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君と僕との秘密の日々  作者: 如月まりあ
23/59

縁2

―昼休み―


「…ふぅ」


カナメは、処理の終わった書類を見ながら息をついた。


時計を見ると12時を少し回っている。


周りには誰もいない。


昼休みのチャイムが鳴ってから、ぞろぞろと食堂へと向かったからだ。


「なんとか間に合ったな」


カナメは呟いてから立ち上がる。


軽く背伸びをしてから、上着と財布を出して、総務課を出ていく。


正面玄関を出ると、先程より日差しが強い。


「あちぃな」


とは言え、サイレントに行くには出ていかねばならない。


「行くか」


と、強い日差しの中を外に出た。


正門の所には、警備員が2人いる。


製薬会社なのでセキュリティは万全でなくてはならない。H.C.Cの参入後には、セキュリティも強化されていた。


「すんません、ちょっとサイレントまで行きます」


カナメが声をかけると


「ちょっと失礼しますよ」


警備員の一人が、カナメのボディチェックを入念にする。


これもH.C.Cが参入してから、厳しくなった。


探知機のような器具を当てられ


「はいOKです」


と言われた後、解放された。


「お疲れ様です」


そう言ってカナメは、門の外に出る。


目的地は目の前だった。


【カララーン…】


ドアを鳴らして中へと入る。


「いらっしゃいませ、おや?」


カウンターから、穏やかで心地のよい声がした。


【サイレント】のマスター・藤森拓也である。


見た目は、20代に見えるが実際は40目前と言われている年齢不祥の人物。


「カナメ君、久しぶり」


にこやかに笑う。


「はい、しばらくです」


カナメは、少しばかりバツが悪そうになる。


「いつも、走りながら帰っているのを見かけていたけど、仕事大変そうだね」


マスターは、労るように優しく言葉をかけた。


いつもと変わらない穏やかな笑顔で。


カナメは、何とも言えない安堵感に包まれたような気がした。


「はい、最近は少し忙しいから、マスターの顔を覗きにも来れなくて…」


「おやおや、こんなおじさんの顔なんか」


「いえ、なんか安心しました」


「ははっ、最高の口説き文句だね」


「いやっ、そんなっ」


カナメが慌てていると、マスターはクスリと笑い


「さっ、空いている椅子に座って。日替わりのランチでいいかな?」


「はい」


カナメは、カウンターの空いていた椅子に座り、そこからの景色を楽しむ。


店内に小さく響き渡っているジャズ。端の方で目を閉じて聞き入っている老人。談笑する人々。


変わらない風景。


カナメは、心地良さげに目を閉じた。


「カナメ君、疲れてない?」


唐突にマスターが聞いてきた。


「え?」


カナメは、目を丸くして驚く。


マスターは、上手にフライパンを使いながら


「最近、通常業務に加えて、雑用とか増えてると聞いたからね。夜のバイトも続けているみたいだし。何より顔に疲労が出ているよ」


見透かしたように言う。


カナメは苦笑いを浮かべて


「そうですか」


ハハ…と笑う。


「若いからって無理したら、体に毒だよ。はい、ランチ」


そう言ってから、カナメの前にプレートを置く。


今日のランチは、ハンバーグとサラダ、それにライスである。


「そしてこれは、私からのおごり」


追加して、野菜ジュースが横に置かれた。


「マスター…」


「栄養たっぷり、疲れも吹き飛ぶ、特製ジュースだよ」


そう言って、ウインクする。


「ありがとうございます」


カナメは、手を合わせてから、ランチを食べ始める。


「マスター、わしにもその特製ジュースおくれよ」


老人が手を上げて言うと


「川下さんは、充分元気でしょう?聞きましたよ、老人会のマラソン大会、ぶっちぎりだって」


「かっかっかっ、当たり前じゃ。息子どもは、いい加減しろとか言うが、わしゃまだまだ現役じゃ」


老人は、豪快に笑った。


いつも笑いに満たされている…それが【サイレント】なのだ。


しかし…


【カララ~ン…】


ドアが開いた次の瞬間に、店内に充満していた空気が凍りついた…そうカナメは感じた。


「いらっしゃいま…」


マスターの表情が強張る。


ぐっと拳を握り


「いらっしゃいませ」


と笑顔を作る。


だが、明らかにいつもとは違う。穏やかで柔らかい笑顔ではない。


まるで仇敵に会ったような、鋭い眼光をたたえていた。


