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君と僕との秘密の日々  作者: 如月まりあ
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確信2

カナメがいつものように出勤すると、机の上には書類が積まれてあった。


「げ…」


さすがに、うんざりしてくる。


「穂積君」


この日、コウスケは誰よりも早く出勤していた。


コウスケの出勤時間が早い事に驚きながらも


「はい」


カナメは、カバンを置いて急いでコウスケのデスクの前に立つ。


「何か御用でしょうか?」


用件は、山のような仕事なんだろうけど、形式なのでちゃんと聞く。


「あぁ、もう分かっていると思うけど、あそこの書類の決済を頼みたい。それで、書類の中から、このリストの売上の推移を比較したいから、データ化して表にしてもらいたい。頼めるかい?」


コウスケは、にっこりと笑う。


拒否は許されない。


分かり切っているのに、聞くのか?と言いたくなる。


しかし、カナメの一般常識はわきまえている。


「わかりました。すぐに取り掛かります」


と一礼する。


「出来るなら早めに…そうだね…昼休みまでに頼むよ」


相変わらず無茶振りを言ってくる。


「はい」


カナメは、返事をしてからもう一度一礼してコウスケに背を向ける。


怒りは覚えてしまうが、やはり上司であり、権力者である。


黙って席に戻ると、休む間もなく仕事に取り掛かった。


「穂積、これ頼むわ」


先輩社員から、書類を手渡される。


それも、大量に。


(…嫌がらせか?)


と、思いながらも相手の顔を見てから納得する。


出世欲の塊で、上司に媚び諂い、同僚を平気で追い落とす人物だった。


噂では、専務の姪である絵莉花に交際を申し込み玉砕した…らしい。


「分かりました」


カナメは、素直に書類を受け取る。


出世欲とか向上心とかと無縁なカナメが絵莉花に気に入られ、縁談まで設けたのに、それを蹴ったという事実が許せない輩はいる。


しかし、最近では皆が、分からないようにカナメの仕事の量を減らしている。


それでも、十分なくらいに負担になる量の仕事をコウスケに命じられている訳だが。


だから、これくらいの量の仕事は、お手のモノである。


ふと、カナメは思った。


「先輩…、自分の仕事、俺に押し付けるの構いませんけど、何か仕事してないと、課長に睨まれますよ」


ニッコリと笑って言う。


そして、カナメは、休めていた手を動かす。


昨日、ちゃんと休んだお陰で、十分な体力を取り戻した。


(大丈夫だ)


