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君と僕との秘密の日々  作者: 如月まりあ
34/59

疑惑2

次の日―


「ふわぁ…」


カナメはデスクで大きな欠伸をした。


昨日は、あまり眠れていなかった。


日高家の屋敷で起こった出来事も一つの原因ではあるが、カナメにはそれ以上に気になってしまう事があった。


それは、屋敷から出てすぐだった―





怒りを内に秘めたまま、カナメは屋敷を後にした。


モヤモヤとした感情―怒りを何処へぶつけたらいいのか…分からずにいた。


門を出たところで


「穂積さん」


名前を呼ばれる。声の方を見ると、絵莉花が門の側で佇んでいた。


「村瀬さん…」


カナメは、正直困った。


「今からお時間いただけませんか?」


絵莉花の問いに


「すみません、今からバイトがあるから…」


カナメは、すまなそうに断る。


絵莉花は、にっこり笑い


「歩きながらでもいいです。お話しませんか?」


そう言って引かない。


「でも…」


カナメは、困ってしまう。だが、次の一言はカナメの迷いを吹き飛ばした。


「日高部長と奥様の秘密なんですよ」


絵莉花は、笑顔で言う。


カナメの表情は一変して


「部長の秘密?」


そう聞き返した。


絵莉花は、ふふ…と笑い


「ええ、あの夫婦の…秘密です」


と言い切った。


(秘密って…)


一体何なのだろう?


カナメは、絵莉花を見る。


絵莉花は、嬉しそうに微笑んでから


「その前に聞かせてほしい事があるんです」


ピタリ、と足を止める。


つられて足を止めたカナメは


「聞きたいこと?」


逆に聞き返した。


「部長の奥様の事です」


険しい表情になる。


「奥様の事で?」


カナメの中で戦慄が走る。


―気付かれた?アオイと自分の関係が…


絵莉花は、すうっと息を吸って


「穂積さんの心を占めている女性…それって、奥様の事じゃありませんか?」


ストレートに絵莉花は言う。


「まさか…そんな事はないです」


カナメは、笑いながら否定した。


内側では、かなり動揺している。


絵莉花は、カナメをジッと見据えて


「そうなんでしょ?穂積さんの好きな人は…」


カナメは、ハハ…と笑い


「そんな訳ありませんよ」


と、否定する。


「だって…」


絵莉花は、切ない表情を浮かべて


「穂積さんの奥様を見るあの優しい眼差し…私、気付いていたんですよ」


ドキリ、とした。


カナメは、誰にも気付かれないように心がけていたのに…


女の直感とは、恐ろしい。


気付いていた人間がいたとは…


だが、カナメは困ったように苦笑して


「違います。奥様を見ていたら、昔を思い出して懐かしくなっただけですよ」


と、答える。


今は、こう言うのがベストだろう。


絵莉花は、疑惑の目をまだ向けていた。


「…本当に違うんですか?」


確認するように聞いてくる。


「ええ」


カナメは、笑顔で答える。


…嘘をつくのは、心苦しい。


絵莉花は、カナメから視線を反らして


「…そうですか。でも、この事を聞いたら、奥様の事を軽蔑すると思いますよ」


と、微笑む。


一体、アオイにどんな秘密があるのだろうか?


「軽蔑…ねえ」


…それは、あり得ない。


カナメには、確固たる自信があった。


それを知らない絵莉花は、笑みを浮かべて


「そうです。私もあんな大人しい顔をして…って思いましたもん」


後ろに手を組む。


「ふぅん…」


カナメは、早く知りたい気持ちを抑えた。


絵莉花は、面白そうに


「ああいう人を、したたかな人って言うんでしょうね」


クスクス笑う。


カナメは、怒りを抑えた。


(…怒るな)


必死に言い聞かせる。


絵莉花は、笑い


「もったいつけちゃいけませんよね?じゃ教えます」


と、言ってから、カナメの耳に囁いた。


「お腹の子供…実は部長の子供じゃないんですって」


と…


カナメは驚きのあまり声が出なかった。


(お腹の子供がアイツの子供じゃ…ない?)


驚いているカナメを見て、絵莉花は、面白そうに笑いながら


「びっくりでしょ?」


と、クスクス笑う。


「まさか?」


カナメは信じられないように言うが


「まぁ、私も伯父さんから前に聞いた噂とか最近聞いた噂とかを合わせて気付いたんですけどね」


得意気に言う。


「…なんだ、噂か」


カナメが、複雑な心境で言うと、絵莉花は口を尖らせて


「でも、信憑性はあるんですよ。まず、伯父さんがお酒に酔った時にボソッと言ったんです。『あのいけすかない日高部長に子供が出来ないのは、実は部長に子種がないからだ』って」


