40・ 赦しと受容、からの決壊
「行こっか」
大山田先輩と河野くんが夕闇の中、ヨレヨレと帰って行った。小川主任は大丈夫なのかな…。
だけどもう、引き返さない。
例え、社長室の窓から藤森部長が「まっっすぐ!」と叫んでいても。いくら日曜の夜でひと気が無いとはいえ…。部長…普通に恥ずかしいです。
小川主任が捕まえてくれたタクシーに乗り込む。昨日の人じゃなくて、妙にホッとした。
走り出すタクシーの中は、静かだ。朝から走り続けた緊張の緩みと、お互いの心をさらけ出す場所へ向かう緊張の間。全ての気持ちは宙に浮いて、口にする言葉が見つからない。
また、小川主任の手が震えている。それとも車の揺れかな。暗いから良く分からなくて、そっと手を重ねる。
「先輩…」
つぶやく声がして、小川主任の手がゆっくりと手首を返した。私の手は、小川主任の手に包み込まれる。
冷たくない…。そうか、震えてた気がしただけか。でもこれじゃ、まるで手を繋ぎたかったみたいじゃ…?
だけど大きな手と、馴染んでいく体温が心地よくて、到着するまで離せなかった。
そういえば、手を引いてもらったの、昨日だったな。あの時の手も優しかった。
選んだ店は、夜景が見えるカウンター席中心の創作レストラン。カウンター席は全て窓を向いた造りで、特別仕様の窓は夜景が良く見える。店内は足元の間接照明がメインで、ムーディな雰囲気。
窓向きのカウンター席なら、お互いの表情とかも気にせず話せるかと思い、窓ガラスが鏡になりにくそうな薄暗い、この店にした。
そんな店は当然ながら人気店で、かつ日曜の夜だけど、奇跡的に取れた席に案内されて、私も小川主任もノンアルコール系と何品か注文した。
「まずはお疲れ様でした」
グラスを軽く掲げて…ジュースで乾杯とか、学生みたい。
カウンター席といっても、テーブルはかなり奥行きがある。もちろん、腕の長さ分くらいだけど。
「城野先輩、連日ですが体調は…」
店員さんが並べた料理を並べ直しながら、小川主任は気遣う。やっぱり小川主任は薬味系、私はお肉系。そして店員さんは間違える。
「まっっすぐ帰った方が良かったでしょうか。今さらで申し訳ないですが…」
「藤森部長に何か言われた?やっぱり疲れてはいるけど」
まっっすぐの呪いを掛けられたのかも。藤森部長め…。
「それはお互い様だと思うな。食べる?それとも先に…」
公園での続きが聞きたい。カウンター席って、隣りで話しやすい反面、目が合わせにくい。いや、そういう造りの席をあえて選んだのだっけ。
目の前の唐揚げをつつく。どう、切り出そうか。
「城野先輩。先に謝りたいことがあります。赦せるかどうかは、お委ねしますが」
思わず小川主任の顔を見る。
「なに…?」
盗撮とかじゃなければ良いけど…。
小川主任の視線は机に落ちている。箸に手も付けていない。事情聴取再び…。
「実は母が盗撮していまして」
「ひぇっ?」
変な声でた。あのお母様が?!撮られるような接点といえば、
「あ、病院の待合室とか?」
「ええ。寝てる間に…。それとその…いろいろといきなりで申し訳なかったというか」
いきなり…そうだね。いきなりドリンク剤を渡され、いきなりの住み込み家政夫兼同僚兼…しかも人外…。
「ジンは悪気は無いですが、あの通りのジン格ですし、だいぶ五月蝿いというかウザいというか」
「確かに」
油断してると髪を巻かれそうになるし、メイクも色気マシマシにしようとする。二言目には「出会い欲しいだろ?」と言う。
それ以外は…。全ての料理にニンニクを使うのは渋々やめてくれた。寝る時はお気に入りのワインのビンにちゃんと入ってくれ、台所で浮かんでたりしない。ビンにフタこそ、しないけど。
「だけど、助けられてるのも事実よ」
「ですが、影でコソコソしてた訳ですし。その、下手したらストーカー紛いと思われても仕方ないかと…」
小川主任の声がだんだん小さくなる。
そうか。ずっと気にしてたんだ。確かに結果的に助かってるけれど、“押し付けられた好意”と迷惑がられる可能性だってあったワケだ。
「じゃあ、じゃあさ。聞かせてくれないかな、動機を」
私の動悸が上がりだす。ダジャレてる場合じゃないけれど。
「不快でも迷惑でもないよ。むしろ感謝してる」
小川主任が、そっと横目で私を見る。あの伊達メガネ、外していいかな。
私の表情を確認した小川主任の視線は、窓に戻ってしまう。ホントの気持ち、言ってくれるかな…。
「僕の動機は一目惚れです」
小川主任は言い淀むことなく、一言で言い切った。
ひとめぼれ…!?
「え、え?そうなの…?」
やはり動悸と動揺がすごい。月並みなセリフしか出てこない。
「ええ。入社式の時、総務部も式典のスタッフでしたよね。その場でお見かけして、もうその時に心底掴まれてからずっとです。最初は遠くから拝むだけの女神扱いだったのですが、人事課独立の後、総務部員がどんどん抜けていくので気になってですね。先輩の肌ツヤも髪ツヤもどんどん元気が無くなっていくのが心配で心配で…。しかしどうする事も出来ず歯痒く思っていた時に成り行きでジンを開封しまして。アイツを先輩のすぐ側に送り込むとか悔しくて情けなくて羨まし過ぎてしかし他に手段が思いつかず…!後は先輩もご存知の通りです」
け、決壊した…。
「に、入社式から…?」
「はい。3年間、ずっとです。キモくてすみません。でも、好きです。城野先輩のこと、世界で一番好きです」
「それは、どうもありがとう…?」
半ば呆然として、何だか的外れな返答をしてしまう。
小川主任は全て言ってしまった後から、真っ赤になって…やおらメガネをむしり取って両手に顔を埋めた後、短く言った。
「食べましょう!」
「は、はい」
あれほど見たかった、素顔の小川主任。なのに怒涛の告白に、食へ現実逃避する。だけど、ちらちら見てしまうのは許してほしい。メガネ無いと、目立つな…。もしやエフェクト掛かってるとか…。
味わうより食べるという作業が一段落した頃。もう一つの気になっていたことを聞いてみる。
「あの、覚えてる?タクシーで尾行する前に、言ったこと」
「むぐっ!ぐ…覚えています」
覚えてた…。再び真っ赤になった小川主任に、つられて赤くなる。いやいや、そんな初心な…。
「あれは、その、とびきり重い本心なので…いずれまたいつか…」
メガネを直そうとした指がズレる。メガネ外してますものね。
…そうか、本心なんだ。じゃあ…私も誠実に向き合わないと。
でも、この手の話するの、苦手だ。
「ちょっとだけ、語ってもいいかな。私のこと…」
「どうぞ!」
小川主任が食い気味に返事してくれる。思わず笑いそうになったけど、早くも目から水がこぼれそう…。
「あのね。私、結婚が怖い」
次回、小川ターン。愛しのマツリをどう受け止めるのか!?
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