思惑2
その後も、アオイは社員に話しかけられていた。
大概が
『おめでとうございます』
『男の子と女の子、どちらがいいですか?』
『奥様に似て、可愛らしいお子様だといいですね』
等と、ワンパターンなのだが、アオイは笑顔で丁寧に答えている。
談笑していると
「申し訳ないのだけれど、少し席を外すよ」
微笑みを浮かべて、コウスケは言う。
「はい…」
アオイは、笑顔で返す。
何も聞かない。
暗黙の了解。
「皆は、楽しんで行ってくれたまえ」
そう言い残してから、コウスケは入り口近くに立っていた亜由美に
「亜由美さん、ちょっといいかな?」
いつもの余裕な表情ではなく、少しばかりの怒りのような表情だった。
一方、亜由美の方は、余裕な笑みを浮かべ
「ええ、よろしくてよ」
二人が出ていくと
「おい、あれ…」
一人が隣にいる人物に語りかける。
「あの人、H.C.C次期社長夫人だよな?部長の元カノの」
言った後に、近くにアオイがいる事に気付き、バツが悪そうに目を泳がせる。
アオイは、笑顔を浮かべて
「気になさらないでくださいな。知っておりますよ」
と、言うと
「すみません、奥様の目の前で…」
「事実ですから、気になさらないでください」
アオイは、笑顔で言う。
「…はい」
「さ、みなさん、せっかくのお料理が、もったいないわ。召し上がってください」
アオイは笑顔を浮かべているが…
(こんなの慣れているわ)
冷めた様子で思った。
コウスケには、結婚する前から女性の影が常にちらついていた。
亜由美は、アオイがH.C.Cに派遣社員としていた頃に噂されていた。
当事、亜由美は秘書室に勤務しており、二人のなか仲睦まじい姿は、度々目撃されていた。
しかし、亜由美は…
コウスケの従兄弟であり、社長子息である、祐介と結婚した。
ルックスも実力も人心掌握術も、すべてがコウスケに劣るのに、なぜ亜由美は、祐介を選んだのだろうか?
それは、次期社長のイスが祐介には用意されているからだ。
それは、会長である祖父の意向。
いくら実力があろうが、社長になるのは、祐介の方である。
だから、亜由美はくら替えしたのだ、と社内で噂が回った。
コウスケは無言を貫き、亜由美は否定もしなかった。
だが、いつまにか噂は消え失せ、コウスケはアオイを口説きだした、という訳だ。
それからも、裏で二人の関係は続いているものだ、と言われている。
現に先程、亜由美と話すまでは、アオイも信じていた。
しかし、それは違っていた。
アオイは、知ってしまった…
亜由美が祐介にくら替えした理由。
コウスケがアオイに隠している事実。
それを知り、アオイは激しく動揺していた。
その一方で、部屋を出た二人は、屋敷の中庭にいた。
「どういう事だ?」
恐ろしい剣幕で言う。
亜由美は髪をかきあげてから、フッと笑い
「別に何も、私はお祖父様の命令に従っただけですわよ」
「クッ!」
コウスケは拳を握りしめ
「英子か…あのおしゃべりめ」
悔しそうにしているコウスケを嘲笑うかのように
「英子さん、お祖父様の忠実なしもべ…ですもの。仕方がありませんでしょ?」
そして、思い出したように
「奥様のご懐妊、心よりお祝いを申し上げますわ」
その微笑みは、まるで悪魔のようだった。
コウスケを嘲笑い、憐れむような…
「本気で言っているのか?」
「もちろん、日高家の一員として、お祝いを申し上げますわ」
コウスケは、怒りを抑えながら
「もう帰れ」
黒く歪んだ声であった。
「無理ね」
と亜由美は腕を組む。
「お祖父様に頼まれたもの。アオイさんの事」
「なに?」
「アオイさんは、まだ妊娠初期の段階、無事に送り迎えするようにと、命じられましたからね」
「くっ…」
「では、失礼しますわ」
亜由美は笑いながら、再び屋敷に入っていく
「ちっくしょう!!」
忌々しく、コウスケはつびやいた。
その様子を忌々しげに二階から見ていたのは、雅代だった。
イライラした様子で爪を噛みながら
「あの女…まだコウスケさんと?」
憎悪が込められている声で呟く。
「…コウスケさんは、私の宝。誰にも渡しはしないわ。あの女にも、無論あの役立たずにも…」
呟いた後に、窓辺から離れ部屋の中を彷徨きながら
「誰があんな役立たずが産む子供を日高家の子と認めるものか…なんとかしないと…」
ブツブツと忌々しげに言う。
