第3話
第1章:大河ドラマという名の決戦前夜
一、 時代劇特有の地獄レッスン
「ぬあああああ……足が……足の感覚が消滅していく……!」
金曜日の午後七時。小田家の自室で、私は絶望的な痺れに耐えながら絶叫(心の声)をあげていた。
畳の上に敷いた座布団の上で、膝を綺麗に揃えて正座している。
着物の帯(お母さんに着せてもらった練習用浴衣)が胸元を締め付け、太ももからはビリビリと電流のような痺れが腰へと駆け上っていた。
『甘えてはいけません、里穂。大河ドラマ『風雲の城』は、戦国時代を舞台にした重厚な歴史劇です。現代の子供のようなパタパタした動き、だらしないお辞儀、浅い正座は一瞬で浮きます。背筋を伸ばし、顎を引いて、あと五分キープ!』
(五分!? 五分経ったら私の膝下は枯れ木になって砕け散るわよ!?)
『大河ドラマの主役(幼少期)に抜擢されれば、NHKからの出演料だけでなく、全国区での圧倒的な知名度と「実力派子役」としてのブランド価値が手に入ります。それにより、今後の民放ドラマや大手CMのオファー単価が【最低3倍】に跳ね上がる計算です。足の一本や二本、痺れて当然でしょう』
(足の価値を命より軽視しないで!!)
脳内のお姑さんのスパルタ指導は、大河ドラマのオーディションが決定してからというもの、ギアが二段階ほど跳ね上がっていた。
朝五時起きでの発声練習(「武家の娘としての腹の括れた声」の習得)。
日中の歩行訓練(着物の裾を乱さない摺り足の習得)。
夜の正座&時代劇特有の言葉遣いの叩き込み(「~でございます」「~に相成りました」の自然な発声)。
普通の子役なら、一週間で精神が崩壊して親に泣きつくだろう。
だが、私には「不労所得で大富豪になる」という血塗られた野望と、前世の社畜時代に培った【過酷な環境への異常な適応力】があった。
(耐える……耐えるのよ私……! 3倍の単価……年間数千万円のギャラ……! それさえ手に入れば、L社の株を買い占めて、将来のビットコイン爆上がりウェーブに全力で乗っかれる……!)
「里穂、喉を絞めて声を出していますよ。下腹部に力を込め、丹田から声を出しなさい。『父上、どうかご無事で……!』」
「ち、父上……どうかご無事で……!」
『今のは「お小遣いが減って悲しい」時の声ですね。もう一度!』
「厳しすぎなぁい!?!?」
二、 母親を「本物のマネージャー」に改造せよ
私が自室で血反吐を吐きながらレッスンに励む一方で、我が家にはもう一人、血の滲むような努力をしている人物がいた。
そう、お母さんである。
「ええと……『分散投資』……『ポートフォリオ』……『インデックスファンド』……」
リビングの食卓で、お母さんが眉間にシワを寄せ、専門書と格闘していた。
私がプレゼンした【小田子役ファンド】の設立を受け、お母さんは真面目な性格ゆえに「里穂ちゃんの大事なお金を預かるんだから、生半可な知識じゃダメだわ!」と、図書館で投資や資産運用の本を借りてきて勉強を始めていたのだ。
(よしよし……順調ね……!)
私は正座の合間に、チラリとリビングのお母さんを観察した。
普通の親なら、子供が稼いだお金は「子供の名義で定期預金」に入れて終わりだ。しかし、それだとインフレや低金利の現代では実質的な価値が下がっていく。
だが、お母さん自身が投資の知識を身につけ、「資産を運用して育てる」という意識を持てば、私の指示(=アドバイスのフリをした未来知識)を素直に実行してくれるようになる。
「お母さん、お勉強がんばってるね!」
休憩時間、トコトコとリビングへ行き、お母さんに温かい麦茶(サントリーニ製)を差し出す。
「あ、里穂ちゃん……ありがとね。ふぅ、投資の世界って難しいわねぇ。でもね、色々調べてみたら、ただ銀行に預けておくだけじゃダメだってことがよく分かったわ。証券会社で口座を作って、国の基準をクリアした『安全な投資信託』から始めてみようと思うの」
(完璧……! 完璧すぎるわお母さん!!)
