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君と僕との秘密の日々  作者: 如月まりあ
18/59

悪戯1

カナメが仕事を休んだのはあの1日だけだった。


無論、休んだ分だけ仕事は溜まっていた。


ため息をついてから、仕事を片付けていると…


「そういやさ、H.C.Cがうちを吸収合併するっていう話知っているか?」


誰かが、声をひそめて話している。


「あ、やっぱり」


相手も当然、声をひそめていた。


「うちの株とか結構買い占めたらしいぜ。それで、H.C.Cの人間がうちに来るってよ」


「マジで?」


「おうよ。たぶん営業部だと思うけどよ」


「総務課には関係ないか」


「いや、わかんないぜ。リストラとか断行するかもしれないし」


「うわぁ、最悪だな。で、いつから?」


「さぁ…」


「さぁって…」


「俺が知るかっての。とりあえず、しばらくは気を抜けないって事だな」


そんな会話が聞こえてきた。


【H.C.C】


と言う単語は気にはなったが、カナメはひたすら、仕事に没頭した。


アオイの事を忘れる為に…


ただ、必死に、仕事に没頭するしかなかった。


まだ、胸を締め付けられる。


アオイを想うと…


アオイが自分や周囲の為に、戻る決意を固めた、のは分かっている。


痛いくらいに…


だけど、それでも共に居たかった。


ずっと、これからも…


カナメは、アオイへの想いを断ち切るかのように、首を横に振る。


(今は、仕事に集中するんだ)


そう言い聞かせながら…


「穂積」


背後から、聞き覚えのある声がする。振り返ると、総務課課長の姿があった。


「課長?何か?」


何かミスでもやらかしたか?とヒヤヒヤした。


「君に話があるんだが…」


課長の声は緊張を含んでいる。


カナメは、言われるままに課長と廊下に移った。


「課長、自分、何かミスでもしましたか?」


カナメが不安げに聞くと、課長は首を横に振り


「いや、ミスじゃない。むしろ、君は優秀な方だよ」


その言葉で少し安堵したが、課長の表情は暗い。


カナメも不安に駆られる。


「じゃあ…」


「知っているかね?H.C.Cの事を」


課長が話を切り出す。


「ええ、まあ、さっきも誰かが話をしているのを聞きました。では…」


「あぁ、本当の事だよ」


課長の声は、恐ろしく暗い。


さらに…


「H.C.Cの重役候補が何人か、うちに出向という形で入る事になっている」


苦渋の表情で言う。


「そうですか…」


「そこでだ、君にはH.C.Cから来られる方の下についてもらいたいんだ」


突然の申し出にカナメは驚く。


「え?」


カナメは固まってしまった。


課長は、カナメの肩を叩いて


「本社から出向される、日高部長の下についてもらいたいんだ」


もう一度言う。


「え…でも…自分なんかじゃ…」


「君の勤務態度は非常に真面目で、仕事も早い。総務課の中では君が一番適任なんだ」


「ですが…」


「無論、君の他にも何人かつけるつもりではいるし、君に負担をかけるつもりもない。なぁ、穂積」


「はい?」


「これは、出世へのチャンスだと思え。日高部長に気に入られれば、主任への昇格も近くなる」


課長の気迫に圧されるように


「はい…わかりました。やってみます」


圧され気味な声で言った。


課長は、ホッと安堵の表情を浮かべて


「そうか、やってくれるか。早速ではあるが、もうすぐ日高部長が、こちらにいらっしゃる。失礼のないようにな」


そう言い残して、課長は去っていった。


残されたカナメは、ため息をついてから


「どうすんかな…」


と、不安に駆られる。


(【日高】…?…まさかな)


