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君と僕との秘密の日々  作者: 如月まりあ
30/59

思惑3

「…愛人?」


アオイは、まだ信じられないでいた。


あの英子が…


亜由美は、笑みを浮かべ


「最初は、亡くなったお祖母様が、妹のように可愛がっていた人なんだけどね」


少しの間の後に


「もともとは、お祖母様付きのメイドだったのよ。でも、お祖母様が亡くなると…」


亜由美は、そこで言葉を切った。


そこは、憚る部分なのだ。


「結果、英子さんはお祖父様が信頼する忠実なメイドになったわけだけど」


亜由美が、肩をすくめながら結論を言うが、アオイは複雑な気持ちを隠せない。


「人は、それぞれよ」


亜由美を遠くを見つめながら言う。


…そう。人は、それぞれだ。亜由美とコウスケの間にも、人には言えない何かがあって、別れを選んだ。


そして、亜由美はコウスケの従兄弟である祐介を選んだ。


当時は、亜由美がコウスケを捨てて次期社長である祐介と結婚した、そういう噂が飛び交った。


亜由美が、どういう気持ちであったのかも知らずに…


アオイは、亜由美をジッと見つめる。


アオイの視線に気付き


「いろいろあるのよ」


複雑な笑みを浮かべた。


その後は、沈黙が続いた。


雅代の部屋の前に着くまで…



【コンコン】


メイドがドアを鳴らす。


「どうぞ」


中から雅代が返してくる。


「失礼いたまします、奥様」


メイドは、バツが悪そうにドアを開けた。


「どうだった?」


期待に胸を膨らませた雅代の表情だったが、アオイが後ろに控えていたのを確認すると、180度表情を変えて、メイドを見据える。


メイドは、ただ頭を下げるしかない。


だが雅代は、アオイの隣にいた亜由美を確認すると、息をついてから


「もういいわ、しばらく下がりなさい」


そうメイドに言いつけた。


「し、失礼いたします」


メイドは、逃げるように去っていく。


アオイは、部屋の中に入り


「大奥様より、お話があると伺いましたが」


緊張感を漂わせながら言う。


雅代は、アオイを見下したように見つめ


「ええ、そうですわね。ですが、その方まで呼んだ覚えはないけれど?」


と、亜由美をチラリと見る。


「あら、私はお祖父様より、アオイのエスコートを言い渡されましたもの。ご一緒させていただくのは当然ですわ」


亜由美は、にっこりと笑う。


それが気に入らなかったのか、雅代は不機嫌そうに顔を歪めた。


「まぁいいわ。ところで…」


そう言ってアオイを見据える。


「はい」


アオイはグッと手を握りしめた。


「あなたに、お話というのは、コウスケさんの事よ」


「…旦那様の事ですか?」


アオイは緊張した面持ちで問い返す。


雅代は、アンティーク調の机に向かい、机の中から万年筆と紙を取り出して、それをテーブルまで持ってきて広げる。


「今度、芹澤貴子さん、あの方をコウスケさんの妻としてお迎えしようと思うの。ですから、あなたにはこちらにサインをしていただいてから、この日高家から出ていっていただきます」


