39・小川主任、無双する
城野先輩が追い出されてしまった。途端に天堂社長が苦笑いで言う。
「ヤボだよ順ちゃん、野暮。無粋。過保護。シュンとしちゃって、かわいそうに…」
藤森部長はドスの効いた低い声で返す。
「…ウチの屋台骨は望月副社長が連れ去ってしまった。今度は生命線を情報の若造が攫おうとしている…。阻止したくもなるだろう?」
「順ちゃんの気持ちは、よーく分かるよ」
頭の上で社長と部長が言い合いだした。
今モメることじゃねぇ!!そもそも告白もお付き合いも何もしていない!
先輩の潤んだ瞳を不意に思い出す。重ねてくれた手の柔らかさも。
途端に後悔に襲われる。あの時の情け無い俺よ…。嫌いなヤツの手を自ら握る女子がいるだろうか。夜のお姉さんなら兎も角、城野先輩は夜のお姉さんでは無い……。なぜあの時、言わなかった。俺は自分が傷付くことばかり気にして…。
城野先輩を幸せにするのは俺だ。誰にも渡したくない。
絶対に定時で終わらせる。
「社長、部長、もうすぐ整います。人事部へ行かれますか?」
「「もちろん」」
なんだ、仲良しじゃねぇか。言い合いじゃなくてじゃれ合いか?
城野先輩が足りなくて、気持ちが荒む。
ここでさすが大山田先輩。上長二人の迫力に全く怯むことなく、声をかけてくれた。
「小川主任、我々の任務は何ですかな?」
「労基への提出データは、完成しています」
な、なんだって!?
「先輩方…マジですか…!?」
「事実と書いてマジですな」
「ドーピングのおかげです」
複雑な心境…。だが助かる。
「人事部員のPCデータを秘密裏にチェックします。時乃の出番です」
「「キター!!」」
昨日のタクシードライバーみたいに二人が叫ぶ。上長二人が興味津々でこちらを見ている…今チャンスでは!?
「準備してください。社長方へ説明をお願いします。僕はトイレに行ってきます」
情報部が総力を上げて造ったホワイトハッキング用オーバースペックPC“駒田時乃”を撒き餌に、俺は情報部から脱出する。目指すは給湯室だ。藤森部長に追い付かれる前に、走れ!
給湯室へ飛び込むと、コーヒーサーバを見つめる城野先輩がいた。
「城野先輩!今夜、時間もらえませんか」
藤森部長対策で小声で叫ぶ。躊躇って言い淀む時間など無い。
城野先輩はびっくりした顔で俺を見た。
ヤバい…今、給湯室に二人きりなんですけど…なんてエロいシチュエーション…
「分かった。お店、選んでいい?」
「お願いします」
と言った瞬間、藤森部長が突入してきた。
「城野くん、今から潜入捜査だからコーヒーは後でいい。行くよ小川くん、今すぐ!今!」
間一髪…。刈り取られた稲の束みたいに連れ去られながら叫ぶ。
「必ず連絡しますから!」
週末農家の腕力すごいな。
人事部は勅使河原常務含め10台のPCがあるはずだったが、常務の机にPCは無いという。
『ノーパソの弊害ですな』
大山田先輩のつぶやきが聞こえる。
『持ち帰っているということか』
天堂社長は白田室長に電話して確認しているようだ。
先輩方は4階人事部で、俺は5階情報部で分かれて作業している。内線電話のスピーカーをオンにしているため、物音まで筒抜けだ。
俺の仕事は各PCのパスワードを解除と時乃をバックアップ。先輩方は時乃を使って各PC内のデータをリサーチ、コピーする。
一台ずつ5階から遠隔操作も可能だろうが、ここは時乃で総浚えだ。
『時乃とのLAN接続、全機完了です』
『全機電源オン、パスワード入力画面確認』
『時乃起動完了、状態良好です』
「了解。解除始めてます」
『『ラジャー!』』
やり取りがクサい…が、先輩方のノリに水差すマネはしまい。
ゴツいジェラルミンケースに入った時乃が気になりすぎて、天堂社長は着いて行ってしまった。
藤森部長は総務で労基対応の書類を作成しているはず。城野先輩も……。
解析対象は9台。目標は18時半退勤だ。現在15時、17時半までには目処をつけたい。
必ず18時までに、証拠と共犯社員を突き止めてやる。
俺の気迫が届いたのか、次々と共犯社員が判明していく。合計四人。勅使河原常務を合わせると五人。実に人事部の半数が関わっていることになる。
ロックが掛けられた共有フォルダも見つかる。こちらは保管先がサーバ上のため、難なく入手。
ハックした痕跡も出来るだけ消していく。日頃のセキュリティ強化訓練が、こんな形で役立っている…が、あまり嬉しく無い。
お陰様で17時には人事部からの完全撤収に着手する。俺も飛んで行って作業を手伝う。残るはデータの分析か?ソレは社長の仕事だな。
18時、情報部側で出来ることは無くなる。
総務部は解散したようだ。藤森部長がやって来て、業務連絡、かと思いきや。
「明日は朝7時集合だ。勅使河原常務より先に出社し、人事部を制圧する。弁護士にも来てもらう。引き続き協力を頼む。
というわけで今日は出来るだけ早く、まっっすぐ自宅へ帰るように!」
「「「了解しました」」」
声を揃える情報部の我ら。先輩方は「やっと帰れる〜」「風呂〜」と喜んでおられるが。
「小川くん、まっっっすぐ自宅だ。いいかね?」
「もちろん、心得ています」
「城野くんも連日の事件で疲れている。分かるかね?」
「分かります」
「君の良識に期待している」
そんなものクソくらえだ。と思いつつも、城野先輩の体調は最優先だ。
「ご期待に添えるよう、誠心誠意を尽くします」
「いや、そんなに力まなくていい。まっっすぐ自宅、それで良いんだ」
なかなかクドいな。藤森部長の「まっっすぐ」は、城野先輩が合流するまで続いた。
「じゃあ、行こっか」
城野先輩が俺を見上げて言う。人生の本番が今から始まる。
次回、マツリターン 。まっっすぐの呪いに悩む二人。一歩踏み出せるのか?
残りあと5話、6/29 18:00更新