カナメは、恐ろしい程の集中力で、仕事を片付けていた。


カナメの集中力は、昼休みになっても途切れる事がなかった。


とりあえず、昼食代わりに【ウィ○―inゼ○】を一気に飲み込み、肩を鳴らしてから、再び書類に取り掛かる。


「穂積さん」


声を掛けられても、最初は気付かなかった。


「穂積さん!!」


大きな声で呼ばれ、驚いて振り返る。


絵莉花だった。


「村瀬さんか…驚かさないでくれ」


カナメは、溜息をついてから、止まっていた作業を再開する。


「だって、呼んでも気づいてくれないから」


「あぁ、それはすまない。それで?」


カナメは、素っ気なく聞く。


「相変わらずの仕事の量ですね」


「まあね」


「社内で、どんな噂が立っているかご存じですか?」


「…さぁ」


今のカナメには、噂を気にする余裕も時間もない。


「私との縁談を断った事で、部長の面子を潰したから、部長から嫌がらせを受けているって、社内の誰でも知っていますよ」


絵莉花は、無邪気に言う。


カナメは、ふうっと息をついて


「前にも言ったとおもうけど、言葉には気をつけた方がいい。今の一言は、あまりよくないと思うよ。それにそれは噂だろ?」


カナメは、絵莉花を見向きもせずに言いながら作業の手を休めなかった。


絵莉花は、ムッとしたのか


「だって、そんなに仕事の量を押し付けられているじゃないですか!確定じゃないですか?」


ムキになって言う。


カナメは、淡々と仕事をこなしながら


「たとえ、本当の事であろうとも、口に出していい言葉がある。仮に口に出すならば、場所も選ばないとならない。どこで、誰が聞いているのか分からないんだから」


静かに言う。


絵莉花は、グッとこらえて


「誰もいないですよ。だって、今は昼休みだもの」


またムキになって言う。


「姿は見えなくても、何処かで誰かが聞いている時だってあるんだ。言葉には気をつけた方がいい」


カナメは、抑揚のない声で言う。


仕事に集中しているので、言い方まで気を回せないのが現状だった。


「…仕事の邪魔をしに来たの?」


カナメの問いに


「そんなんじゃ…ないです。お手伝いしようかと…」


「営業部の君が、総務課の仕事が出来るのかい?」


「出来ます!ていうか、伯父さんに頼んで総務課に移動しますから!!」


絵莉花の言葉に、カナメはしばらく黙りこんでいた。


カナメは、ふと手を止めた。


顔を絵莉花に向ける。


「気持ちだけで十分です。何度も言うけど、俺はあなたの気持ちに応えられません。君は十分に魅力的な女性だ。だから、君を大切にしてくれる男性が必ず現れると思う。だから、俺の事はもう…」


と、だけ言い、再び作業を始める。


「それって、あの人の事ですか?」


「……」


「総務課の…名前は忘れたけど、私に交際を申し込んできた出世欲ムンムンの人ですか?」


交際を申し込んで断られた上に、名前まで覚えてもらってないとは、哀れだ。


カナメは、思わず吹き出しそうになるが堪える。


「名前ぐらい覚えた方がいいよ」


苦笑しながら言う。


「私は、穂積さん以外興味ないんです!」


絵莉花は、キッパリと言った。


「穂積さんの為なら、何でも…します!」


絵莉花の言葉に、カナメが突き動かされる事はない。


アオイは、地獄に堪えながら、ずっとカナメを想ってくれていた。


今も、何処かで…カナメを想ってくれている。


だから、カナメの心がブレる事はない。


「じゃあ、俺の事はもう諦めてください」


絵莉花を見据えて言い、頭を下げる。


「え?…」


固まっている絵莉花に


「自分には、大切な人がいます。今、君が言ったように、自分もその人の為なら何でもできる。その人以外の人間を恋愛の対象にする気持ちはない。だから、何度も言う。自分の事は諦めて、あなたを大切にしてくれる人を見つけてください」


そう言ってから、もう一度頭を下げた。


「穂積さん、私と交際したら…出世とか出来るんですよ…お給料だって上がるし、バイトなんてやらなくても十分生活だって出来る。今のアパートよりもっと高いマンションを購入だって出来る。なのに、どうして?」


絵莉花には、分からなかった。


自分と交際すれば、いろいろと有利なのに、なぜ?


カナメは、少し考えてから


「そうだね、君はお嬢様育ちだから、分からないかもしれないね」


ため息混じり言い


「人の心は…お金じゃ買えないんだよ」


そうハッキリと言い放った。


「確かに、君の言うとおり、君と夫婦になれば、いろいろと便利だろう。でも、俺は残念ながらそんなに器用な人間じゃない。出世の為に大切な人を諦める事は出来ないんだ」


そう言ってカナメは、休めていた手を動かす。


絵莉花によって、生じたロスを取り戻さないとならない。


コウスケより受けた仕事の仕上げにかかる。


「…穂積さんは、私を愛せないんですか?」


納得のいかない絵莉花は、カナメに食い下がる。


「君は、十分魅力的な女性だよ。でも、君じゃダメなんだ」


カナメは、そう答えた。


絵莉花は唇を噛んで


「穂積さん、言いましたよね?言葉には気をつけた方がいいって。じゃあ、今の言葉で、どんな事になるか分かっているんですか?」


彼女が精一杯の強がりで言う。


「…分かっているさ。クビになる羽目になる事はね。だけど、それは譲れない事だから」


カナメは、そう答えた。


絵莉花は、拳を握りしめて


「じゃあ私も譲りません。穂積さんを諦めません。あなたに愛される女性になってみせます」


そう言ってから、総務室から出ていく。


はぁっとため息をつく。


(ほんと、女の人って…)


