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君と僕との秘密の日々  作者: 如月まりあ
24/59

縁3

「はぁ…やっと終わった」


カナメは、ため息をついた。


午後から、ハードな仕事量であった。


通常業務だけでも、何があったのか膨大な量の書類が回ってきたというのに、コウスケから回された書類や使い走りも大変だった。


時計を見ると6時近い。


「今日、バイト休みでよかったよ」


安堵のため息と共に、帰宅の支度をする。


室内には誰もいない。


「まったく、みんな薄情だよな」


小さくぼやく。


今日、総務課の方々は、コウスケに誘われるままに飲み会に行ってしまったのだ。


(まっ、行きたくはないしな)


カバンを持って電気を消してからICカードをスキャンする。


【お疲れ様です】


ディスプレイの表示を見ながら、少しだけ微笑んだ。


「さて、行こうかね」


背伸びをしながら、社屋を出る。


入り口の門で、警備員に挨拶してから、そのまま【サイレント】に向かった。


ドアの前で、一瞬躊躇したが…


【カララーン…】


ドアを鳴らして中に入る。


「いらっしゃい」


中で待つマスターの声は、いつものような優しい声で、カナメは安心した。


「あの…マスター」


「いつもの出来ているよ」


そう言って、小さな包みを出す。


いつものコーヒー豆だ。


「ありがとうございます」


カナメは受け取ってから、財布からお金を取り出して渡した。


マスターは、お金をレジにしまってから


「今日、バイトは?」


「休みです」


「そっか、じゃあコーヒーでも飲んでいかないかい?今日は特別におごるから」


微笑むマスターに


「ありがとうございます」


カナメは、素直に受け取りカウンターに座る。


店内には、客は一人しかいない。昼間にもいた老人だけだ。


マスターは、慣れた手つきでコーヒーを煎れて、カップをカナメの前に差し出す。


「実は、新しいブレンドが出来てね、カナメ君に実験台になってもらいたいんだよ」


少し茶目っ気を含めた言い方をする。


「あはは…そうなんですか」


カナメは、苦笑しながらコーヒーカップを手に取る。


鼻をくすぐる香りは申し分ない。口に入れると、ちょうどよい熱さと広がる、まろやかさとうまさ。


「これ、いけてますよ」


カナメは、素直に感想を述べた。


「そうかい?カナメ君が言うなら、明日からでも出してみようかな」


マスターは、嬉しそうに答えた。しかし、その後に少し淋しげにうつ向く。


カナメは、カップを持ったまま


「マスター…何かあったんですか?」


マスターは何も答えない。


だが…


「もうすぐこの店を閉めるかもしれないんだよ」


奥に座っていた老人―川下が答えた。


「店を…閉める?どうして?」


カナメは、驚きを隠せなかった。


マスターは、顔を背けて答えない。


「あいつらのせいだよ」


川下が、代わりに答えるが…


「川下さん!」


マスターが制止するように言う。


「あんたは、マスターが気に入っている青年だから言わせてもらうが、あの男には気を付けなさい」


川下は、険しい表情で言う。


カナメは、ハッとして


「日高…部長ですか?」


カナメは、問い返す。


川下は、顔を歪めて


「悪魔みたいな一族だよ。何もかも奪って。マスター…拓也君も、どれだけ苦しめられたか」


憎々しげに言う。


「何があったんですか?」


カナメが問うが


「カナメ君、関係のない君を巻き込むわけにはいかない。今の事は、忘れなさい」


ぎこちない微笑み。


カナメは、川下を見る。


「川下さん、言わないでください。カナメ君は将来性のある若者です。私の為に犠牲になる必要はない」


マスターが先手を打つように言う。


しかし…


「拓也君は姉と甥を、日高家に不幸にされたんだ。それだけじゃない、甥の啓介君は…犯罪者にさせられたんだ」


川下は答えた。


「川下さん!」


マスターは、声を荒げる。


「啓介…」


カナメは、驚きを隠せなかった。アオイが話したコウスケの異母弟が、マスターの甥になるのだ。


「彼が…マスターの甥」


カナメが小さく呟くと


「知っているのかい?」


マスターが、掴みかからんばかりに聞いてきた。


カナメは、迷ったが


「会った事はありませんが」


と答える。


「会った事はない?」


「話を…ある人から聞いたんです。愛人の息子で本妻と異母兄から、ヒドイ扱いを受けていると。さらに、異母兄の妻を守るために…警察に捕まったと」


そこで、カナメは帰り際のコウスケの言葉を理解した。


もうじき移送される人とは、マスターの甥である啓介の事だったのだ。


「それを誰から?」


マスターは、さらに問いかけた。


カナメは、迷いながらも


「アオイ…さんからです」


カナメの言葉にマスターは、驚いていた。


「彼女が?」


「啓介君に申し訳ない、ごめんなさい、とずっと泣きながら言っていました」


マスターは、視線を少し泳がせてから、ふと気付いたように


「カナメ君、君は彼女とは…?」


「彼女は…」


カナメの中に迷いが生じた。


しかし…


「俺の大切な人です」


ハッキリとした口調で言った。


「じゃあ…君とアオイさんは…」


「恋人だとか、そういう関係ではありません。ただ…互いの気持ちが通じ合っている事は知っています」


「気持ちが通じ合っている?」


「はい、それを知ったのはついこの前です。彼女が、どんな気持ちで日高家に嫁ぎ、どんな気持ちで過ごしてきたか…それを知ったのも最近です」


「…カナメ君」


「助けてあげたかった…でも、彼女は…俺の…将来を守るために…日高家に」


カナメは、悔しそうに手を握る。


「辛かったね」


マスターの一言で緊張の糸が切れたのか、涙が溢れ出す。


「俺は、アオイさえいてくれたらよかった。今の仕事を失っても構わなかった。でも、アオイは…俺や家族の事を考えて…」


「姉さんと同じだな」


「え?」


「姉さんもそう。自分の気持ちより、恋人や家族の事を思いやって、自分から身を引いた。でも、繋がっていたかったんだ。【愛人】という関係であっても」


マスターは悲しげに言う。


「でも…結局、姉さんは幸せになれなかった。精神的に追いつめられて…大事な一人息子である啓介を…」


悔しそうに顔を歪める。


「でもカナメ君、どうして君は彼の下で働けるんだい?ツラいだろう?」


マスターの問いかけに、カナメは、顔を渋らせて


「はらわたが煮え繰り返るくらい嫌ですよ。でも、もし彼に俺達の気持ちが知られれば、俺だけじゃないアオイにも危害が及ぶでしょう。そして家族にも。だから、アオイは戻った。周囲を守る為に。その気持ちを無駄にしては…」


カナメは、一旦言葉を切り


「なんて言い訳に過ぎませんね…俺は意気地がないんだ」


涙を流しながらカナメは悔しそうにテーブルを叩く。


マスターは、カナメの肩に手を置いて


「そんな事はない。決してそんな事は。君は、彼女の為にこんなに苦しんでくれている。それだけでも、救いになるよ」


優しく温かい言葉をかけた。


「マスター…」


「私もアオイさんが、啓介の事で、心を痛めてくれている事が分かってよかったよ。啓介は、決して無駄な事はしていなかった。あの子をあの家で支えてくれていた人がいた事は、私達にとっても救いだよ」


微笑むマスターに


「でも、甥っ子さんは…」


「分かっているよ。何とかしてあげたいけれど…」


マスターが切羽詰まったように悩んでいると…


【カララーン…】


ドアのベルが静かに鳴った。


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