悲しい結末
(刺される!)
カナメは直感した。
しかし、アオイとその子供を守れるなら本望だった。
【ザクッ】
音はしたが、痛みは感じない。
「…痛くない?」
カナメは、小さく呟いた。
ゆっくりと瞳を開く。
アオイの顔が至近距離にあった…
だが、アオイの顔は青ざめて
「だ…ん……な…さ…ま…?」
小さく呟いた。
カナメは後ろを振り返る。
コウスケが二人を庇うかのように、雅代の前に立っていた。
「きゃあ!きゃ!きゃあぁぁぁぁ!!いやぁぁぁぁ!!!」
雅代の発狂した声が響き渡る。
そして悟った…
コウスケが二人を庇って刺された事を。
コウスケの体が、二人に寄りかかり
【ズル…】
力尽きたかのように
【ドサッ…】
と、その場に倒れ込む。
「旦那様!!」
アオイは、力の緩んだカナメを振りほどいて屈んでからその体を起こした。
【ぬるり…】
生温かい感触。
アオイは、自分の手を見る。
(赤い…血…)
ぼんやりと認識する。
「いやぁ!!コウスケ!!!」
近くで雅代が髪を振り乱して叫んでいるのが見える。
「どう…して?…」
擦れる声で、アオイはやっと事で口を開く。
コウスケは痛みに堪えながらも微笑んで
「だって…俺は…君の夫だよ」
と言い、続けて
「やっと…夫らしい事…出来た…」
安堵したように言う。
「しゃべらないでください!今、救急車を!!」
英子が慌てて部屋から出て行く。
ドアは開いていた。その向こうには、絵莉花が口を押さえて立っている。
「…いいんだ。もう…間に合わない…」
悟ったように言う。
コウスケの顔色は悪い。
「ダメです!!諦めないでください!!」
アオイは、必死に呼びかけた。
「早く!救急車を!!」
そう叫んだ。
「旦那様!旦那様!!」
声の限り呼びかけた。
コウスケは、微笑んで
「アオイ…ずっと…謝り…たかった…ヒドイ事…ばかり…して…ごめん」
痛みに堪えながら言う。
「何も話さないでください」
アオイは、涙ながらに訴える。
「泣いて…くれる…のかい?…こん…な…さい…ていな…僕の…為に」
そう言って、コウスケは嬉しそうに微笑む。
「こんな…ヒドイ…僕の…た…めに…泣い…てくれるの…かい?」
そう言って、血まみれの手でアオイの頬に触れる。
「当たり前でしょう?私はあなたの妻です」
アオイの言葉に、コウスケの頬に涙が伝う。
「あり…がとう…アオイ…ありが…とう」
満足そうに微笑んだ。
「旦那様!!」
「ねぇ…アオイ…俺の…お願い…聞い…て…くれ…るかい?」
「お願い?」
「な…ま…えで…呼ん…で…、彼…の…ように…」
「え?」
「そう…き…みが…愛し…た…穂積…君の…ように…」
その言葉に、アオイだけではないカナメも驚いた。
二人が黙っていると、コウスケは二人を見ながら
「わ…かって…いた…よ…き…みたちが…愛…し合っ…ていた…事」
淋しく微笑んだ。
「み…んな…わ…かっ…て…いた…んだ…でも…げ…んじ…つを…みと…めたく…なかっ…た…うっ…」
コウスケが顔を歪める。
「その話は、後で!!今は何も言わないでください!!」
アオイは、首を横に振り哀願する。
コウスケはアオイのお腹に手を触れてから
「か…れの…こ…ども…なん…だよ…ね?」
「…旦那様」
「だ…め…ちゃ…んと…な…まえ…で…呼んで」
コウスケの言葉に、アオイは迷いながらも
「コウスケ」
微笑みながら名前を呼ぶ。
「あぁ…やっと…よ…んで…く…れたね」
涙を流して嬉しそうに微笑む。
「俺…は…し…あわ…せだ…」
と、言った後
「ほ…ずみ…くん」
とカナメを呼ぶ。
「はい」
カナメは返事をする。
「こっ…ちに…」
と、アオイと反対側の手を上げる。
カナメはそこに屈むと
「アオイ…と…こ…ども…を…たの…んだよ…」
「部長?」
「ふた…り…をし…あわ…せに…でき…る…のは…き…みだけ…だから」
「部長!!」
コウスケは、カナメを手を握り
「き…みと…アオイ…のこ…ど…もだ…きっ…と…やさ…しい…こ…ども…だね」
「部長!!諦めないでください!!」
「コウスケ!諦めないで!!」
カナメとアオイが叫んだ。
「き…みは…お…れが…アオイ…に…し…て…たこ…とを…しっ…ていな…がら…つ…く…して…くれた…あ…りが…とう…すま…なかっ…た」
コウスケの顔色は、だんだんと土気色に変わっていく。
「もう話さないで!!」
アオイは訴える。
「だ…から…きっ…と…ふ…たりを…しあ…わせに…で…きる」
「部長!!!」
「た…のむ…よ…か…なら…ず…幸せ…に…して…くれ…」
コウスケは、微笑んで言う。
「部長!!ダメです!!奥さんと子供と幸せにならないと!!!」
カナメの叫びを聞きながら、コウスケはアオイを見つめて
「アオイ…元気な…赤…ちゃん…を…産んで…」
「だめ!!!私達これから幸せになるんです!!」
「4…年…間…ありがとう…」
ガクッと項垂れる。
ストン…と腕が絨毯の上に落ちた。
「ダメ!ダメです!目を開けて!!」
アオイの必死の訴えも届かず、再びコウスケの瞳が開く事はなかった。
その顔は、とても穏やかで満ち足りていた。
「あ…あ…」
目の焦点の合ってない雅代が近づいてきた。
そして、土気色のコウスケの頬に指先が触れた。
「コウスケ………全部、あんたのせいよ」
その瞳に殺意にも似た光が宿る。
「あんたさえいなければ!!」
そう言ってナイフを振り上げる。
「やめないか!!」
その腕を掴んだのは、夫である啓司だった。
「お義父様?」
アオイは、気付いていなかった。
いつの間に啓司が…
「雅代さんに呼ばれて、来たんだ」
啓司は言う。
カナメは、驚いた。
あの時、喫茶【サイレント】を訪ねてきた男性だった。
「もう止めないか!」
啓司の言葉に
「何を言っているの?この女のせいで、コウスケが…私のコウスケが…」
雅代は喚きまくる。
啓司は、雅代を見据えて
「コウスケを…殺したのは…お前だ…」
そう言い切った。
「え?」
「いや、私も共犯だな。私達は、コウスケを幼い頃から殺し続けていたんだ」
啓司は、苦渋の表情を浮かべる。
雅代は、力が抜けたかのように腕を下ろした。
「私達がコウスケを殺したんだ」
啓司が言い、ナイフを取ろうとする。
しかし…
「コウスケ…お母様も…すぐに…」
そう言ってから、ナイフを自分の胸に突き立てた。
「雅代さん!!」
勢いで雅代の体は仰向けに倒れる。
ナイフは心臓を突き刺しているのか、雅代は息をしていなかった。
その表情は、不思議なくらいに穏やかだった。