強いよな…そう思う。


カナメは、遅れた分を取り返すように作業の手を早めた。


その努力のかいがあってか、何とか昼休みまでにコウスケから言われた仕事を終えた。


「部長、こちらでよろしいでしょうか?」


表の束を分かりやすくまとめてから、コウスケに渡す。


コウスケは軽くチェックしてから、口の端を上げる。


そして、書類を雑な動作で机に置く。


「結構だ」


コウスケが言う。


カナメは、その傲慢さに頭が来たが、それは抑える。


「ところで…」


コウスケは指を組んだ。


その笑顔は、攻撃性のある微笑みだった。


カナメは、無意識に構えた。


「昼休み、村瀬さんが君を訪ねてきたそうだね?」


穏やかに言っているが、かなりのプレッシャーを感じさせる。


「はい」


「そのあと、彼女が泣いていたところを見てしまってねぇ…君と何かあったのかと思っていたら、君にフラレたそうだ。あんなのキレイな女性を泣かせて、君はそれでいいのかな?」


嫌な聞き方だ。


カナメは、怒りを抑えつけるのに必死だった。


コウスケの口から、よくそんな言葉が出るものだ。


コウスケは、アオイを傷つけ苦しめ続けているというのに…


だが、カナメは怒鳴りたい気持ちを抑えた。


今、ここで自分が怒鳴ってしまえば、アオイの行為のすべてが無駄になる。


実害は、カナメだけじゃない。穏やかに暮らしている母や姉一家にも及ぶだろう。


怒りを抑えて、ようやく


「…彼女には、申し訳ない事をしたと思っています」


その言葉だけを出した。


コウスケは、目を細めてからカナメを見る。


「へぇ、悪いって思っているのなら、どうして彼女の気持ちに応えてあげないんだい?」


「それは…」


「彼女の伯父は、今は専務の職にあるけど、いずれはもっと高い所へ上るだろう。その御仁のお気に入りになれば、今後の君の人生にどれだけの恩恵を与える事は分かっているよね?」


「…はい」


「分かっているなら、どうして?」


カナメは、しばらく黙っていたが


「私には、彼女を幸せに出来ませんから」


と、答えた。


「幸せに出来ない?どういう事かな?」


「私は、彼女を愛せません。愛されてもいない相手と一緒にいても幸せになれないと思います」


カナメの言葉に、コウスケの眉が動いた。


その言葉は、コウスケにグサリ…と突き刺さった。


「そう…」


虚栄心だけで、言ってから


「もういい、下がりなさい」


と言ってから、椅子を180°回転させて背を向ける。


「失礼いたします」


カナメは、一礼して自分の席へと戻った。


背を向けていて誰にも分からなかったが、コウスケの表情は恐ろしいモノと化していた。


目は吊り上がり、血走り、唇を血が滲むかのように噛締め、怒りに震えているようにも見えた。


だが、それを誰にも気付かせないようにして、怒りを鎮めるかのように深呼吸をする。


気持ちを落ち着かせてから、いつもの柔和な表情に戻すと椅子を元に戻して、カナメが作った書類をゴミ箱に捨てる。


そして、次にどんな仕事をさせてやろうか…と考えていた。


真綿で首を絞めるかのように…ゆっくりと料理すればいい…


いつか、自分の無力さを嘆き、屈服する日がくるだろう。


その時、彼がどんな顔をしているのか、考えるだけで気分は高揚する。


アオイもそうやって支配してきた。


しかし…アオイは、心までは屈服出来ていない。


未だお腹の子供の父親は分からないままなのだ。


(まぁ、いいさ。産まれて来た後、じっくりと料理してやる。アオイもガキも、そしてその男もな)


誰にも分からないように、嫌な笑みを浮かべた。


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