『見事な教育成果です。母親の金融リテラシーが「一般的な主婦」から「初級投資家」へとアップデートされました。これで大河ドラマのギャラが入った際、即座に株式市場へ資金を注入する土台が完成しましたね』
脳内でお姑さんが満足そうに頷く。
「お母さん、すごい! 私、お母さんがマネージャーさんで本当によかった!」
「里穂ちゃん……! お母さん、もっと頑張るわ! あなたが大河ドラマに合格して、もっと大きな夢を叶えられるように、しっかりサポートするからね!」
親子の絆(と裏で蠢く大富豪計画)が、固く結ばれた瞬間であった。
第2章:NHK放送センターの怪物たち
一、 異様な威圧感と、天才子役・神宮寺蓮
オーディション当日。
東京都渋谷区にあるNHK放送センター。その地下にあるリハーサル室前は、これまでの民間放送局のオーディションとは明らかに違う重苦しい空気に包まれていた。
「……あの子、劇団『若草』のトップ子役じゃない……?」
「あっちにいるのは、映画で新人賞をとった子よ……」
保護者たちの囁き声が途切れない。
集まっている三十人の子供たちは、全員が全国的な知名度を持つか、あるいは大手劇団の看板を背負った「子役界のエリート」ばかり。
誰一人として「親に言われて連れてこられた」ようなゆるい子供はおらず、眼光は鋭く、立ち姿だけでプロのオーラを漂わせていた。
(うわぁ……流石は大河ドラマ……集まってるメンツの『本気度』が段違いね……!)
松井マネージャーも、緊張で何度もハンカチで汗を拭いている。
「里穂ちゃん、大丈夫……? 怖気づいてない……?」
「大丈夫だよ、松井さん! 私、全然平気!」
私が無邪気な笑顔を見せていると――
「……ふん。呑気なものだな」
冷ややかな、鈴を転がすような少年声が耳に届いた。
振り返ると、そこに立っていたのは、写真で見た通りの美少年――神宮寺 蓮であった。
黒い大人顔負けのスーツを着こなし、髪を綺麗にセットした7歳の少年。
その瞳は、子供特有の無邪気さなど微塵もなく、氷のように冷たく澄んでいた。
「君がサンライズの特待生、小田里穂か。『麦茶っこ』のCMを見たよ。可愛いだけの学芸会演技だったね」
(……あ????)
私の脳内で、前世の社畜時代に理不尽な理由でイチャモンをつけてきたクソ取引先への怒りが一瞬で蘇った。
(なんだこの生意気なガキはぁぁぁぁ!! 7歳にしてその上から目線!! 誰に向かって『学芸会』とか抜かしてんのよ!!)
『冷静になりなさい、里穂。彼の挑発に乗って感情を乱すのは下策です。彼のステータスをスキャンしました』
お姑さんの声が速やかに脳内に割り込む。
【名前】神宮寺 蓮(7歳)
【所属】大手子役劇団『プレアデス』
【容姿】A+(天性のハーフ系美少年)
【演技】S(幼少期からの英才教育による完璧な技術)
【メンタル】A(プライドが極めて高く、失敗を許さない)
(演技Sランクぇぇぇぇ!!?? 勝ち目あるのそれ!?)
『彼の演技力は本物です。セリフの間、滑舌、感情の乗せ方、どれをとっても完璧な「型」が出来上がっています。しかし、彼の最大の弱点は……【完璧すぎるがゆえの余裕のなさ】です』
(余裕のなさ……?)
「……ふん、無視か」
蓮くんは、私が黙っているのを見て、フッと鼻で笑った。
「今回の『風雲の城』の主人公幼少期・鶴千代役は、僕が取る。君のような運だけで上がってきた新人が足を踏み入れていい場所じゃないんだよ。早々に落ちて、CMでヘラヘラ笑ってるといい」
そう吐き捨てると、蓮くんは付き添いのマネージャーと共に、背筋をピンと伸ばして去っていった。
(……カッチーン。決めたわ。私、このクソガキの鼻柱を叩き折って、大河の主役の座と高額ギャラを両方奪い取ってやる……!!)
