44・ハグの余韻
城野先輩を抱きしめた感覚が、まだこの腕に残っている。
独占欲むき出しで腕の中に囲った時、ギクリと身を強張らせた先輩から、徐々に力が抜けていき、俺にもたれてくれた時のあの感動よ。孤高の美猫が懐いたような、ついに身も心も手に入れたような…。
理性の手綱を手放さないよう、必死でもあった。
帰社の道中、マスクを着用したのは勿論だった。ニヤけた変態にしか見えないからな。
「小川、帰社しました」
「「待ってたよ!」」
上長二人が、それぞれ違う意味で帰りを待ち侘びていた。
「勅使河原君のメールをもう一度、総浚えしたいのだが」
「城野くんとは何もなかっただろうね!?」
「「というかメガネは!?」」
このオッサンども…。そういえばメガネ外したままだった。カバンから取り出して掛ける。
「勅使河原常務のメールですね。情報のパソコンから確認できます。
城野先輩とは、晴れて両思いになりました」
ヤバい、顔がニヤけて戻らない。
「なにぃー!?」
「藤森部長のおかげです。止められる前にと勇気を出して向き合って、本当に良かったです。ありがとうございました!」
藤森部長はガックリと膝を着いた。それとは真逆に、天堂社長はうんうんと笑顔で頷いている。
「さわやかな青春だねぇ」
「では情報へ行きましょう」
こうして三者三様の徹夜作業が始まったのだった。
朝、女神からの電話で目が覚める。なんて幸せな朝だろうか。大丈夫、ちゃんと二時間眠れた。
内容は不穏そのものだが。なぜ今になって止めるのか愛人親よ。止めるなら不倫前だろ。それから娘の選択を尊重しろよな。
「城野先輩、ジンが不在でも問題なさそうですか」
『大丈夫。…小川くんがいるから』
耳元でささやかれた言葉に一瞬胸が詰まる。つまり、つまり…!
「先輩!好きです!!」
『マチハル!死ぬなよ!?』
いや無理ほんと今しあわせで異世界転移するかと思ったわ。それぐらいのインパクトあったな。
だが今死んだら、あんなこともこんなことも出来ない!絶対に今日を生き延びてやる!!
「な、なんだ!?後輩男子に告られた夢を見た!」
藤森部長が悪夢で飛び起きるのは、その後すぐ。
『みんなで幸せになろう』
城野先輩の言葉を胸の内で大事に温める。いや、温められているのかもしれない。
情報の仮眠室で寝こける社長を叩き起こし、買い込んでたパンを並べる。インスタントのコーヒーを配って、3人で朝ご飯だ。…すごいメンバーだな。こんなことが無ければ、一生なかった組み合わせ。
「社長、データまとめてあります。社長のパソコンに送ってありますが、紙でも必要ですか?」
「そうだな…。絵面的には要るね」
「はぁ。絵面ですか」
「これが悪業の証拠だ!ってバラ撒きたい。だが、我慢する。後が大変だからね」
「……。」
時代劇風にする必要は、無いのでは…。
人事部のパソコンは全て、外部接続が出来ないようにしておく。
人事部は月曜朝に毎週、定例会議を行なっているらしい。しかも全員集まるとは限らないらしい。会議は7時半から。早いな。
だがこちらは7時には全員揃っていた。そう、城野先輩も…。だが声を掛ける間は無く、お互い頷き合うのみ。イイ…特別な関係感があって、イイ…。
社長室に待機して人事部員が揃うのを待つ。社長室と人事部は同じ階にある。
「社長室の隣で悪事を企んでいたとはな…」
天堂社長が目線を落としたまま、つぶやいた。
7時過ぎ、人事部社員がポツポツと出社する。
7時20分、常務が出社し、5人は同じ階の小会議室へ移動する。やはり5人…。大山田先輩のスマホに電話を掛ける。今回はワイヤレスイヤホンを使う。
「大山田先輩、今から言う5人のIDカード、仮停止してください」
『了解!』
情報のツガイは既に出社済み。現場には俺、作業部隊として大山田先輩と河野先輩が情報で待ち構えている。
そして、小会議室へ踏み込んだ。
「全員、スマホを出しなさい」
天堂社長の声が響く。常務以外、キョトンとした顔なのが意外だった。
『常務のインターネットアクセスを確認』
「遠隔操作してください。アクセス先は?」
『検索エンジンのトップ画面だが、ログイン済み。メールを吸い上げるか?』
「検索かけて都度吸い上げてください」
検索キーワードは打合せ済み。
常務は勝手にパソコンが動くのを驚愕して見ている。
城野先輩が全員のスマホを回収し、電源を切っていく。
天堂社長が静かに宣言した。
「さてと君たち…会社への背任容疑でしばらく拘束させてもらう。弁護士を呼びたい人は申し出てくれ」
次回、マツリターン。失望と希望とカツ丼と。全てにオチをつける時が来た。