店内に入ってきたのは、コウスケ。カナメを見つけると


「穂積君」


そう言ってから、カナメの隣に座る。


カナメは箸を止めて


「部長…何かミスでも?」


カナメの問いに、コウスケは、にこやかに


「いや、午後からの業務について相談しようとしたのだが、君がいなかったから…。近くにいた手嶋君に、ここにいると聞いてね」


「申し訳ありません」


「いや、謝る事はないよ。昼休みは自由だからね。あ、私にはコーヒーをお願い出来るかな」


一瞬、鋭い眼光でマスターを見たが、すぐに元の表情に戻った。


「…かしこまりました」


マスターの表情は、やはりいつもと違う。


グッと何かに堪えているような…何かを抑えているような、そんな様子だった。


いつもの手つきで、コーヒーを煎れてから


「お待たせいたしました」


コーヒーを、コウスケの目の前に置いた。


目の前に出されたコーヒーを見つめ


「うん、いい香りだ」


そう言ってから、コーヒーを飲む。


カナメは、チラリとマスターを見る。こちらを見ないようにして、険しい表情でカップを拭いていた。


「うん、美味しかった」


コウスケは言ってから、立ち上がり


「マスター、お代はいくらかな?」


「…400円です」


マスターは、コウスケから目を逸らしている。


コウスケは、財布から400円を取り出して


「では、ここに置いておきます。穂積君、打ち合わせがしたいから早く戻るようにね」


席を立って、ドアに手をかけた瞬間に


「あ、そうそう、彼の事ですが、来月にも移送されるようですよ」


不敵な笑いを浮かべてから、コウスケは店を出る。


【シーン】と、店内が静まり返っていた。


「マスター知り合い?」


馴染み客の一人が聞く。


「ええ…まぁ…」


マスターは、暗い表情のまま、カップを下げようとしたが…


【ガシャーン!】


落下して割れてしまった。


「す、すみません」


マスターは慌てて、ホウキとチリトリを持ってきて、割れた破片を片付ける。


それが終わると、コウスケが置いた400円を手に取ったが、レジには持っていかずに、奥の方に持って行った。


【ボスッ!】


音からして、ゴミに投げ込んだかもしれない。


(こんなマスター、見たことがない…)


カナメは、そう感じた。


彼は、いつも優しい笑顔と温かい雰囲気を醸し出していた。


あんな険しい表情、見たことがない。


奥から出てきたマスターは


「みなさん、すみません。お騒がせしてしまって」


ぎこちない様子で笑う。


「あの…」


カナメが何かを言いかけようとするが


「カナメ君は、あの人の下についているの?」


マスターが、遮るかのように質問する。


「はい…まぁ…」


「どんな人?」


「え?すごく仕事が出来る人だとは思いますよ。社内での評判もいいみたいですし」


「…そう」


マスターの表情は陰り、声も低い。


「マスター?」


カナメの声に、ハッとして


「何かな?」


マスターは、ぎこちない笑いを浮かべる。


「あの…マスター」


「カナメ君、早く帰らないと、昼休み終わるよ」


何かを聞こうとしたカナメに、マスターは笑顔で言う。


時計を見ると、昼休みの残り時間は、わずかだ。


「いけね」


カナメは、慌てて食べる。


「ごちそうさまでした」


言った後に、お金を置いてから席を立つ。


「では、仕事終わったらきます。アレ無くなりかけているから」


一礼をしてから


【カララーン…】


ドアを開けて出ていく。


「ふぅ…」


マスターは、ため息をついた。


そして、黙々とカップ類の洗浄等の作業をする。


だが、表情は曇ったままで、時々眉間にシワを寄せて、悔しそうに唇を噛んだりしていた。


店内にいる客も、マスターのいつもと違う様子に戸惑っていた。


「マスター」


老人がマスターに語りかける。


「はい?」


「今は仕事中だろう?お客様を戸惑わせてはならないよ」


「…あ…すみません」


老人は立ち上がり、帽子を被ってから


「誰でもツラい事があるだろう。嫌な相手もいる。だが、客商売をしているのだから、ちゃんと分けてないとね」


そう言った後に、レジにお金を置いてから出ていく。


マスターは、ぐっと拳を握り、ドアに向かって深々と頭を下げた。


顔を上げた後、彼はいつものような笑顔で微笑んだ。


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