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42・願い事

会計を済ませて外に出てから、小川くんはスマホの電源を入れて、苦笑いした。


「最寄り駅まで送ります」

「何かあった?」

「藤森部長から鬼電が」


藤森部長め…。


「何か追加であったみたいです。一旦、会社に戻ります」

「もう夜9時よ?」

「社長方も、覚悟の残業ですから。何も無ければ、それに越したことないです」


日曜の夜特有の昇りきれない高揚感が街を覆っていて、当てられそう。いや、違うな。ふわふわしてるのは私自身だ。

どちらからともなく、手を繋いでゆっくり歩く。最寄り駅までの時間を引き延ばすように。

暗くて明るい夜の街を通り、最寄り駅の巨大な構内に入る。


「僕…社畜っぽいですね」

「じゃあ、私とお揃いね」


小川くんが苦笑いしつつ言うから、二人で顔を見合わせて笑った。


「あー、名残惜しいです。過去一(カコイチ)名残惜しい」


そっか。私たちお付き合いするんだ。小川くんの愛情表現とさっきまでの熱が相まって、今さら照れてくる。


「また、明日会えるから」


小川くんの手をギュッと握って、控えめに言う。実は私も名残惜しいんです…。

そんな私を見る、小川くんの目は優しくて甘くて溶けそう。


「先輩…ほんと可愛いですね」

「わぁ、ちょっと!?」

「ヤバい、可愛いすぎてニヤニヤしちゃいます…。マスクして戻ろうかな…」

「タ、タクシーで戻ったら?」

「それいいですね。あと、すみません、ずっと可愛いなと思ってました」


わぁいきなりの溺愛表現!?普段の堅物メガネぶりとのギャップに倒れそう…。

実はヘタレじゃなかったとか?

改札口の前で、手を握ったまま向かい合う。これって、すんごい熱々カップルに見える…。


「残業、早く終わるといいね」

「明日七時集合でしたよね。もう泊まりでいいかもしれません」

「着替えは…?」

「ジンに取りに行かせますよ」


なるほど、主人っぽい。妙に納得してしまう。


「それよりも先輩。哀れな社畜男からお願いがあるんですが」

「何でしょう」


裸眼の小川くんの照れ顔、かなりの破壊力だな…。このシチュエーションでお願いとくれば…。


「駅までジンを迎えに来させてください。アイツ、スマホ一応使えるんで。特殊な手袋が必要ですが」

「えっ、持ってたの!?」


もしやタクシーアプリの達人だったりして…。


「あと本題ですが」

「本題?」

「ハグしても良いですか?藤森部長に、何だか筒抜けな気がしてですね。その…明日会える時まで頑張れるように…」


ハグ…はぐって何だっけ。剥ぐ?いやいや分かってる。


「本当はさっき、お店でギュッてしたかったのですが、座ってたので我慢しました」

「そうなの?じゃ、じゃあ明日までがんばれるように…」


と言った瞬間、ギュッと抱き込まれた。小川くんも背が高いよね…。私はすっぽりと腕の中に収まって、小川くんの首元しか見えない。こういう時間って、長くて短い。

腕を回すことも忘れて、体を預け、丸ごと受け入れられている心地良さに浸った。


小川くんは溜め息を()きながら離れていった。


「ありがとうございます」

「どういたしまして…?また、明日ね」

「はい…。無事帰宅したら連絡ください。お気をつけて。また、明日」


イケメン元メガネに見守られながら改札をくぐり、電車に揺られ、いつもの駅に向かう。


ハグって、あんなにとろけそうなものなんだ…。元彼とか前彼の時、どうだったっけ…?全く思い出せない。また明日、って、明日もするの?慣れるのか…?その内、腰が抜けちゃったら、どうしよう。


駅にはすでにジンが待っていた。そこで思い出す。小川くん、連絡してくれたんだ。

ジンは私の顔を見るとニヤっとしただけで何も言わずに(!)、家まで付き添った。風呂上がりの手入れがいつもより至れり尽くせりだった気がしたけど、大いなる勘違いをしてると分かったのは後日。


ヘアオイルの香りが部屋に広がる。

寝落ちする前に伝えなくちゃ…


「マチハル、いい男だろ?」

ジンが先に口火を切ってくれた。


「そうね」


シンプルに返すと、ジンがむせび泣き始める。

「マツリ…お前ついに…!!」


ついに?まぁいいや。それよりも


「ジン。願い事、見つけたんだけど」

「お前がそう言うの、待ってたぜ」


そうだった。ジンはそのために、ここに居るんだった。

瓶を開けてから、およそ一カ月。濃厚で劇的に変化したひと月だった。きっとこれからも。

だけど、独りで立ち向かうのじゃない。そして変化は、悪いことじゃない。


「ジン、今まで本当にありがとう。私の願い、叶えてほしい」


ジンはうやうやしく頷いた。

「言ってみろ」

口調と仕草が合ってない。


「小川くんと…二人で幸せになりたい」


次の瞬間、花びらが舞い荒れる。赤?ピンク?バラ?いや、ハートかな?よく見たら紙製だ。


「任せろ!子々孫々までお世話するぜ!」

「え?それはいいかな…」

「遠慮するなって!そりゃ、マツリが5人産んで、その子たちがまたそれぞれ5人産んで、孫が25人とかなったら、ちょっと手が回らないかもしれないが……」


そう言って口籠もるジンに、思わず怒鳴る。


「無いわ!」


もう!せっかく感謝を込めてお願いしたのに、ジンときたら!


「明日は大捕物よ!寝るわよ!」


もっとずっと私たちと一緒にいてくれる気だということに、現金ながらホッとして眠りについた。

残り5話のハズが…

次回、ジンが不在になる理由。両思い後初めての朝。

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