二、 審査室:巨匠たちの眼光
「小田里穂さん、神宮寺蓮さん、グループAの皆様、審査室へお入りください」
案内スタッフの声がかかる。
今回のオーディションは、一次審査で五人ずつグループになり、審査員の前で指定された台本を演じる形式だった。
重厚な防音扉を開けて中に入ると、広いスタジオの奥に、日本のエンターテインメント界を牛身じる巨頭たちがずらりと並んでいた。
中央に座るのは、数々の名作ドラマを手掛けてきた大物演出家・吉岡監督。
その隣には、大河ドラマ『风雲の城』の原作者である吉川賞受賞作家の老先生。
さらにNHKのエグゼクティブプロデューサーたちが鋭い視線を送っている。
「それでは、台本ページ12、鶴千代が城の火災の中で、討ち死にした父親の兜を拾い上げるシーンをやってもらいます」
吉岡監督が低い声で言った。
「準備ができた順に、やってもらおうか」
最初に名乗りを上げたのは、神宮寺蓮だった。
「はい。神宮寺蓮、参ります」
蓮くんが前へ出る。
その瞬間、彼の纏う空気が一変した。
(……! 空気が変わった……!?)
ハッと息を呑んだ。
7歳の少年が、まるで本物の武家の御曹司のように見えたのだ。
「父上……! 父上ぇぇぇッ!!」
炎の幻影を見るような迫真の演技。
足元に転がる架空の兜に駆け寄り、膝をつき、抱きしめる。
涙がボロボロと溢れ落ちるが、その瞳には父の仇への激しい「怒り」と「執念」が燃え盛っていた。
「私は逃げぬ……! この鶴千代、父上の無念、必ずや晴らしてみせまする!!」
圧倒的な声量。滑舌の美しさ。完璧な時代劇の所作。
審査員たちの目が輝いた。
吉岡監督が深く頷き、原作者の老先生が「うむ……素晴らしい」と声を漏らした。
(凄い……! これが演技Sランク……! 技術も感情表現も、完全に出来上がってる……!)
お母さんや松井マネージャーが控室で青ざめているのが目に見えるようだった。
蓮くんが元の位置に戻る際、私とすれ違いざまに口元を歪めた。
(どうだ? これが『本物』だ。君にこれができるか?)
声なきマウント。
『里穂。彼の演技は99点です。完璧な「型」の演技。しかし……原作者の表情を見てごらんなさい』
(え……?)
お姑さんに言われて原作者の老先生を見ると、確かに「うむ」と感心してはいるものの、どこか物足りなさそうな、冷めた目をしていた。
『原作者の書いた『風雲の城』における鶴千代は、単なる「強い決意を持った武家の子供」ではありません。彼が求めているのは……【生き残るための泥臭い執念と、死の恐怖に打ち震える幼さのリアル】です』
(泥臭い執念と……死の恐怖……!)
『神宮寺蓮の演技は美しすぎました。綺麗すぎるヒーローだったのです。貴方が見せるべきは……前世の社畜時代、倒産寸前の会社で泥水をすすりながら生き残ろうとした【人間の生々しい執念】です!』
(よし……! 見せてあげるわよ!! 28年間、泥水をすすって生きてきた社畜の底力を!!)
