく答えた。
絵莉花は、しばらく黙っていたが
「…分かりました。安心してください。あの話は誰にもしません。私の記憶の奥底にしまっておきます」
「ありがとう」
カナメは微笑む。
「でも、私、諦めません。必ず、彼女からあなたを奪い取ってみせます」
絵莉花は、深々と礼をして屋上から去って行った。
「…ごめん」
カナメは小さな声で謝り、自分も屋上から去る。




