平和な森の1日
「よぉ、寝坊助セト」
机に座る彼女は、いかにもガラの悪い見た目をしている。
貧民街にやってくる借金取りのような小物をジャラジャラさせるような、取り繕ったガラの悪さではなくて、真っ黒なスーツに身を包んで真っ黒な眼鏡をかけている。
最低限の小物で威圧感溢れる。ホンモノの風格だった。
「どうしたセト。俺の顔に見惚れたのか?」
「ばっ、バカ!テメェ調子乗んなよ!」
「そう怒るな。とりあえず鏡見てこいよ」
なぜ鏡…?
そういえば、眠る前は視界に随分違和感があった。
それに私の体………私の体!
急いで鏡の前に立つ。
体は細いまま。
左目は赤い瞳、右目は私の青だ。
白くて長くてサラサラな髪…私は癖毛だし黒髪だ。
綺麗で整っててもちもちした白い肌…日焼けひとつない。
手足は長くて、視界も高い。
これじゃまるで、
まるで…
──あの石の中にあった女性の体じゃないか。
「意味がわからないって顔だな」
「てめえは誰だ」
「太陽王ソルリアヴィンセント=エルトリア・フォン・オルクス」
「長すぎ!ってか…太陽王って!」
太陽王。
ユニシアに並ぶ大帝国であり、パクス・ユニシアへの叛逆者。大へーリオス帝国の初代皇帝。
世界五大賢人の1人だ。
爺にガキの頃何度も聞かされた。貧民街の人間ですら知ってる名だぞ。
それを騙るとは思えねえ。思えねえけど何百年前だと思ってんだ。
記憶すら残らない過去の人間だぞ。絵すらまともにない時代の傑物。それがこんなガラの悪い女なのかよ。
「他には聞きたいことないのか?」
「……ここはどこだ。あの人たちは…!」
「ここは迷いの森のどこかだ。」
「あいつらはお前が食ったさ」
「……なんで、」
「なんでなんでなんでなんで」
「そりゃ俺が命令したか…」
「なんで!」
「──涙ひとつ流れないんだよ!!」
「人が死んだんだぞ!」
爺が死んだ時はそりゃ、恥ずかしいぐらい泣いた。
大粒の涙を枯れるまでずっとずっと泣いた。
爺は身近に居た。だから泣けた。そうかもしれない。
だが、同じ命のはずだろ。
ならなんで私のせいで死んだのに、涙ひとつ流れないんだよ。
「どうしてなんだよ……」
「お前のことを殺した人間だ」
「私が!侵入した場所で殺されることも覚悟できない!甘ちゃんだって!言いたいのか!」
「ああ、そうだ。何度も死ぬと嘆いてもう嫌だって泣き叫んだのはお前だろ」
「……っ」
死ぬ覚悟なんてずっと最初からしてたはずなのに。
最後はピーピー泣き叫んで、1人は嫌だって…死ねって憎悪まで吐いた。
こんな、こんな私は未熟なのかよ。
「質問は以上か?」
「満足だ…だから消えろ。そして二度と現れるな」
「そりゃ無理な相談だ。体の同居人なんだぞ」
「は?」
体の同居人?
たしかに、この体は私のものではない。
だが、目の前に佇んでいる彼女とは似ても似つかない見た目だ。
確かに髪の色や瞳の色、肌も同じだ。
だけど、それだけ。
髪の長さもクセも髪型も、瞳の威圧感も。
身長も、表情も、全部全部似ても似つかない。
「見た目が違うって言いたげだな。」
「本来人の体に入りゃ拒絶される。だからお前の体を取り込んで、お互いの体の部分に魂を置いてる」
「だからその体は私半分、お前半分で構成されてる」
「意味…わかんねえよ」
私の体はこの体に吸収されてて…?
その吸収によって、体は私と太陽王の半々?
だから見た目が違うってことか?
