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君と僕との秘密の日々  作者: 如月まりあ
26/59

招待2

―日曜日―


カナメは、総務課の数人と待ち合わせをして、日高邸に向かった。


「部長の奥さん、どんな人だろうな」


「やっぱ、美人なんだろうな」


「おしとやかで、優しい人だよ、きっと」


などと、同僚数人の興味は【部長の奥さん】にあるらしい。


コウスケの妻であるアオイに関しては、【生まれも育ちも一般家庭のシンデレラ】と言う話は社内で知らぬ者はいない程に、有名だっ。


「うっわぁ、俺、ドキドキしてきた」


「奥さんは部長にぞっこんなんだから、お前の入る隙間はねえよ」


カナメは、言いたい事を我慢して黙って聞いてきた。


彼等は知らない…


目の前にいるカナメこそが、アオイの想い人である事を。


それを思うと、少し可笑しくなった。


「穂積も楽しみだよなー?」


と、声をかけられて


「あぁ、そうだな」


笑みを浮かべる。作り笑いだが。


胸の高鳴りが止まらない。


(アオイに会える)


その喜びは、ひとしおなのに、それを表には出さないように気を配っていた。


しばらく歩くと、高い塀が見えてきた。


「門が見えねぇ」


一人が思わず声を上げた。


「デカイ屋敷だな」


しばらく塀伝いをなぞりながら歩いていると門が見えてきた。


門の造りも立派であった。


【ひゅう…】


誰かが口笛を鳴らす。


「さすが、H.C.C一族の屋敷だな」


門から覗かせている庭…その奥にそびえ立つ豪邸…誰もが畏縮してしまう。


カナメも例外ではない。


改めて、自分が挑もうとしている相手との土俵の違いを思い知らされた。


逆に自信がなくなるほどに…


だが、カナメは歯をくいしばるように、自分を奮い起たせる。


(…負けるわけにはいかないんだ)


カナメは、茫然としている周囲を尻目に、インターホンを押す。


『どちら様でごさいましょうか?』


インターホンから中年女性らしき声がする。


「葛城製薬総務課の者です。日高部長に、御招待いただきました」


カナメが答えると


「葛城製薬の方々ですね。お話は、若旦那様より伺っております。すぐに開けますのでお待ちくださいませ」


インターホンが切れた後


【ガシャン…ギィ…】


門がゆっくりと開いた。


中に入るとスーツを着ている強面の男性が数人、カナメ達を見ていた。


屋敷のガードマンであろう。


「怖いな…」


誰かが小さく呟いた。


屋敷までの長い道のりを経て、玄関にたどり着き、一同が畏縮したままでいると、白く凝った造りのドアが開いた。


「いらっしゃいませ」


10名ほどのメイドが、ドアの両脇に並んで頭を下げる。


動きも言葉も、ブレもなく同じタイミングだった。


かなり、躾られたのだろう。


一同は、狼狽して後ずさる。


中年のメイドが前に出て


「皆さまお待ちになっております。さ、こちらへ」


と、言うと


「自分達が最後でしょうか?」


カナメが畏縮しながらも聞くと


「はい、皆さまいらしております」


メイドは笑顔で答えた。


応接間は、玄関からすぐのところにあった。


【コ、コン…】


メイドはドアをノックしてから


「失礼いたします」


と、ドアを開ける。


中には、いつも見慣れた総務課の数人に、見慣れない女子社員がいた。


「おう、穂積達じゃないか」


ソフトドリンクを片手に、カナメの先輩らしき人物が手を挙げる。


カナメは、その人物に近づいて


「すみません、遅くなってしまいました」


すまなそうに言うと、彼は笑い


「気にするな、俺達も今来たとこだ。それより…」


と、見慣れぬ女子社員達を見て


「あれ…」


「彼女達は?」


カナメの問いに


「見た事はあるだろ?うちの営業部と人事課の社員」


そう言われれば、営業部と人事課で見た事がある。


「なんで彼女達が?」


「…あの子」


先輩が指差すその先にいる女子社員…前日、カナメに話かけてきた社員だ。


「彼女…専務の姪だそうだ。うちにコネで入社したとかいう噂は聞いているよな?」


「はい」


カナメは、嫌な予感がした。


「たぶん、先日の見合い…たぶん相手は彼女だろうな。社内に気に入った相手がいる、とか女子社員どもが話しているのを見かけたし」


この前、コウスケがあっさりと引いたのは、彼女も招待して、カナメと会わせようしていたからであろう。


(やられた…)


「彼女一人じゃ不自然だから、彼女と仲のいい女子社員も招待したってとこか」


先輩は、カナメの肩を叩いて


「ま、頑張れよ」


面白そうに笑いながら言う。


カナメは、ため息をついた。


(そんな事されても、無理なのにな)


