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君と僕との秘密の日々  作者: 如月まりあ
43/59

変化2

「アオイ奥様、コウスケ様と雅代様のなさりようは、大旦那様も心を痛めておられます」


そう言ってアオイの前に跪き、手を握る。


「英子さん」


そして、アオイの袖をまくる


「あ…」


アオイが驚いて隠そうとするが、その腕に残っている痣はまだ痛々しい。


「やはり…暴力を…」


アオイは何も答えないでいる。


「やはり、大旦那様にご報告をしなくては…このままではお腹のお子様にどのような影響が出るか…」


英子は、意を決したように立ちあがった。


しかし…


「でも、ここ数日は、何もされていないんです」


アオイは、静かに言う。


「え?」


「旦那様は、ずっとベランダに出て外を眺めたり、浴びるようにお酒を飲んだり、私の事など気にも止めていない様子で」


アオイは俯いて話をする。


「コウスケ様が?」


「人が変わったかのように…私にも原因が分からなくて…戸惑っているのが正直なところです」


アオイは、正直な気持ちを話した。


「でも、それは一時期だと思います。すぐに元の旦那様に戻るかも…」


どうしてよいのやら、分からないのが正直な所だった。


英子は、少し考えてから


「それも含めて、大旦那様にご相談いたします。よろしいですね?」


「でも…」


「大旦那様は、悪いようにはいたしません。この前も亜由美奥様を使いに出したくらいですから。アオイ奥様は、今はお腹のお子様をお守りする事だけを考えてください」


そう言って、アオイの手を握る。


「…はい、わかりました」


アオイは、英子の言う通りにする事にした。


(今は、この子の事だけを…)


そう思いお腹に手を当てる。


(大丈夫よ、ちゃんと守るからね)