「ふざけてやがる」
「助けてやったんだ。」
「そうだな、私は助けを願ったよ。けど体は元に戻ってみせる」
「そうか、頑張れよ」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
これが私たちの出会いだった。
あまり、最初の仲は良くなかったけど、24時間常に一緒にいるのだから、嫌でも仲良くなってそのうち嫌悪感は消えた。
「ソル〜!起きて!朝ごはんの時間だよ!」
「んんぁ?ふぁ〜……なぁ、俺は思念体で飯を食う必要はないんだぞ」
「でも家族と食べた方がいいじゃん」
「…野菜をちぎっただけのサラダに、俺が捌いた魔獣肉。あとはスープか……まだ包丁は無理か」
「…ヒュッ、ま……まぁね。」
あの日から1年以上が過ぎた。
この体にも随分と慣れて、盗みをする必要も無くなった。
最近は勉強に精を出してる。
この体になった時に大分知識が入ってきたには入ってきてたが、勉強というのは盗みより楽しい。
盗みをしなくなったのは、刃物を見ると…あの光景を思い出してしまうせいでもある。
特にナイフはダメだ。
あいつらが使っていたのはカタナという帝国の武器らしいが、当時の私はナイフと思っていたせいでそれが脳にこびりついてる。
「んで、勉強はどんな感じなんだ?」
「お、それ聞いちゃう?」
「なんと!オドの力場を解読しちゃったんだよねぇー!」
「血族の魔術か。やっぱりお前には才能があると思ってたんだよ」
オドの力場。
通称、血族の魔術。
昔、大へーリオス帝国にオドという人狩りの一族がいた。
その一族が使っていた魔術がオドの力場。
魔素を血へと変換する魔術であり、人族に特効の魔術だ。
魔術は大量にあるがオドの力場が使える人間は少ないらしい。
「しかし、俺の見立てではコルニアスの祈祷が先だと思ってたんだがな」
レオニスの祈祷。
通称、古王の魔術。
王都コルニアスの由来たる英雄王コルニアス・フォン・ユニシアが使ったとされ超広範囲と魔術結晶が最大の特徴らしい。
「なんであれ、これで襲ってくる奴らにお前1人で戦えるな」
私は刃物を持つことができない。
先ほどの通り、トラウマなのだ。
あの自ら首を刎ねていく彼ら彼女らがトラウマなのだ。
だから、私を倒そうと襲ってきた魔獣や人は全てソルに体を交換して任せていた。
ソル曰く、50-50だった体はいつのまにか私の比率が高くなってしまい、ソルじゃ肉体に適合できず、体の負担が大きいらしい。
だからなるべく交代はしたくない。
私が魔術を勉強してた理由がそれだ。
この体は魔素との親和性の高い純魔の血が流れてるらしい。
故に、解読さえ出来れば扱うのは簡単だった。
「それにしてもさ、私の適性なんかおかしくない?」
古王に血族、ソルが言うには他は冥界に淀みや星降りなんかが適性らしい。
炎や水、雷といった基礎魔術には適性がないとか。
普通逆だと思うんだけど、なぜか私には普通の人じゃ扱いきれない……変な魔術に好かれてるらしい。
「っと、早くも初陣だな。8人はいるか?」
「まーじ?オドの書持ってこないと!」
食事を辞めて、2階登る。
解読したとはいえ、まだ見習い魔術師レベル。
魔術書の補佐が無ければこの家ごと全部を消し炭にしちゃうかも。
2階の書斎からオドの書を取り出す。
──窓の外には武装した人たちが立っている。
対話の意思は…あるかな。
「この家もそろそろ手放す頃合いかもな」
「気に入ってるけど、敵対者の襲撃も増えてきたしね」
とりあえず相手の出方を伺おう。
もしかしたら私たちの勘違いかもしれないし…。
窓からバレないように観察してみる。
ドンドンドンとイライラしながら扉を叩いてるのが見える。
数分もしないうちに出てこないことに気づいたのか、何かを話し合っている。
扉を壊すつもりだろうか。それは大問題だ。
手放す可能性はあるけど、だからって壊していい理由にはならない。
さて、相手は何するつ…も……り。
アレどう見ても扉を破壊するための丸太だよね…。
強行突破のつもりだよね。流石にそれはダメじゃないかな?
窓を開いて屋根の上に出る。
家を壊されるのは看過できないし、どうせもう戦うのは確定してるかな。
「一応聞きたいんだけどさー、穏便に対話できないかな?」
「征伐隊が来てる時点で諦めるべきだ。お前は人類の敵と認識されてる」
「私はこの森で静かに暮らしてるだけだ」
「そりゃ襲ってきた人は倒してるが、ただ迷った人には道案内だってしてる」
「どう見ても善良な森の精霊でしょ」
「とぼけるなよ、この堕鬼!巧妙に隠してるようだが、その死臭!何人殺した」
「0人」
堕鬼の死臭というのは隠せるわけがない。
強烈でえげつないグロテスクな臭いだ。
それこそ死体を抱えて生活してるようなもの。
もし、それを隠す方法があるとしたら人を食わず殺さないこと。
なんてこともわからないんだろう。
死体を見ることになるのか…それは嫌だな。
──私がそんなことを考えてると、征伐隊の私と対話していた男が前に出てくる。
……剣を持ってる。見たくないな。
「この剣を見ろ!堕鬼!お前の首を刎ね英雄となる正義の剣だ!」
「嫌だね、私は刃物が嫌いなんだ」
私もまた一歩前に出る。
刃物は見たくない、なら見なきゃいい話だ。
目を閉じ、戦う。ソルが居ればあり得ないハンデでも勝てる。はず
「サポートする。お前の目になってやろう」
「…お願いね」
「お前ら、油断するなよ。目を閉じていようと堕鬼は堕鬼だ。」
──森は今日も平和だ。
──森は今日、平和になる。
この人たちを、倒して
この堕鬼を、殺して
日常が始まる。
平和にする。




