番外編① 大山田の想定外〈序〉
番外編2話のハズが3話になり、再びの残り話数詐欺をお詫び申し上げます。
大山田啓介は終業間近の休憩室で、ダラリと黄昏れていた。
自販機で“命の水”コーラを買ったものの、飲む気にならず。缶は手の中で、どんどん生ぬるくなっていく。熱を失いゆく西日を浴びる、大山田のように。
なんかもう…虚しい…。
「大山田先輩」
背後から呼びかける声がした。この声は後輩の野々原か。
「今日、夜勤番でしたっけ」
「いや、違う」
「帰らないんですか?」
野々原が隣に並ぶ。夕陽がメガネレンズに反射して、表情が見えない。
野々原のメガネもブルーライト対策用で、彼女の視力が2.0あることを大山田は知っている。そういえば小川主任もインコも伊達メガネだった。伊達メ率高いな、ウチの部。
「ちょっと考えてたんだよ。この…騒ぎのこと」
野々原は軽くうなずいた。
またメガネがギラリと光る。
「かなり…ディープな対応をせざるを得なかったとか」
「……必要だったとは言え、後味が悪くてさ」
野々原は黙ってうなずく。
労働基準監督署が超過勤務の証拠として押収したのは、出退勤のタイムスタンプではなく、パソコンの起動時間の記録だ。そのデータを管理しているのは、情報部である。
突然のガサ入れだった。隠ぺいも改ざんも頭に浮かぶヒマも無かった。もちろん、そんなことをすれば問題はもっと拗れてしまうし、する由もない。
提出したデータを基に改善勧告が出され、その対応で社内は混乱中だ。改善策のための会議で通常業務が逼迫する本末転倒ぶり。
そして、もう一つの騒ぎは内密かつ深刻に拗れつつある。関わっていた人事部員は自宅謹慎、常務は刑事告発か書類送検か…。騒ぎが敵対社から意図的にリークされて、本命との契約成立にヒビがどーのこーの。
その対応で、いろいろ見てしまった。やはり自分が死ぬ時は、データは全消去がマスト!絶対! 物理的にも!だ。あんなの見られたら、三回くらい死ねる。つか会社のPCに保存するなよな!
「無関係のウチが証拠提出って、なんだか騒ぎの原因になった感じしますよね」
「それなんだよな」
野々原の言葉に心の底から同意して、ふと野々原を見上げる。そういえば、さっきから素だった。思わず取り繕う。
「野々原氏……よく、よく我が胸の内が分かりましたな」
「私も、チーム情報の一員ですからね」
ほんの僅かな間に夕陽は角度を変え、野々原の表情が今度はよく見えた。目元は和らいで下がり、口元はかすかに微笑みが浮かんでいる。初めて見る……自分へ向けられた笑顔。
大山田はイスから落ちそうな心持ちになる。これがコミックなら、間違いなく落ちてた。いろいろな意味で、定番の効果音付きで。
代わりに、大山田はメガネをずり上げた。女子に、しかめ面以外を向けられたのは人生初ではないか?これがチョロいというヤツか、ほのかな笑顔ひとつで……。
「野々原氏はなぜここへ?もうすぐ終業時刻ですぞ」
動揺で声が上擦ってしまう。経験値ほぼゼロのシチュエーションなんだよ!休憩室に誰もいなくて良かった。いやつまりそれってふたりっきり……
「先輩を見かけたので」
「左様で」
「先輩、この後お暇ですか?」
「まぁ、お暇ですな」
また人生初のシチュエーション!両側が崖の細い道を歩いてる気分だ。返事を間違えれば、真っ逆さまに谷底へーー。
「じゃあ、ご飯行きませんか。割り勘で」
どうやら楽園に辿り着いたらしい。野々原の色気のない誘い方が心底有難い。さっきまでの憂鬱が一瞬で吹き飛ぶ。だがもちろん、冷静さを装って答えた。
「い、いいですぞ」
野々原は、ふ、と破顔する。
また初めての表情、初めての……以下略。
「じゃあ行きましょう、先輩。二人だけですけど、お疲れ様会ってことで」
どうしよう。もうキャパシティが限界なんですけど。後輩年下メガネOL女子が童貞を殺しに来てる。なんだこれ夢か?
「ほ、他の部員はいいのか」
「えぇ。言ってる間に忘年会ですし」
あと2ヶ月くらい、先じゃね?!いや、これはアレだ。なんか商品を買わされるヤツ……。
「じゃあ、一階のロビーで待ち合わせますか。15分くらいで降りられると思います」
ネズミ講の被害者になる自分を想像すると落ち着いてきた。
「了解した。それ以上かかりそうだったら、合図しますぞ。それか連絡先交換しとくか……?」
口にして、その高度な内容に動揺する。20代のリアル女性と連絡先交換だと!?初めての……以下略。
そして野々原はあっさり承諾した……。今このスマホには100万ドル超えの価値があると言って過言ではない。
いざ!いざや業務を片付けん!!
大山田が過去イチの集中力を持って業務を終わらせたのは、言うまでもない。
これが小川とマツリが付き合いだした週の終わり、金曜日の話。
翌週の金曜日、ハロウィンとぶつかった日に、今度は河野に事件が起きる。
浮かれた街にやさぐれて、バーで一人飲みしていたら、玄人っぽい美女に持ち帰られたというのだ。
それまで情報DTトリオと自虐ネタにしてたのに、まさかの卒業一番乗り。
堅物メガネ、王道オタク、サブキャラ代表と営業部女子からあだ名されていた3人に起きたアレコレは、“情報部の大政奉還”と密かに呼ばれたーー。
次回、禁断の女子会にて…
明日朝7:00更新




