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君と僕との秘密の日々  作者: 如月まりあ
31/59

未遂1

後ろ髪をひかれるように、雅代の部屋から出た後―


雅代のヒステリーにも似た金切り声が聞こえてきた。


アオイは亜由美を見ながら


「あの…亜由美さん」


チラリと雅代の部屋を見る。


亜由美は、笑みを浮かべて


「大丈夫よ、ここのSPって結構優秀なのよ。雅代叔母様の扱いには慣れているわ」


さらーっとした口調で言う。


しかし、アオイは俯いたまま


「でも…」


亜由美は、息をついて


「あなたは、母親なのよ。もっと背筋を伸ばして、堂々としていなさい。あなたしか、子供は守れないのよ」


厳しい口調で言われ、アオイはハッとなる。


(そうだ…この子には…私しかいない)


お腹の部分に触れる。


今、この時も、お腹の子供は生きている。


これから先、コウスケに、雅代に、酷い扱いを受けるのは分かりきっている。


この子を守れるのは…自分しかいないのだ。


アオイの考えを表情で読み取った亜由美は


「さ、お客様が待っているわ。下に戻りましょう」


アオイを促して階段に差し掛かる。


「あら?あなたは…?」


亜由美が立ち止まる。


続けてアオイも立ち止まり階段に視線を落として、驚愕した。


階段の途中で、アオイと亜由美を見上げて、バツが悪そうにしていたのはカナメだった。


「どうかしましたか?」


亜由美が笑顔で問いかけると


「すみません…トイレをお借りしようかと…でも、迷ってしまいまして…そしたら、黒服の人達が慌てて階段を駆け上がっていたから…」


答えに詰まりながらも、何とか言い訳をする。


亜由美は、フフフ…と笑い


「好奇心というのは、結構だけれど、このような場所では控えた方が利口よ」


釘を刺すように言う。


「はい…すみません…」


頭を掻きながら頭を下げる。そして、頭を上げると同時にアオイの表情を見ようとするが、彼女はカナメから目を逸らして、別の方を見ていた。


「御手洗いなら案内しますわ。さ、下に降りましょう」


亜由美に言われて、カナメも下に降りていこうと体の向きを変えようとしていたその瞬間―


誰かが走り寄ってくるのが見えた。


服装からしてメイドだろう。


しかし、彼女の表情は恐ろしいくらいに険しく、決意を秘めていた。


カナメは、直感的に階段を駆け上がる。


なぜそうしたかは分からない。


そうしなければならない…そんな思いに突き動かされた。


【ドン!】


メイドはアオイに手を伸ばして、階段から突き落とした。


突き飛ばされたアオイは、宙に浮いた。


(え…)


アオイの頭の中が真っ白になる。


本能的にお腹を庇う。


そのまま、アオイの体は階段から転げ落ちる…


アオイ自身が確信していた。


(赤ちゃんが…)