冷たい口調で言う。


テーブルの上に広げられているのは【離婚届】


アオイは、ゴクリと唾を飲み込む。


「もちろん出ていっていただく際には、それなりの手切れ金を用意させます。そのどこの馬の子か分からない子供と暮らすのに十分なお金を」


アオイは息を飲んだ。


雅代は続けて


「私は、そのお腹の子供が日高の血を継いでいるなんて認めませんから」


と言った。


アオイは動けずにいた。


恐らく…いや確実に雅代の独断で言っているのであろう。


コウスケがアオイと別れるつもりなら、とっくの昔に離婚を言い渡しているはずなのだから。


雅代の言う通りにすれば、コウスケの怒りを買うのは目に見えている。


アオイは動けずにいた。


「さ、早くサインをなさい」


雅代は、強要するかのように言うが…


「アオイさん、まずはコウスケさんとお話をした方がよろしいんじゃなくて?」


亜由美が横から口を出した。


雅代は、ワナワナ…と震えながら


「あなたには関係のないことでしょう?口を挟まないでくださいな」


必死に怒りを抑えているのが分かりやすい。


だが、亜由美は雅代を軽く無視して


「コウスケさんは、この話を了承されていらっしゃるのですか?」


すまして聞く。


「…ぐっ!」


雅代は言葉に詰まった。


当然の事ながら、コウスケの了承は得ていない。


コウスケは…愛する息子。


母親である自分が、説得すれば受け入れてくれるはず。アオイが出ていきさえしたら、どうとでも言えるのだ。


それだけは自信があった。


雅代は、フンッと胸を反らして


「コウスケさんには、私からちゃんと話しておきます。あの子は聞き分けの出来る息子ですもの、分かってくれますわ」


そう自信たっぷりに言った。


亜由美は、笑みを浮かべて


「そうですか?でしたら、先にコウスケさんにお話しされたらいかがです?」


雅代の鼻をへし折るかのようにいい放った。


そしてアオイに


「さぁ、アオイさん、お客様がお待ちになっているわ。早く戻らないと」


と、促した。


これには、雅代もカチンときたようだ。


「あなたに、そのような事をされる権利はありませんでしょう?」


怒りに震え、圧力をかけながら言うが


「私は、アオイのエスコートをお祖父様に任せられておりますから」


亜由美は、ものとはせず平然と答えた。


雅代は、ギュッと唇を噛んでから


「あ、あなたがお父様にどう取り入ったかは知りませんけど、いつまでもあなたの好きにはさせませんわよ。所詮、あなたは愛人の子供の嫁なのだから」


敵意と言うより殺意に近いものを剥き出しにして雅代が言い放った。


亜由美の夫である祐介の父・宗男は本妻の子供ではなく、祖父・宗助が愛人に生ませた子供だった。


しかし、本妻である春恵が雅代を産んだ後に子供が出来ず、愛人の子供である宗男を跡取りとして引き取った経緯があった。


春恵は、人間が出来ていたのか宗男と雅代を分け隔てなく育てた。


しかし…雅代は違っていた。


事あるごとに、宗男をイジメていたのだ。


両親に知れないように、巧妙に…


だが、春恵にすぐにバレてしまい、春恵に説教されてばかりだった


これは宗男が、春恵にチクった訳ではない。


見かねたメイドが、春恵にこっそり教えていただけであった。


しかし、雅代は宗男を逆恨みして、さらにヒドイ扱いをしていた。


だが、結局、宗助の意向により宗男が跡取りとされた。


その時には、雅代も啓司と結婚しており、本妻の娘婿である啓司こそが跡取りに相応しい、と主張したが聞き入れてもらえなかった。


その事でも、雅代は宗男に逆恨みしており、折に触れては宗男一家を罵倒していた。


だからこそ、息子を棄てて祐介を選んだ亜由美を恨んでいた。


亜由美も、その事は承知している。


亜由美も、H.C.Cにいた当時は雅代の嫌がらせを受けていたし、コウスケの暴力的な本性を知り、傷ついていた。


そんな時に、亜由美を庇ったり、励ましてくれたのは、祐介と社長である宗男だった。


当然のように、亜由美の気持ちは、コウスケから祐介に移った。


もう1つだけ、亜由美が祐介に乗り替えた理由はあるのだが…


結果、亜由美は、二人の子供に恵まれ、祐介とも円満な家庭を築き上げている。


亜由美はアオイがコウスケと結婚した事情を知っている。


そして、同情している。


だから、アオイが妊娠したと知ると、宗助に頼み込み、アオイの元に行けるように手配してもらったのだ。


そうする事で、コウスケや雅代からどんな扱いを受けるかは分かっているが…


彼女には、味方になってくれる夫やその両親がいる。


とても心強い味方が。


しかし、アオイには誰もいないのだ。


だから、亜由美はアオイにフォローしようとしている。


少しは、コウスケや雅代への復讐心はあるわけだが…


話をもどそう。



亜由美は、雅代の言葉をものともせずに


「何とでも仰られても構いません。夫もお義父様も気にはなさらないでしょうから」


笑顔を作り答える。


その態度は、雅代にとっては怒りを爆発させるには十分であった。


「この売女がぁ!」


我を忘れ、顔を真っ赤にして修羅のような表情で突進してくる。


「お、奥様」


外で控えていたメイドが慌てて入ってくる。


「落ち着いてくださいませ」


と、必死に宥めようとするが


「止めないで!この女だけは!この女だけは!」


と、亜由美に向かって行く。


亜由美は、動じもしない。


やがて、黒服を着た屈強な男達がやってきて


「奥様、落ち着いてください」


と、雅代を止めに入る。


「さ、アオイさん、行きましょう」


そう言って、亜由美はアオイを促して、部屋から出ていこうとする。


「待ちなさい!待てと言っているのが分からないの!」


完全に我を失った雅代が、ヒステリーにも似た声で叫ぶが、亜由美は完全に無視した。雅代も男達に押さえ付けられている為に身動きが取れない。


「お前達、離しなさい!私の言う事が聞けないの!」


男達に命令するが


「奥様、下にはお客様がいらっしゃいます。これ以上騒ぎを大きくされますと…」


男の一人が耳打ちすると、雅代の動きがピタリと止まる。


「…そうね。少し取り乱したわ」


冷静を取り戻してから


「もう下がっていいわ。ありがとう」


そう言いつける。


メイドや男達が部屋から下がると、爪を噛んで


「あの女め…見てなさい、いつかコウスケさんがあのバカ息子を社長の座から引き摺り降ろしてやるんだから」


ギリギリと歯軋りを立てる。


「その為には、貴子さんを嫁として迎えなければ…」


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