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君と僕との秘密の日々  作者: 如月まりあ
25/59

招待1

「今度の日曜に、うちの家に遊びに来ないかい?」


いつものように雑用を片付けたカナメに、笑顔を浮かべてコウスケは言った。


「え?」


カナメは、拍子を付かれて驚いていた。


「前に話したじゃないか。一度遊びにくるように、と」


含み笑いをする。


「まぁ、私の仕事を手伝ってくれているお礼だよ。一人ではなんだし、他に手伝ってくれている皆も呼ぶつもりだから、いいよね?」


カナメには断る理由はない。


むしろ、アオイに会う絶好のチャンスだ。


「分かりました。では、次の日曜日、お邪魔させていただきます」


カナメが答えると


「よかったよ。また、君にフラレるかもしれないとヒヤヒヤしていたんだ」


「そんな…私のような者が…」


「君はいつも世話になっているからね」


「いえ、私の方こそ日高部長にお世話になっているのですから…」


「その謙遜さに助けられてるよ」


「ありがとうございます」


カナメは一礼してから


「では、こちらの書類を専務に届けてまいります」


そう言ってから、コウスケの前から下がる。


コウスケは、別の社員を呼んでいた。


廊下を歩きながら考えていた。


数日前での出来事を…


あの時、【サイレント】に入ってきたのは、見たことのない男性だった。


きちんとした身なりのロマンスグレー。気品あふれる身のこなし。


男性が中に入ろうとすると


「何をしに来たのですか?」


マスターは、不快感を顕にして言う。


「拓也くん…」


マスターは、その人物を知っているようだ。


(この人…どこかで…)


カナメも見覚えがあるような気がした。どこかで会った事があるような感覚。


「話をしに来たんだ」


男性が答えると、マスターはカナメともう一人の客である川下に


「すみません。今日は、もう閉めたいので」


すまなそうに言う。


カナメは、カウンターから立ち上がり


「わかりました」


答えてから、鞄を持ち


「コーヒー、美味しかったです」


と、店を出た。


カナメが出て、少ししてから川下も店を出てきた。


カナメは、川下に男性の正体を聞こうと思った。


しかし、川下の思い詰めたような表情を見て、何も聞けなかった。



次の日―


(あの人…誰だったんだろう?)


会社の廊下を考えながら歩いていると


【ゴンっ!】


勢いよく壁にぶつかり


「ぷっ」


「クスクス…」


などなど笑いを買ってしまった。


「いたた…」


カナメが、強打したおでこを触っていると


「大丈夫ですか?」


女子社員が話しかけてきた。


「あ、大丈夫です」


カナメは、笑顔で答える。


「穂積さんも大変ですね」


彼女は笑顔で言い去って行った。


(誰だっけ?)


