衝動4
「お母様…」
コウスケは、悲しげに母を見る。
アオイは、グッと拳を握りしめて
「この子供は、旦那様の子供です。断じて、他の方の子供ではありません!!」
アオイは、きっぱりと言った。
その言葉をカナメの目の前に言う…
どれだけ残酷な事だろう…
カナメを傷つける…分かっていても、アオイは言いきった。
生まれ変わったコウスケの為に。
カナメの将来を守る為に。
それを聞いた、カナメは身を引き裂かれる思いだった。
その言葉を…アオイの口から…
目の前が真っ暗になりそうだった。
…分かっている。
その言葉を口にする事は、アオイにとっては苦痛である事が。
自分やコウスケの為に、身を引き裂く思いで、その言葉を口にしたのが。
分かるから、余計にツラかった。
今、自分がここにいる事を呪いたかった。
その言葉に逆上したのか、
「コウスケ!!お願いだから目を覚まして!!この女は、あなたを騙しているのよ!!」
コウスケの体を揺らしながら言う。
「そんな事ある訳ないでしょう」
呆れたようにコウスケが言う。
「どうしてお母様の言葉が信じられないの?」
「だから、アオイはお母様の仰るような人間ではありません」
コウスケの言葉に
「なんて事…こんなになるまで、この女に…」
涙ながらに言う。
「コウスケ、あなたは騙されているのよ。この女狐の巧みな言葉で、こんなにされて…あなたはね、お母様の言う事をよく聞くよい息子だったの…それが…」
「いい加減にしてくれ!!!」
泣きながら訴える雅代に、コウスケがキレてしまった。
叫び声に驚く雅代。
コウスケは雅代を睨みつけて
「俺は、あんたのその押しつけがましい性格が嫌だったんだよ!!毎日、毎日、気持ち悪い甘ったるい声で擦り寄ってきやがって!!」
雅代に対して言ったことのない言葉遣いだった。
「うっせぇんだよ!!うざったいんだよ!!小さい頃から、俺の事を自分の監視下に置こうとして、いろいろ小細工ばかり!!…」
コウスケの怒りは収まらない。
「友達も、何でもかんでも、てめぇが勝手に決めやがって!!何様だよ?」
コウスケの言葉に雅代は目を見開いたまま固まっている。
「挙句に、アオイを嫁として認めないって、勝手に頭取の令嬢を職場にまで送り込んで来て、嫁みたいな顔されて迷惑なんだよ!!」
そう言ってから、顔を反らす。
雅代は、口をパクパクさせていたが
「私は、あなたの将来の事を考えて…」
と、やっと事で言う。
だが、コウスケは、冷たい視線を送って
「自分の為だろ?自分の為に俺を思い通りにしようとしたんだろ?宗男叔父さんと佑介を陥れる為だけに!!もううんざりなんだよ!!」
雅代の顔が強張る。
「俺は…あんたの人形じゃない!!!」
声の限り、コウスケは叫んだ。
雅代の顔色が青くなる。
「そんな…コウスケ…」
そう言ってから、その場にへたれこんだ。
コウスケは、雅代を悲しげに見つめてから
「さ、アオイ、家に帰ろう。それに、穂積君、すまなかったね」
悲しげに笑った。
「いえ…」
カナメは、雅代を見る。
コウスケの言葉がよほどショックだったのか…呆然としている。
「母の事は、気にしなくていい、さぁ、君も帰りなさい」
コウスケが穏やかに言う。
「はい…」
カナメは迷いながらも立ち上がり、バックを持つ。
そして、帰り道となるドアに向かって歩き出した。
それに続くようにコウスケはアオイと英子を連れて、出て行こうとした。
「お待ちなさい」
雅代が、ゆっくりと立ち上がった。
呆れた様子でコウスケが振り返る。
「まだ何か?」
冷たく言い放つ。
雅代は、ゆっくりと近づいてきた。
「コウスケ…、あなたは昔から、ずっとお母様の味方だったわ。私のどんな言葉にも従って、とてもよい子だったわ」
懐かしそうに笑う。
「だから…それが?」
呆れたようにコウスケが言うと
「それが、そんな女に騙されて、お母様の悪口ばかり吹き込まれたのね?優しいあなただものね…同情をして…可哀想に…」
そう言ってから、コウスケの腕を掴む。
「さぁ、いらっしゃい…お母様があなたを救ってあげるわ。こんな女とは別れさせて、貴子さんを嫁として迎えるわ」
その目は、完全に狂っていた。そうしてコウスケをアオイから引き離す。
コウスケは、その手を振り払おうとしたが、振りほどけない。
そのまま、アオイから引き離されてしまう。
「止めてください!!」
やっとの事でその腕を振りほどくが、すぐにまた掴まれてしまう。
「あなたは、将来、H.C.Cの頂点に君臨するのよ…宗男も佑介も…追い出すの…」
雅代は、そうしてクスクスと笑いだす。
「お母様…」
コウスケは母の異常に、恐怖を感じた。
「さぁ、お母様があなたを必ず救い出してあげるからね。あなたはね、お母様の言う事だけを信じていればいいのよ」
と、笑いながら言う。
コウスケは、腕を振りほどいて
「いい加減にしてくれ!!俺は、アオイと子供と生きていく!佑介や叔父さんとも協力してH.C.Cを盛り上げていく!もう、あんたの思い通りにはならない!」
そう言い放った。
だが、雅代はコウスケを掴んで強い力で引っ張っる。
「行かせないわ」
黒く淀んだ声でいい、周囲を見渡す。
そして、目当てのモノを見つけるとコウスケを強く引っ張った。
その勢いで、コウスケは倒れる。
雅代は、素早い動きでアンティーク家具の中にあったナイフを取り出して
「コウスケは、私のモノよ!!!」
刃を剥き出しにしながら、アオイに突進していく。
アオイは、その剣幕に固まって動けない。
だが、カナメは、一瞬驚いたが、すぐにアオイを引き寄せて庇うように抱きしめた。
「ダメ!!」
アオイは、振りほどこうとしたが、ほどけない。
雅代が眼前に迫る。
アオイは、目を瞑った。
「アオイ!!」
コウスケの叫び声がした。
【ザクッ】
と、音がする。
カナメが自分を庇った…
アオイの瞳から涙がこぼれた。
「…痛くない?」
カナメの声がする。
アオイは俯いたまま、ゆっくりと瞳を開く。
絨毯には、赤いシミが広がっていた。
だが、カナメの立っている位置ではない。
誰かの足が見える。
ゆっくりと視線を上げる。
誰かが二人を庇うように立っていた。
(え?…)
アオイは驚愕した。
「だ…ん……な…さ…ま…?」
小さく呟いた。