第3章:魂を削る演技と、奇跡の逆転
一、 5歳児(中身社畜)の泥臭い鶴千代
「次は……小田里穂さん、どうぞ」
吉岡監督が声をかける。
「はい。小田里穂、行きます」
私はスッと立ち位置へ進み出た。
吉岡監督たちの視線が集まる。
「麦茶っこ」のCMで話題になった5歳児。だが、大河ドラマの重厚な雰囲気に呑まれて、棒立ちになるのではないか――そんな懐疑的な目が混ざっていた。
私は、目を閉じた。
(集中しろ……。思い出すんだ……。前世のあの絶望を)
深夜二時、終電を逃したオフィス。
積み上がった書類。理不尽に怒鳴り散らす上司。減っていく銀行残高。
「ここで諦めたら、私は終わる」「生きて、生きて、いつか絶対に見返してやる」――あの、胸をかきむしるような必死さ。
そして……今、目の前に広がるのは、炎に包まれた城。
煙の臭い。皮膚を焼く熱気。死んでしまった父親。
「――よーい、スタート」
吉岡監督の声。
私は、叫ばなかった。
「……っ……ハッ……っ……!」
過呼吸のような、荒い息吐き。
目を見開き、ガタガタと全身を震わせながら、床を這うように進んだ。
美しく走って駆け寄るのではない。
熱気と煙で目が開けられず、死の恐怖にガクガクと膝を折りながら、それでも必死に手探りで進むのだ。
「あ……あ……父上……」
手が、架空の兜に触れる。
私はそれを抱きしめた瞬間――叫ぶのではなく、【兜に顔を押し付けて、声を押し殺して嗚咽した】。
「うっ……くっ……ひっ……父上……痛いよ……熱いよ……!」
武士の誇り? 仇討ちの決意?
そんなものは、5歳の子供にはまだ早すぎる。
目の前にあるのは、ただ「大好きな父親が死んだ」という絶望と、「死にたくない」という本能の恐怖だ。
ボロボロと流れる涙。鼻水が混ざるほどの泥臭い顔。
綺麗な子供の泣き顔ではない。生の人間が、死の淵で見せるリアルな哀絶。
そして――
私は、ゆっくりと顔を上げた。
涙と煤にまみれた顔で、空を見つめる。
瞳から、恐怖が消えていく。
代わりに、燃えさかる炎をその瞳に映しながら、【異様なまでの静かな狂気と執念】が宿っていく。
「……生きる」
蚊の泣くような、小さな声。
「私……生きるよ、父上……。生き残って……全部……全部取り戻すから……!」
その演技には、時代劇の「型」などなかった。
ただそこにいたのは、戦国の地獄を生き延びようとする、一人の泥臭い怪物――幼き日の『風雲の城』の主人公そのものであった。
二、 審査室の沈黙と、天才の敗北
「…………」
審査室が、完全に静まり返った。
吉岡監督は手に持っていたペンを握りしめたまま、微動だにしない。
原作者の老先生は、開いた口が塞がらない様子で、私の顔を凝視している。
(……あれ? やりすぎた……? 5歳児が鼻水垂らして泥臭く泣くのはNGだった……?)
一瞬、不安がよぎる。
その時――
パンッ!
原作者の老先生が、力強く机を叩いて立ち上がった。
「これだ……!! これなんだよ吉岡君!!」
老先生の声が震えていた。
「わしが描きたかった鶴千代は、これだ!! 単なる綺麗な神童ではない! 泥をすすり、死の恐怖に震えながらも、なお生への執着を燃やす鬼の子!! この子だ! この子の中に、本物の鶴千代がいる!!」
吉岡監督も、深く息を吐き出しながら立ち上がった。
「素晴らしい……小田里穂ちゃん。君……本当に5歳かい? あの『目の色の切り替わり』……ゾクゾクしたよ」
審査員たちが一斉にノートに激しくペンを走らせる。
私はスッと「天使の笑顔」に戻り、深々とお辞儀をした。
「ありがとうございました!」
ふと、隣の神宮寺蓮を見ると――
彼は、真っ白な顔をして私を見つめていた。
その唇が、プルプルと震えている。
(嘘だ……。僕の……僕の完璧な演技が……あんな泥臭い、不恰好な演技に……負けた……!?)