そんな絶望が頭を過る。


アオイは目を瞑り、必死にお腹の子供を守ろうと身構えた。


しかし…


【ガシッッ!】


次の瞬間にアオイの体を誰かが受け止めた。


力強く抱きしめられ、落下の力が弱まる。


「アオイさん!」


亜由美の叫び声がした。


おそるおそる閉じた目を開く。


さっきまでいた高さよりか少しだけ目線が下がっている。


【ドクンッ!】


大きく胸が高鳴る。


アオイを受け止めた体としっかりと抱きしめた腕…


それは、アオイが忘れる事が出来ない感触と匂い。


「はぁぁぁ」


安堵のため息。


それは、カナメだった。


アオイは動けない。


…動きたくない。


この胸に、いつまでも抱かれていたい。


だが、遠くから聞き覚えのある足音が微かに聞こえる。


アオイは、慌ててカナメから離れた。


「アオイさん、大丈夫?」


駆け降りてきた亜由美が顔を覗き込んだ。


アオイは動揺したまま何も答えられずにいる。


階段の上で、アオイを突き飛ばしたメイドが口を押さえて座り込んだままガタガタ震えていた。


よく見ると、アオイ達を雅代の部屋へと連れ出したメイドだった。


雅代への忠誠心からだろう。


「申し訳ございません、雅代様。申し訳ございません…」


としきりに繰り返している。


「何かあったんですか?」


ロビーに出てきたコウスケが問いかける。


そして、階段にいるカナメを見つけると


「穂積君、どうして君が?」


不審そうに問うと


「御手洗いを借りようと迷っていましたら、奥様達と…それで…」


と、階段の上でガタガタ震えているメイドを見る。


コウスケは眉間に皺を寄せて階段を上がってくる。


カナメ達をすり抜けて、メイドの前に立ち、彼女を見下ろしながら


「どういう事か説明してもらおうか?」


怒りを露にして問い質す。


「あ…あ…わた…私は…」


メイドは動揺を隠せないまま、何とか答えられずにいた。


コウスケは、ため息をついて


「…あの人からの差し金か?」


コウスケの問いにメイドの体がビクッと震えた。


その態度で、コウスケは理解した。


コウスケはメイドに背を向けて階段を少し降りる。


アオイの表情は青ざめたまま、両手でお腹を押さえている。


一瞬、冷たい視線を送ったがすぐに


「アオイ、大丈夫かい?」


と、優しく問いかける。


近くにカナメが、階段の下には数人の社員がざわめいているからであろう。


アオイは、


「はい…大丈夫です」


か細い声で震えながら答える。


「それで、一体穂積君が?」


と、疑惑にも似た視線でカナメを見る。


「あ…その…御手洗いを探して迷ってましたら…」


と言葉を濁らせる。


さっき、亜由美に注意されたばかりなので、どうも言いにくい。


コウスケが眉間にシワを寄せると


「雅代叔母様がヒステリーを起こしたのよ。それで屋敷の者達が、慌ただしく動いていたから、彼は何があったんだろうって思っていたら、私達に会ってね。私達で御手洗いまで案内しようとしたら…彼女がアオイさんを突き飛ばして、彼がとっさに助けてくれたってわけ」


カナメの立場を考えてか、亜由美が答える。


コウスケは表情を一転して笑顔を作り


「あぁ、それはすまなかったね。ありがとう穂積君」


と、肩を軽く叩いた。


「いえ、部長のお役に立てて光栄です」


カナメは笑顔を作り答えた。


「しかし…奥さん…」


チラリとアオイを見る。


コウスケは笑顔を作って


「まぁ、とりあえず病院に連れて行かないとね」


と、心配そうにアオイを見た。


「しかし…今は…」


コウスケが困惑していると


「私が責任を持ってお連れしますわ」


亜由美の言葉に


「しかし…」


「もともと、アオイさんの事は、お祖父様から言い付けられていますし、コウスケさんは大事なお客様がいらっしゃるのだから…でも、席の途中でアオイさんが帰るのは…」


少しの間が空く。


コウスケは


「仕方ないさ。アオイのせいではないのだから」


ため息混じりに言うと


「とりあえず、アオイを早めに病院に連れていってやってください。それと…穂積君」


「はい?」


「今の事は内密に頼むよ。母の事も、アオイの事もね」


圧力をかけるかのようにコウスケは言った。


「…わかりました」


カナメは、素直に答えた。


「さ、アオイさん」


亜由美に支えられるようにして、アオイは立ち上がる。


「ゆっくりでいいわよ」


亜由美の言葉に頷いて、ゆっくりとした足取りで階段を降りて行く。


アオイは、カナメのすれ違う時


「ありがとうございます」


か細い小さな声で言う。


だが、決して目を合わせようともしない。


「い…いえ…」


カナメの戸惑いを振り切るように、亜由美と共に一階に降りると、そのまま玄関に向かう。


途中で、執事長である柳瀬とすれ違ったが、無言のまま屋敷を出た。


「柳瀬さん」


階上のコウスケの呼ぶ声に


「何でございましょうか?」


柳瀬は恭しく答える。


「この者が不手際を起こした。後は任せる」


チラリとメイドを見る。


その一言にメイドは、わぁっと泣き出した。


コウスケは、苦々しい表情を浮かべたが、近くにカナメがいた事を思いだし


「さ、私達は会場に戻ろう」


と、カナメの背中に手を添える。


「あ、あの…」


カナメは、バツが悪そうに


「お手洗いをお借りしたいのですが…」


少しだけ脂汗を滲ませながら言う。


コウスケは、ハハ…と笑い


「そうだったね、案内させよう。私は、先に戻っているよ」


そう言ってから、階下にしたメイドを呼び


「彼をお手洗いまで案内してやってくれ」


と言いつける。


「かしこまりました」


メイドは恭しく答え


「どうぞこちらです」


抑揚のない声で案内を始めた。


カナメは、チラリと階段の上を見る。


先程のメイドに執事の柳瀬が語りかけている。


メイドは、泣きながら首を振り何やら訴えていたが、柳瀬は、苦渋を浮かべて何かを言い、彼女の背中を軽く叩く。


メイドは、諦めたように項垂れる。


そこで、移動していたカナメの視界は途切れた。


しばらく歩くと


「こちらがお手洗いになっております」


メイドは相も変わらず抑揚のない声で言う。


「ありがとう…ございます」


カナメは、正直言って戸惑いを覚える。


メイド喫茶…とまではいかないが、ある程度の愛想は心得ているものではないだろうか。


なのに、ここのメイドは感情すらないロボットのように思えてくる。


そんなものだろうか?


「では、私は仕事がありますので失礼いたします」


メイドは、頭を下げてから、カナメの前から去っていった。


どうも、この屋敷には違和感がある。


資産家と一般人の違いだからだろうか。


屋敷の中は、掃除も行き届いており、陽射しもちょうどよく差し込んでいる。


だが、心地よい雰囲気ではない。


違和感しか覚えない。


(こんな場所でアオイは…)


カナメはやるせない気持ちだった。



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