カナメは、その女子社員の名前が思い出せない。


しかし、気にせずに書類を持って専務室まで急いだ。


【ココン…】


ドアを鳴らす


「はい」


中から返事があると


「穂積です。日高部長からの書類を持ってまいりました」


「入りたまえ」


返事があると、ドアを静かに開いて


「失礼いたします」


一礼してから中に入る。


そして、専務の前まで進み


「日高部長からの書類です」


と、封筒を差し出す。


専務は


「ご苦労様」


と封筒を受けとるが、カナメの顔をジッと見つめ


「どうしたのかね?それは?」


と、笑いを堪えるように聞く。


カナメは、おでこを押さえて


「先程、壁にぶつかってしまいまして。目立ちますか?」


「赤くなっているからな。帰りに医務室にでも寄った方がいいんじゃないか?」


「はい、わかりました」


と一礼する。


「ところで穂積くん」


専務は、指を組んで意味深に微笑んだ。


「はい?」


「お付き合いしている女性はいるのかね?」


「え?」


「実は、君に丁度よいお嬢さんがいるのだが…」


カナメは驚きのあまり、声が出ない。


専務は、指を動かして


「君も25才になるし、そろそろ結婚を考えてみてはどうだね」


「ですが…まだ自分には結婚は早すぎると」


「25才なら、ちょうどよい時期ではないか?」


「しかし…」


「幸いな事に、先方も乗り気でね」


専務は、含みを入れて言った。


【断れる事は許さない】


そう聞こえた。


「それとも…恋人でもいるのかね?」


先程とは違い、脅迫じみた言い方だった。


カナメは、グッと拳を握り


「恋人はいません」


と答えた。


「だったら…」


専務が言おうとした言葉を遮り


「大切に想っている女性はいます」


とハッキリとした口調で言った。


「専務のお心遣いには、誠に感謝しております。ですが、自分には大切な女性がおります。それでは先方様への失礼にあたりますので。本当に申し訳ございません」


深々と頭を下げてから


「失礼いたしました」


と、専務室を後にした。


廊下を歩きながら


(こりゃやばいかもな)


と、他人事のように思った。


いまさら、アオイ以外の女性を受け入れられるはずはない。


(そうだ…俺には、アオイしかいない)


だが、現実は…


グッと拳を握る。


何も出来ずに、コウスケの下で働いている自分が腹立たしい。


(こんな会社なら、いっそのこと)


辞めた方がいい、と思った。


それで何かが変わる訳ではない。だが…


このままではいたくない。


アオイを救いだしたい、守ってやりたい―気持ちだけが空回りしていた。


(ほんと、自分の無力ぶりには情けないよな)


すれ違う同僚に挨拶しながら、カナメは総務課に戻った。


総務課に戻り、自分の席に戻ろうとすると


「穂積君」


コウスケから呼ばれた。


また、何か用事か…と馴れた道のりでコウスケの前に立ち


「部長、何か?」


いつものように、用件を承るつもりで言うと


「今、専務の方から話を聞いたんだが…」


と、話を切り出される。


(…専務)


よもや、コウスケに手を回すとは、呆れてしまう。


「部長、その話は…」


カナメが、断りの言葉を入れようとする。


「いや、君の言いたい事は分かる。しかし、この話は、またとない良縁。一度、会うくらいはいいと思うが」


専務と同じく含み笑いを浮かべていた。


カナメは、頭を下げてから


「お心遣いには、感謝いたします。ですが、いまは仕事の方にやりがいを感じております」


そう言ってしばらく頭を下げたままの姿勢でいた。


コウスケは、背凭れに凭れかかりながら


「…君には、意中の女性がいるそうだね?もしかして、その女性が原因かな?


少し威圧的に聞く。


(専務か!)


カナメは、頭のうちで舌打ちをする。


あんな事を言うべきではなかった。もっと別の理由を用意していれば、と軽く後悔していた。


カナメは顔を上げて


「それは…」


頭の中をフル回転させながら、この場をしのぐ手だてを考えた。


「君を虜にする女性とは、一体どんな人なんだろうね」


ニヤリと笑みを浮かべる。


カナメは、怒りを押さえ付けた。


『あなたの奥さんですよ』


という言葉を抑えつける。


「それは…秘密です」


カナメは、笑顔を作る。


「秘密?」


「はい、秘密です」


コウスケは、ジッとカナメを見つめてから


「秘密なんだ?」


その言葉に


「はい、今は恋愛より仕事が大切ですから」


カナメは、笑顔で答える。


「ふぅん…」


小さく呟いてから


「分かった。君が意中の人は、聞かずにおいておこうか」


と、あっさり引いた。


カナメは、正直驚いたが


「無論、日曜は大丈夫だよね?」


念を押すように聞いてきた。


「…はい、それは喜んで、伺わせていただきます」


戸惑いながらも答えると


「そう、じゃあ待っているよ」


笑顔を浮かべる。


直感的にだが、嫌な予感がした。


ただ…当たらない事をいのるばかりである。


「あ、もういいよ。業務に戻りたまえ」


コウスケに言われて


「失礼致しました」


と頭を下げてから、自分の席へと戻る。


好奇心旺盛な同僚の熱い視線が、痛かった。


「ばかだなぁ、せっかくの話を。俺なら即決でOKだけどな」


「じゃあ、自分が受けたら?」


「…俺には話がくるかっての」


ふてくされた同僚に


「はいはい」


カナメは、棒読みで言い


「俺、今の平社員でいいし、結婚なんか興味ないよ」


書類を処理しながら言う。


「ほんと、物好きだよな。お前って」


同僚は、呆れながら言った。


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