彼のプライドが、音を立てて打ち砕かれた瞬間だった。
『見事です、里穂。圧倒的な勝利です。相手の「型の完成度」を、圧倒的な「生のリアクション(社畜の執念)」で粉砕しました』
お姑さんの声が、脳内で高らかに響き渡った。
第4章:獲得した大金と、ファースト・インベストメント
一、 主役決定と、破格の出演料
オーディションから三日後。
サンライズ・プロダクションの社長室に、私とお母さん、そして黒岩プロデューサーが呼び出された。
「おめでとう、里穂ちゃん!!」
黒岩さんが、ドンッと特大のクラッカーを鳴らした。
「NHK大河ドラマ『風雲の城』主人公幼少期・鶴千代役、合格だ!! 1話から3話までのメインを張ってもらうぞ!!」
「きゃあああああッ!! 里穂ちゃん!!」
お母さんが私を抱きしめて跳び上がった。
「そして……これがNHKとの契約内容だ」
黒岩さんが提示した契約書。そこに書かれた数字を見て、お母さんの目が飛び出そうになった。
【出演料】1話あたり¥800,000- × 3話 = ¥2,400,000-
【二次利用・関連CM優先権】別途契約
「に……にひゃくよんじゅうまんえん!!????」
お母さんの声が裏返った。
「5歳の子供が……3回の放送で240万円……!?」
(きったあぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!)
私の脳内で、金色の紙吹雪が乱舞した。
(240万円!! 事務所のマージンを引かれても、我が手元に150万円以上の現金が残る!! これで……これでついに本格的な投資ができる!!)
『落ち着きなさい、里穂。お金が入るのは撮影終了後(数ヶ月後)です。ですが、この契約書があれば、銀行への信用度は抜群です。即座に「小田子役ファンド」の第一弾運用を開始しなさい』
(了解よお姑さん!!)
二、 200X年の金脈:L社株とインデックス
数週間後。
【小田子役ファンド】の第一号投資方針を決めるため、私とお母さんは、某大手証券会社の面談室にいた。
担当してくれたのは、真面目そうな若手証券マンの佐藤さんだ。
「小田様、今回はお嬢様の将来のための資金運用ということで、誠におめでとうございます。まずはリスクの低い国債や、大手の投資信託をお勧めいたしますが……」
「あの、佐藤さん」
お母さんが、私が事前に書いておいた「指示メモ(お母さんの学習メモという体)」を開いた。
「投資信託(全世界インデックス)に50%を配分するのは決定として……残りの50%で、こちらの個別銘柄を買い付けたいのですが」
お母さんが指さした銘柄名を見て、証券マンの佐藤さんが首を傾げた。
「『L社』……ですか? こちらは現在、業績が低迷しており、株価も過去最安値付近を推移していますが……なぜこの銘柄を?」
(ふふふ……素人め!!)
私は心の中で不敵に笑った。
(L社は今でこそ赤字続きの怪しいITベンチャーだけど、あと2年後に画期的な検索エンジンとSNSサービスを発表して、株価が【50倍】に跳ね上がる超ウルトラ大化け銘柄なのよ!! 前世でノートに嫌というほど株価チャートを書き写したから間違いないわ!!)
お母さんは、私が授けた「セリフ」を完璧に言ってみせた。
「ええ。子供の直感……と言いますか、こちらの会社が開発しているサービス、これから若い世代に絶対に流行ると思うんです。リスクは承知の上で、長期保有の『成長株枠』として購入したいんです」
「は、はあ……なるほど。お母様のご意向であれば、買い付け手配をいたします」
こうして――
私の「麦茶っこCM」のギャラの一部、および大河ドラマの契約金を担保にした【小田子役ファンド】の第一号投資として、【L社株式:50万円分】および【全世界インデックスファンド:50万円分】の買い付けが完了したのだった。
『ファースト・インベストメント完了。貴方の大富豪への第一歩が、正式に踏み出されました』
(やった……! やったわお姑さん!! これで2年後には、この50万円が2500万円になる!! 資産の雪だるま式膨張が始まるのよ!!)