アオイは、少ないけど味方をいる事に感謝した。


その一方で、葛城製薬・総務課でも戸惑いがあった。


あの日を境に、コウスケの様子が変わってしまったように見えた。


虚ろな感じで、淡々と仕事をこなしている。


それでも、業務になんらか影響が出ている訳ではない。


コウスケは、最低限の言葉だけで仕事を、部下を、動かして己の業務をこなし、時間があれば屋上に出て黙って空を眺めている。


気味が悪いくらいに…


その噂が社内に広がるのは、早かった。


総務課の社員達も口には出さないが、たまにコウスケをチラチラ見ていた。


「穂積君」


コウスケの呼ばれ、カナメは自分の席から立ち上がり、コウスケのデスクの前に立つ。


「お呼びでしょうか?」


「このデータを会議用に分かりやすくしてもらえないか?急いでもらえたら助かる」


「分かりました」


そう言って、書類を受け取り、回れ右をしてから自分の席に戻る。


その後ろ姿をコウスケは黙って見ていた。


かなめは、気味の悪い視線には気付いていたが、気にしないように自分の席へ座り、早速書類を決済する。


仕事を早く済ませる事にこした事はない。


「なぁ、穂積」


隣に座っている同僚が声をかける。


「ん?」


「部長さ、最近、変じゃね?」


カナメは答えづらい質問に


「そんな事言うなよ」


とだけ答えた。


「でもさ、何か変じゃね?」


小さな声で囁く。


「部長に聞こえたら、大変だぞ」


カナメも小さく答えて、パソコンにデータを打ち込む。


「なんだろな?」


同僚は、まだ続けている。


カナメは、敢えて言うなら…と考える。


そう…自信に満ち溢れた覇気に近いモノ…それが感じられなくなった。


と感じている。


本当に仕事の効率は落ちてないのだ。


無駄のない指示。


一秒たりとも無駄にしていない。


しかし、コウスケは別人のように変わってしまったのだ。


それでも、変わらない事もある。


毎日、芹澤貴子嬢は、差し入れを持ってやってくる。


そして今日も…


「みなさま、ごきげんよう」


にこやかに芹澤貴子は、総務課に入って来る。


コウスケは、呆れたように


「貴子さん、何度も申し上げているだろう?会社には来ないでください」


受付から連絡が入っていたのだろう。コウスケは入口の所で、貴子が侵入してくるのを阻止している。


「あら、コウスケ様。私を迎えにきていただけて嬉しゅうございますわ」


彼女の思考回路は、かなりのご都合主義者なんだろう。


何でも自分の好いように解釈している。


コウスケにいくら邪険にされても、めげずに毎日通っているのだ。


雅代のお墨付きだというのが、彼女の強みであろう。


「仕事の邪魔になります。お引き取りください」


「私がいつ、コウスケ様の仕事の邪魔をしましたの?私の父は銀行の頭取ですのよ。コウスケ様のお力になっても害はあるはずがありませんわ」


自信に満ちた声で言う。


誰もが呆れてモノも言えない。


十分に業務妨害になっている。


しかし、彼女も権力者の娘。


誰も何も言わずに黙って職務にいそしんでいる。


「あ、そうですわ。私、父に頼んでこの会社の前の土地を買収する事にしましたわ」


嬉々として、貴子は言う。


誰もが手を止めた。


「何故?」


コウスケの問いかけに、嬉しかったのか


「この周辺を工業地区にしようと思いまして」


貴子は嬉しそうに答えた。


「H.C.C系列の企業をこの周辺に建設しますの。この街を【ヒダカタウン】という名前に変えて…」


貴子は、自分が考えている構想をコウスケに話す。


しかし、それは社員達を凍りつかせた。


それは製薬会社にとって致命的な事になりかねないのだ。


空気が澄み渡っている事は、製薬会社として大切な事だと初代社長が明言していた。


だから、都心から少し離れた田舎に葛城製薬を建設したのだ。


だが、貴子の構想の通りの街が出来上がれば…


空気が汚れてしまうのは目に見えている。


それは、葛城製薬の理念に反する事なのだ。


誰もが微かな怒りと苛立ちを覚えてしまう。


コウスケは、呆れたように息をついて


「貴子さん、ここがどんな会社だかわかっておいでですか?」


それだけ、訊ねた。


「え?」


コウスケの鋭い眼差しに貴子は驚く。


「ここは、製薬会社です。ですから、空気のよい土地を選んで工場などを建設しているのです。そこに、工業団地を造ればどんな事になりうるかお分かりですか?」


口調は優しいが、言い方は厳しかった。


貴子には、コウスケが何を言っているのか分からない。


それを悟ってか、コウスケはため息をもう一度ついてから


「汚れた空気は、薬品に影響を及ぼすんです。キレイな空気の中で精製されるから、商品としての信用も高くなるんです。分かりませんか?」


コウスケの言葉に貴子は言葉を詰まらせるが


「ですが、商品は工場内で作るのでしょう?それも無菌室で。関係ありませんでしょ?」


「商品にはイメージがあります。汚い空気の中にある工場と清浄な空気の中にある工場…どちらが消費者によいイメージを与えるのでしょうか?」


あきれ果てている様子でコウスケが言う。


「そんなのは、誰も見ていないし知らないでしょ?」


貴子の方は、ムキになってきている。


「ですが、悪い噂と言うものは、すぐに広まってしまいます。とにかく、工業団地計画は、止められた方がいい」


「こんな会社、どうでも…」


そこで貴子の言葉は止まる。


さすがにこれ以上はマズイと感じたのだろう。


「とりあえず、今日は、これで失礼いたします」


と、言い残して去って行った。


コウスケは疲れたようにため息をついてから、自分のデスクに戻る。


自分の椅子に座り眉間を押さえて何やら考えている様子だ。


社員達は、顔を見合わせたが、コウスケに対して何を話しかけてよいやら分からない。


なので、結局、そのままにしておいた。


貴子とコウスケがやり合っていても、構わず仕事を続けていたカナメは、出来あがった書類を持って、コウスケのデスクの前に立つ。


「部長、よろしいでしょうか?」


と、話しかける。


「ん?なんだね?」


「先程の資料の件ですが、このようにまとめてみました。いかがでしょうか?」


そう言って、書類を手渡す。


コウスケは、パラパラと書類を確認して


「そうだね、大丈夫そうだ。ありがとう」


と礼だけいい、また眉間に皺を寄せて考え出した。


「ありがとうございます」


一礼して、カナメは自分の席へと戻る。


コウスケは、不機嫌そうに顔をしかめたままだ。


貴子が帰った後は、こうなっている。


(本当にどうなってんだ?)


カナメは首を傾げるしかなかった。


コウスケの様子は、変わらずにいた。


家の中でも、それは変わりなかった。


ある金曜の夜だった。


夕食を済ませた後、コウスケは、ベランダに出て黙って景色を見ていた。


アオイと英子は顔を見合わせる。


やはり、コウスケの様子がおかしい。


しかし、それを聞くのは躊躇われる。


逆鱗に触れれば…


アオイの身が危ない…かもしれない。


黙って見守るしかなかった。


やがて、片付けと朝食の下準備を終わらせた英子が


「それでは、また明日」


と二人に一礼をする。


その頃には、コウスケもリビングでウイスキーを飲んでいた。


「あぁ、お疲れ様」


見向きもせず、抑揚のない声で言う。


アオイは部屋から出てきて


「お疲れ様です」


と、頭を下げる。


英子は、アオイに近づいて


「どうか気をつけて」


と、小さく囁いてから部屋を後にした。


「旦那様、先に休ませていただきます」


アオイが、そう言うと


「あぁ、分かった」


コウスケは、アオイにも見向きもしなかった。


(何があったのかしら?)


気味が悪いを通り越して、少し心配になってきたが、口には出せない。


「おやすみなさいませ」


深々と頭を下げてから、部屋の中に入る。


そして、ベットに横になっていた。


しかし、コウスケが気になって眠れない。


お腹を気にしながらも、何度か寝がえりをうつ。


【ゴトンッ!!】


物音にビクッと体を震わせた。


その後は静寂しかない。


アオイは、恐る恐る起き上がった。


ベットから降りて、音を立てないようにドアまで歩いて行き、ドアに耳を立てる。


何も音がしない。


アオイは、意を決してドアをゆっくりと開けた。


リビングのテーブルの周りに空になったウイスキーの瓶が転がっていた。


アオイは、ドアを開けてリビングに出る。


俯いたままのコウスケの体が震えていた。


「旦那様?」


アオイは、恐怖心はあったが、コウスケに近づく。


「…アオイ?」


コウスケは、小さく声を上げて顔を上げる。


あまりの事にアオイは驚いてしまった。


コウスケは…泣いていた。


「アオイ!!」


コウスケはアオイの腰に縋りついてから、嗚咽を上げて泣き出した。


子供のように、大きな声で…


「だ、旦那様?」


予想だにしなかった事態に、アオイは動揺していた。


「アオイ…アオイ…アオイ…」


コウスケは、アオイの名前を泣きながら呼んでいた。


「どうかなされましたか?」


アオイの問いかけに、コウスケは答えない。


ただ、泣いているばかりだった。


アオイは、そっとコウスケを抱きしめてあげた。


コウスケは、まだ泣き続けている。


「もう…嫌だよ…」


コウスケは小さく呟いた


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