ドアが開いた。


「いらっしゃい」


ラフな格好をしたコウスケが言い


「別室に食事が用意してある。存分に楽しんで行ってほしい」


そう言って、メイドに目配せをする。


メイドは、一礼をして


「それでは、ご案内いたします」


メイドの案内で、移動しながらも、屋敷の内装に皆が驚きを隠せなかった。


淡いベージュの中に赤い薔薇がバランスよく咲いているような壁。


飾られている絵画も、有名な画家…それも高値である事は間違いない。飾り方なども、何ともセンスがよい。


正直、招待された全員が、あまりのセレブぶりに驚いていた。


「こちらでございます」


メイドの案内で入った部屋は、【ホール】と説明した方が早いだろう。天井が高く、凝った造りのシャンデリアがある。


テーブルには、カナメ達が食べた事のないような料理がブッフェ式で並べられていた。


誰もが驚きで声も出ない。


コウスケは、微笑みながら


「さ、みんな遠慮なくどうぞ」


コウスケは、機嫌よく言いながら、再びメイドに目配せをした。


メイドは、一回頭を下げてから退室し、カートにワインを乗せて戻ってきた。


「うちにあるヴィンテージものだ。みんな、飲んでくれ」


そう言って、手際よくワイングラスにワインを注いでいく。


歓声を上げながら、皆がコウスケの周囲に集まりだすが、カナメだけはソフトドリンク片手に、料理を食べていた。


「穂積くん」


ワイングラスを両手に持ち、コウスケがカナメに寄ってくる


「本日は、お招きいただいて、ありがとうございました」


とお礼を言う。


しかし、おかしな点がある。


妻であるアオイの姿がなかった。


コウスケは、笑みを浮かべる。


「楽しんでいるかい?」


「はい」


カナメも笑顔を作り答える。


「それより…」


と、おもむろに後ろを見る。


そこには、例の女子社員がいた。


「村瀬絵莉花さん…営業部の子なんだけど、素敵な娘さんだろ?」


コウスケに言われ、絵莉花は顔を赤らめた。


「そう…ですね」


カナメは、困惑しながら答える。この後の展開が分かりやすいからだ。


「どうだい?一度、映画とか?」


カナメは、頭を下げて


「それは…ちょっと…」


カナメは、困りながらも答える。


「穂積くん、君は利口な人だと信じている。この話を断る意味が分かるのかい?」


冷血そうな無表情で答える。


「…分かっています」


「では…次の…」


「ですが、この話を受けて、傷つくのは自分ではありません」


「誰が傷つくとでも?」


「村瀬さんが」


コウスケの後ろで、絵莉花はグッと拳を握る。


「村瀬さんのお気持ちや、部長のお心遣いには嬉しく思います。ですが、自分は村瀬さんを傷つける事しか出来ません」


「穂積くん…」


コウスケが何か言おうとしたら


「待ってください」


絵莉花が間に入った。


「穂積さんとお話がしたいのですが」


絵莉花は、そう言った。


コウスケは、ふっと息をついてから


「どうぞ」


そう言って二人から離れる。


少しの沈黙…


先に口を開いたのは、絵莉花だった。


「あの…どうして、この話を断るのですか?受ければスピード出世なんて夢じゃないんですよ」


「君の叔父さん…専務の力でね」


「叔父の力でのしあがるのが嫌なんですか?」


「そういう事じゃない。自分には出世欲はない」


「出世欲がないって…でも、この話を蹴った事で貴方の会社での立場が悪くなりますよ」


「そうだね」


カナメは、笑みを浮かべた。


「【そうだね】って…」


「別に今の会社は辞めてもいいかなぁって思っている。すごくやりがいもあって、楽しい職場だけど、会社という組織に入っている以上は、上司の言葉も聞き入れないと上手くやっていけない。だけど…好きでもない相手と交際とか結婚だなんて出来ないから」


真剣なまなざしを向ける。


絵莉花は、唇を噛んで


「今まで欲しいものは何でも手に入れてきました。洋服やアクセサリー、仕事、何でも」


悔しそうにカナメを見て


「初めて手に入らないものがありました」


「ごめんなさい」


カナメは、それしか言えなかった。


絵莉花は、首を横に振り


「謝る必要なんてないわ。それに私、諦めるつもりなんてないし」


「え?」


「あなたの心の中にいる人を追い出して、私がそこに入るから」


宣戦布告のように言い、彼女はカナメに背を向けて、他の女子社員の元へと戻って行った。


(強いな…)


カナメは、絵莉花の強さに感心した。


(でも、無理だよ。俺の中からアオイを追い出す事は誰にも出来ない)


持っていたソフトドリンクを一気に飲み干した。


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