「そうだわ、ここに呼び出して帰る時に…」
それは、まさに悪魔のごとき策略だった。
「では、早速…」
と、テーブルの上にある鈴を鳴らす。
「お呼びでしょうか?」
入って来たのは、雅代に忠実なメイドだ。
「あの役立たず、呼んできてくれるかしら?」
椅子に腰掛けながら言う。
その言葉はメイドを戸惑わせた。
「え?奥様?」
「それであなたにお願いしたい事があるのよ」
不気味に笑う。
そのメイドは、その笑みで察したのか、ギュッと手を握りしめて
「分かりました、奥様」
と軽く頭を下げる。
ひじ掛けにもたれ掛かり
「あなたは、物分かりがよくて助かるわ」
ふふふ…と笑う。
「では、早速」
メイドは、ドアを開き
「失礼いたしました」
と出ていく。
「これでコウスケさんも目を覚ますでしょう」
不気味に笑っていた。
アオイは、数人の社員と談笑していた。
コウスケと亜由美が戻ったのを確認出来た。
あの二人の間に何があったのかは気にはなるが、聞かない。
アオイは知っていた。
…知ったところで何かが変わる訳ではない。
自分は、これから先も日高家に鎖で繋がれていくのだ。
コウスケや雅代に蔑まされて…
「申し訳ありませんが、奥様がお呼びです」
メイド…それも雅代に忠実なメイドに話しかけられて、アオイは動揺してしまった。
「お、大奥様がお呼びなのですか?」
声が上擦る。
体が微かに震えた。
(嫌な予感がする…)
直感的に感じた。
雅代が、もしあの事を知っているとしたら、お腹の中の命が危険に晒される。
「はい」
機械的な笑いを浮かべるメイドの態度で、確信に変わる。
(この子が…危ない)
唇を、キュッと噛む。
「あら雅代叔母様、どのようなご用件かしら?」
亜由美が会話に入ってくる。
「私は伺ってはおりません」
機械的な答えに、亜由美はクスッと笑い
「じゃあ、私も同行させていただこうかしら」
亜由美の言葉は、メイドにとっては想定外だった。
「あの…それは…」
目を泳がせて動揺を見せる。
「あ…、そう…そうです、一人でいらっしゃるように、と奥様から伺っております」
動揺を見せている。
亜由美は、笑みを浮かべたまま
「叔母様には私から伝えますから、さっアオイさん行きましょう」
と、アオイの腕を取り出ていく。
「あの!」
メイドは慌てて追いかける。
会場は、微妙な空気が流れる。
【何か違和感がある】
誰もが感じていた。
違和感は、3つある。
1つは、メイドが【若奥様】か【アオイ様】と呼ばなかった事。
それにアオイが【お義母様】ではなく【大奥様】と口走った事。
最後にメイドの態度は、相手に対しての敬意が感じられなかった事。
ヒソヒソと誰かが言う。
「何か変だよな?」
「あぁ、何か変だ」
「あのメイドの態度、おかしいよな」
「そういや噂で…ヤベっ」
慌てて口を閉ざす。
コウスケは、近くを歩いていたところだった。
「部長」
カナメがコウスケの後ろから
「よろしかったのですか?」
と、声をかけるが
「大丈夫だよ、大したことはないだろう」
と笑い
「亜由美さんがついているので大丈夫ですよ」
余裕の笑みを浮かべていた。
カナメは、嫌な予感がしていた。
亜由美に連れられて雅代が待つ部屋に向かう途中
「あの…私…」
アオイが遠慮がちに言う。
「なにかしら?」
「その…」
「私が一緒だから、滅多な事はできないわ」
「何故?」
「私がお祖父様のお気に入りだからよ。だから雅代叔母様から目の敵にされているのだけどね」
「お気に入り?」
亜由美は、ふふ…と楽しげに笑い
「それも実の娘である雅代叔母様よりも可愛がっている、ね。あなたも、お祖父様のお気に入りなのよ。だから、私にあなたの随行を命じた」
「え?」
「お祖父様は、雅代叔母様の性格を把握されているわ。独占欲が深く嫉妬深い、自己中心的な考え方、すべて、ね。でも、実の娘であるから、許してしまう」
「……」
「コウスケさんが家を出た時に、雅代叔母様はお祖父様に泣きついたのよ。あなたがコウスケさんをたぶらかしたって。でも、お祖父様はそれをねじ伏せた。その代わりに、【英子さん】を監視につけたのよ」
「英子さん?」
アオイが、何故ここに英子の名が出てきたのか分からない。
「英子さんは、お祖父様の愛人なのよ。それも、長く続いている」
亜由美は、サラリとした口調で言う。




