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君と僕との秘密の日々  作者: 如月まりあ
28/59

思惑1

「あ、アオイ…何故ここに?」


コウスケが瞳に怒りを潜ませつつそれを隠しながら、アオイに近寄る。


アオイは息を飲んで


「旦那様の大切なお客様がいらっしゃるのに、私が同席しないのは、よくありませんから」


笑顔を作り、柔らかく言う。


「しかし…」


コウスケが何か言おうとしたが


「お祖父様からのご命令ですのよ」


アオイの背後から、声がした。


「亜由美…さん」


コウスケが、狼狽を見せる。


「今日の話を聞いたお祖父様が『妻がもてなさないでどうする?』と私をアオイさんの元に遣わした訳ですの」


亜由美と呼ばれた女性は笑顔で答えた。


「雅代叔母様、お久しぶりでございます」


亜由美が丁寧に頭を下げると


「お久しぶりですね、亜由美さん」


顔を引きつらせて雅代が答える。


「さ、アオイさん、皆様にご挨拶しないと」


そう言ってアオイに手を添えてから、雅代や貴子、それにコウスケの横をすり抜ける。


すれ違う際に、雅代からの殺意にも似た視線、貴子からの悪意ある視線、そしてコウスケからの恐ろしい視線を感じたが。


アオイは、来客者の前に立ち


「皆様、今日は日高の為にお時間をいただきありがとうございます。日高の家内でございます」


落ち着いていて、よく通る声だ。


顔を上げた瞬間に一瞬固まった。なぜなら、カナメの姿を見つけてしまったから。


だが、すぐに笑顔を作り


「いろいろと至らぬ点はございますが、今日は楽しんで行ってくださいね」


その後、アオイは一人一人に挨拶に回る。


「ご懐妊、おめでとうございます」


一人が言うと


「ありがとうございます」


と、笑顔で答える。


「男の子と女の子、どちらがいいですか?」


「元気な子供であれば、どちらでも」


「奥様に似ていたら、可愛らしいでしょうね」


「いえ、そんな…」


「でも、部長に似ていてもいいか」


そこで笑いが起こる。


「…そうですね」


アオイの笑顔の下には、何事にも変えられない曇りが隠されていた。


たった1つの真実。


それによって、アオイの心は混乱をしている。


だが…それを誰にも悟られる訳にはいかない。


コウスケにも、雅代にも、亜由美にも…そしてカナメにも、誰にも知られてはならない。


―決して


「楽しそうだね」


コウスケが話の中に入ってくる。


「いやぁ、生まれてくるお子様の話をしていたんですよぉ」


「そうかい?」


「やはり、部長としては男の子がいいですか?」


コウスケは、ハハハ…と笑い


「私としては、アオイによく似た女の子がいいけどね。ねぇアオイ?」


そう言って笑いかけてくるが、アオイは知っている…


この笑顔の下には、恐ろしい素顔が隠されている事を。


「あら、そうですか?」


アオイは、笑顔で返す。


周囲には、仲睦まじい夫婦だと思われないとならない。


それが、アオイが4年以上続けてきた事なのだから。


「私は、元気な子供であれば、どちらでも構いませんけど」


アオイは、そう言い


「それにしても、皆様には、いつも旦那様がお世話になり、感謝いたしております」


アオイがお辞儀をすると、皆が慌てて


「いや、自分達は何も…ほとんどは、彼…穂積君がやっているんですよ」


そう言って、カナメを差す。


「まぁ、そうですか」


アオイの言葉の後に


「そうだ、いい機会だ。君に彼を紹介しよう。おいで」


コウスケがアオイを、カナメの元に連れて行く。


「穂積君」


カナメに話しかけた。


振り向いたカナメに


「私の妻のアオイだ。アオイ、いつも私の手伝いをしてくれている穂積君だ」


コウスケの紹介が終わりアオイは、お辞儀をして


「いつも主人がお世話になっております」


と言った後に、アオイは恐る恐る


「もしかして、穂積カナメ君?」


と、聞く。


「…はい」


カナメが答えると


「私、覚えてる?宮里アオイ」


「あ…」


「お久しぶりです。卒業以来かしら?」


アオイは、笑顔で言う。


「何?知り合い?」


コウスケの問いに


「小学校と中学校の同級生ですのよ」


アオイは笑顔で答えた。


「そうなの?」


今度は、カナメに問う。


「はい、そうです。まさか、部長の奥様が宮里さんだとは思いませんでした」


カナメも笑顔で答えた。


(これは…試練だ)