必死な様子で言う。


これには、カナメが驚かされた。


「そんなバカな…」


「日高部長が極秘に検査をした病院から噂が流れてきたって、伯父さん言っていました」


自信たっぷりに言う。


「それだけじゃ…」


「でも、これはどうです?実は奥様、2週間くらい行方不明だったらしいんですよ」


心臓が飛び出すくらいに驚く。


それは事実―カナメと一緒にいたのだから。


「…でも、それも噂なんですよね?」



カナメは、動揺を必死に隠しながら絵莉花に聞いた。


ーそうだ…日高一族に仇なす事は破滅を意味する。


それだけ、日高一族の力は、大きい。


絵梨花は、苦々しい表情を浮かべて


「そう…ですね」


黙り込んでしまった。


しばらくは沈黙が続いた。しかし、駅に到着すると


「じゃぁ、自分は今からバイトなんで」


カナメが、軽く頭を下げる。


「そうですか…今度、バイト先にお邪魔してもいいですか?」


絵梨花は、楽しげに聞く。


「あ、でも…」


カナメが困ったようにしている。


「お仕事のお邪魔はしません。では」


絵梨花は、深々と頭を下げてから、素早く駅に入って行った。


「…強引な子だな」


ボソリ、と小さく呟く。


ふと、昔のアオイを思い出した。


明るくて、気さくで、意地っ張り、それでいて強引…でも、相手への配慮は忘れない。


カナメが何気を偽装して、視線を向けた時は、いつも笑っていた。


だけど、授業中になると表情が一変して真剣な眼差しで教師の話を聞いて、ノートをとっていた。


格段、美人な訳でもないのだが、カナメには輝いていたように見えていた。


だが…今は ―


自分を殺して、偽りの笑顔を見せながら、黙って夫に従っている。


昔の面影も輝きも失われた、心の無き人形―


カナメは、悔しい気持ちを抑える。


…自分に何ができる?


何も出来ない―


ただ、指をくわえて見ている事しか出来ない。


悔しくて、悔しくて、たまらない。


無力な自分が…嫌になった。


何処からか鐘の音がする。


腕時計を見ると、5時を差していた。


「やばっ、バイト行かないと」


カナメは、慌ててバス停に向かった。


運よく、すぐなバスが来た上に、席に座れた。


流れる景色を眺めながら、カナメは絵梨花の言葉を思い出す。


『お腹の子供…実は部長の子供じゃないんですって』


(まさか…?)


"アオイのお腹にいる子供は、自分の子供ではないか?"


そう思えてきた。


ただ一度きり…二人が結ばれたのは、その一度しかない。


だが、あんなに愛し合ったのだから…


それに、屋敷の階段でカナメは、守らないとならないという義務感に囚われた。


…自分の子供だから?


カナメは首を横に振り、自分の考えを打ち消す。


(そんな都合のいい話は、あるはずがない)


自嘲するかのように笑みを浮かべる。


外では、見事な夕焼けがビルに映えていた。




それが気になり、昨日はバイトにも身が入らなかった。


いつも、商品棚を間違えたりしないのに間違えたり、おつりを間違えたり、そして


「カナメ!何やってんだ?ちょっと来い」


挙げ句に、イチロウに事務室にまで呼び出されてしまった。


「一体、今日はどうしんだ?いつものカナメなら、やらないミスばかり連発して。どこか具合でも悪いのか?」


椅子に腰かけたイチロウは、心配そうに聞いてきた。


「いえ、そんな事は…」


だが、カナメは俯いたまま、黙っている。


「…何か悩みでもあるのか?」


「…そんな事は…ありません」


イチロウは、大きくため息をついて


「ここ最近、お前の様子おかしいぞ。ウキウキしていたり、落ち込んでいたり、浮き沈みが激しいっていうか。今も心ここにあらずみたいに…」


「すみません」


カナメは頭を下げる。


「ほんと、ナギサちゃんも心配してんだぞ」


「はい…」


「何か悩んでいるなら言え」


…言えるはずもないだろう。


イチロウは、アオイの…


【コンコン】


とドアが鳴り


「テンチョー、お客さんですよー」


バイトの男の子が声をかける。


イチロウは立ち上がり


「バイト終わったら、じっくり聞かせてもらうぞ」


と言って事務所から出ていく。


(言える訳、ないじゃないですか)


カナメは、やるせない気持ちを抑えた。


扉の向こうでは


「おぉ!お前、ひさしぶりじゃねぇか!」


イチロウが喜びながら叫んでいる。


(知り合いかな?)


イチロウのテンションからして、友達だろう。


「ま、上がれよ。遠慮はいらねぇって」


と、ドアが開き、スーツ姿の男性と一緒に中に入ってくる。


テンションが上がっているイチロウは、カナメにも目もくれず、男性と一緒に自宅に上がって行った。


「あの人…どこかで…」


カナメは、記憶を探るが


「カナメさぁん、店に出てくださいよ!」


バイトの男の子が悲鳴のごとく声を上げる。


「おう!」


カナメは返事をして、店に戻った。


忙しさもあって、カナメは男性の事を、すっかり忘れていた。




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