第5章:大河ロケ始動と、忍び寄る影
一、 撮影現場での「プロの顔」
数ヶ月後。
京都の太秦映画村およびロケ地にて、大河ドラマ『風雲の城』の撮影が本格的にスタートした。
「鶴千代役、小田里穂ちゃん入られます!」
「よろしくお願いします!」
本物の着物を纏い、かつらを着けた私は、スタッフ全員に向かって深々とお辞儀をした。
現場には、日本を代表する大物俳優たちがズラリと並んでいる。
主人公の成長後を演じる超有名主演俳優、父親役のベテラン歌舞伎役者……。普通の子役なら足がすくむような豪華なキャスト陣だ。
だが、私は違った。
「里穂ちゃん、セリフの確認はいけるかい?」
父親役の大物俳優さんが優しく声をかけてくる。
「はい! お父様、本日もよろしくお願いいたします!」
武家の娘(息子)としての完璧な所作と、ハキハキとした挨拶。
NGを一回も出さない圧倒的なセリフの完璧さ。
そして、カメラが回った瞬間に見せる「生の人間の泥臭い演技」。
「すごいな、あの子……。NG出さないし、殺陣の立ち回りも一発で覚えるぞ」
「大物俳優相手にも全く物怖じしない……本物のバケモノ子役だ……」
撮影現場のスタッフや監督から、称賛の声が惜しみなく注がれる。
『順調です、里穂。現場での評価が最高潮に達しています。これにより、NHK内での次回作オファー、および民放各局からの主演ドラマ打診が確定ラインに入りました』
(ふふふ……順調順調! このまま大河を無事に撮り終えて、国民的一流子役としてギャラ単価を上げまくってやるわ!!)
二、 敗北した少年の執念
だが……光が強くなれば、陰もまた濃くなるのが芸能界であった。
撮影の合間。京都のロケ地の舞台裏で、私が冷たいお茶を飲んでいると――
物陰から、じっと私を見つめる視線があった。
(……ん?)
振り返ると、そこにいたのは、オーディションで落選したはずの神宮寺 蓮だった。
彼は私に破れた後、鶴千代の「ライバル武将の幼少期」というサブ役に回され、この現場に参加していたのだ。
その瞳には、オーディションの時以上の、黒くドロドロとした執念と嫉妬が渦巻いていた。
「……小田里穂」
蓮くんが静かに近づいてくる。
「君は、僕からすべてを奪った。劇団の期待も、最高のデビューの場も……全部」
(いやいや、オーディションで普通に実力勝負しただけじゃない……)
「でも、タダでは終わらせないよ。君がどれだけ演技でチヤホヤされようと……芸能界は、演技力だけで生きていけるほど甘くないんだ」
蓮くんは、不敵で冷酷な笑みを浮かべた。
「君の母親……最近、証券会社に通って怪しい株を買ってるらしいね? 『子役のギャラで親が危険な株式投資をしている』……そんな噂が週刊誌に流れたら、NHKのクリーンな大河ドラマの主演子役はどうなるかな?」
(……っ!!!)
私は息を呑んだ。
(このガキ……親の動向を嗅ぎ回ってたの!? どこでそんな情報手に入れたのよ!?)
『落ち着きなさい、里穂! 動揺を見せてはいけません!』
お姑さんの声が飛ぶ。
蓮くんは、私の反応を見て「勝った」と言わんばかりにニヤリと笑った。
「次の撮影……君のスキャンダルが公になる前に、自分から降板することをお勧めするよ。フフッ……」
嘲笑を残して立ち去る神宮寺蓮。
(……やってくれたわね、クソガキ……!)
私は握りしめたお茶のペットボトルをギシギシと音を立てて凹ませた。
前世の社畜時代、同僚を陥れるために汚い社内政治を仕掛けてきたクソ上司を思い出していた。
大人の汚いスキャンダル攻撃を、7歳の子役が使ってくるなんて――だが、相手が「ビジネスの汚い手」で来るなら、私には百戦錬磨の社畜経験がある!
(私の大富豪計画を邪魔する奴は……例え7歳の子供だろうと、完膚なきまでに叩き潰してやるわ!!)
『その意気です、里穂! 徹底的な反撃の準備を開始します!』
5歳児(中身社畜)の小田里穂。
大河ドラマの成功、そして大富豪への道を阻む「芸能界の罠」に対し、前世のズル賢さをフル動員した反撃が、今始まろうとしていた――!