カナメは思った。


アオイが、そう言っているのは【わざと】だ。


これが、カナメを守る為だとは分かっている。


複雑な思いを隠して


「本当に懐かしいな」


と言う。


「…そうか」


コウスケは、笑みを浮かべて


「だったらアオイからもお願いしてくれないかい?」


そう言った。


アオイは、首を傾げて


「何をでしょうか?」


と不思議そうに聞いた。


「実は、穂積君に、いい縁談があるのだけれど…穂積君、受けてくれないんだよ。君の方からもお願いしてくれないか?」


コウスケの言葉は、アオイの心の奥に突き刺さった。


だが、アオイは、それを表には出さずに


「それは、よいお話ですわね」


手を合わせてから


「それでお相手は、どんな方なのですか?」


笑顔で問い掛ける。


コウスケは、絵莉花がいる場所を指して


「ほら、彼女だよ。村瀬絵莉花さん」


絵莉花は、同僚と笑いながら談笑している。


「あら、とても可愛らしい方ですわね。穂積君も、もったいない事を」


アオイは、複雑な気持ちだった。だが、それを表には出してはならない。


(…これで、カナメが幸せになるのだから)


そう言い聞かせた。


…本当は違う。


本当は、自分がカナメと幸せになりたかった。


だけど、それは許されない―


【日高コウスケの妻】である限り。


それを捨てる事は出来ない。


それは、周りの【不幸】を意味している。


カナメと幸せには、なれない。


それは、カナメだけではない、カナメの家族の【不幸】を呼び寄せる事になる。


誰にも知られてはならない。


自分の本心を…


真実に愛しい人を…


「それに村瀬さんは、葛城製薬の専務の姪御さんなんだ。穂積君の将来を考えても悪い話ではないだろう?」


コウスケは、付け加えるように言う。


アオイは、笑顔で


「いいお話しじゃありませんか。穂積君、是非お受けした方がいいわ」


胸が締め付けられた。


こんな残酷な事はない。


言いたくもない言葉を笑いながら言わなくてはならない。


それは、カナメも同じだった。


この世で、一番愛する者からの残酷なコトバ。


それも、笑いながら…


込み上げてきた怒りを抑える。


―アオイが一番ツラいのだ―


すべてを守る為に…


己の本心を偽り、言いたくもない言葉を言わなくてはならない。


アオイ自身が、苛まれている。


カナメは、感情を抑えて


「せっかくなのだけど、今は仕事が大事だから。申し訳ありません」


と、頭を下げる。


コウスケは、肩をすくめて


「この通り、聞き入れてくれないんだよ」


と言う。


アオイも困ったように


「困りましたわね」


と、考え込む。


「まぁ、もう少し時間もある。よく考えても遅くはないだろう」


と、言った後に


「村瀬さん」


絵莉花を呼び寄せた。


アオイの心臓が


【ドクンッ!】


と鳴った。


コウスケに呼ばれた絵莉花。


「部長、何か?」


そう尋ねた。


コウスケは、笑顔を浮かべながら


「村瀬さん、私の妻であるアオイだ」


と言った後に


「実はね、アオイは穂積君の同級生なんだよ」


と付け加える。


「え?そうなんですか!?」


絵莉花は、驚いた様子でアオイを見る。


アオイは、苦笑いを浮かべながら


「でも小学校と中学校だけで、高校は違いますのよ」


アオイが言うと


「じゃあ…」


絵莉花は何か言いかけたが、すぐに止めて


「いえ、なんでも」


と言う。


「だから、私達夫婦で必ず穂積君を落としてみせるから」


コウスケは、自信満々に言う。


「ありがとうございます」


絵莉花は、笑顔を作りながらも、チラリとカナメを見た。


カナメは、無表情でそっぽを向けていた。


「何も力になれなかったら、ごめんなさい」


アオイの言葉にハッとして


「いいえ奥様、ご好意感謝いたします」


絵莉花は慌てて答えながら、カナメの様子を伺う。


無表情で顔を背けたままだ。


何かを表には出さないように抑えているのだろうか…


絵莉花は、ぼんやりとそんな事を思っていた。


「こんな素敵な方なのに、穂積君もったいないわ」


アオイが、フフ…と笑う。


カナメは、困ったように


「困るなぁ、部長だけじゃなく、宮里さ…いや、奥様にまで言われると」


苦笑いを浮かべる。


「あ、あの…奥様、ありがとうございます」


絵莉花は頭を下げてから


「お気持ちだけ受け取っておきます」


「え?」


「これは、私の問題ですから、自分で穂積さんの気持ちを振り向かせます」


「…そうですか?」


「本当にありがとうございます。それと…」


絵莉花は、カナメの方を向いて


「穂積さん、困らせてごめんなさい」


そう言って頭を下げる。


そして


「では失礼します」


そう言い残してから、絵莉花は、元の場所に戻って行く。


「…いいお嬢さんではありませんか。穂積君、後で後悔しますよ」


アオイは、笑顔を浮かべて言った。


「あはは、それは言わないでください」


カナメも笑い返す。


それぞれの胸の内を隠し通して…


手を伸ばせば届く位置―


触れようと思えば届くのに…手を伸ばす事も許されない。


一番近くて…


一番遠い…


その距離が憎らしくてたまらない。


カナメは、悔しさともどかしさを抱えていた。


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