カナメは、どこかで聞いたような気がしていた。


そう…どこかで…


考えるように立ち尽くしていたが、やがて片付けなければならない仕事が残っているのに気がつき


「やべ…」


と自分の席に戻った。


席に戻り、書類を処理していく。


あっという間ではなかったが、しばらくして、カナメは安堵のため息を漏らす。


「やっと、終わった」


カナメの言葉に


「穂積、お疲れさん」


と声がかかる。


「大変だったなぁ」


周囲からの声に


「だったら、書類の処理しておいてくださいよ」


カナメが笑いながら言うと


「自分のノルマだけで精一杯だよ」


彼は、そう言った。


カナメが続けて何か言おうとするが…


「総務課の諸君!」


ドアが開いて、声が響き渡る。


課の全員が、ドアに視線を集中する。


先頭に立っているのは専務で、その後ろには男性がいた。


専務は、咳払いをしてから、総務課に入る。


だが、すぐに後ろを振り返り


「さ、どうぞ、お入りください」


と、媚びた様子で言う。


男性は、中に入る。


年齢は30代に入るくらいだが、身のこなしに隙がなく、華やかさすらある。


何人かの女性社員が、見とれているようだ。


専務は、咳払いをしてから


「えー、我が総務課に、今日よりH.C.Cからいらっしゃいました、日高コウスケ氏が加わる事になりました。日高氏は、H.C.Cでも実績をあげていらっしゃる方です。これからは、日高氏の指示の元、総務課の仕事に励んでください」


と、上から目線の口調で言う。


(この人が…)


カナメは、日高コウスケを観察する。


見た感じ、穏和な感じではあるが、どことなく変な感覚を覚えた。


「では…」


専務が、後ろにいるコウスケに場所を譲るかのように、後ろに下がる。


コウスケは前に出て


「日高コウスケです。皆さん、今日からよろしくお願いします」


出だしは、優しい口調で始まった。


「私が、H.C.Cより派遣されましたのは、葛城製薬の経営の建て直しの為です。ですのでこれよりは、会社の無駄な部分を省く所存です。それは経費だけではありません。人件費も削れるだけ削るつもりです。皆さんには、それを頭にいれて職務に励んでいただきたい」


言い方は優しいが、遠回しなリストラ宣言である。


これには、総務課内の空気が氷ついた。


コウスケの後ろにいた専務は、年下であるコウスケに媚びるようにヘコヘコしながら


「では…日高さんの下に課内の者を、おつけいたしますので」


そう言って課長の方を見る。


課長は立ち上がってから


「穂積」


と、カナメを呼んだ。


カナメは立ち上がり課長と共にコウスケの前に立った。


「それでは、この穂積を日高さんの下につけさせていただきます」


課長が言う。


コウスケは、にこやかに手を出して


「よろしく、穂積君」


と言う。


「よろしくお願いいたします」


カナメも手を出して、しっかりと握手を交わした。


そこに課長が出てきて


「では、あちらにて業績について報告させていただきます。穂積、今すぐ会議室に業績報告書を持ってきてくれ」


上司からの命令に


「分かりました。それでは失礼いたします」


カナメは、一礼をしてからその場を立ち去る。


課長の命の通りに資料室から、業績報告書を持ち出した。


分かりやすい場所に置いてあったのは、誰かが前もって移動したからであろう。


(なんか、休み明けに大変な事になったなぁ)


資料を持ちながら、ため息が出そうになった。


会議室の前に立ち、ドアをノックする。


中から返事があると


「穂積です。業績報告書をお持ちいたしました」


「どうぞ」


返事があると、ドアを開けて


「失礼いたします」


一礼してから中に入る。


中にいたのは、コウスケと課長、それに専務であった。


「どちらにお持ちいたしましょうか?」


カナメの問い掛けに


「あぁ、それはこちらに」


コウスケが手を上げて答えた。


「失礼いたします」


カナメは、コウスケの傍らに立ち、持ってきた資料を置く。


キラリ、と左手の薬指に指輪が光る。


(…まさか)


カナメは、この男がアオイの夫ではないか、と思う。


(そんな偶然があるはずは…)


否定しながらも、何故か確信はあった


【この男がアオイの夫】


であると。


コウスケは、カナメの視線に気付き


「何か?」


と、問いかける。


カナメは


「いえ…何も。他に何かございませんか?」


そう答えた。


コウスケは、少し考えてから


「そうだね…卸問屋の状況を、薬品別に見てみたいのだけれど、集めてもらえないだろうか?至急なので、他の社員にも力を借りても構わない」


そう答えた。


すると、課長が立ち上がり


「では、何人か課の人間を」


そう言ってから


「穂積、行こうか」


カナメを従えて、会議室を出る。


出てから、総務課までの廊下を歩いている最中


「くれぐれも、彼の機嫌を損ねる事がないようにな」


小声でカナメに言う。


カナメは、グッと感情を抑えた。


これが会社の方針ならば、仕方がないのだと、自分に言い聞かせるしかない。


感情を抑えながら


「分かりました」


小さく答えた。


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