37・マツリの祈り
心の中を、どうか話してほしい。
「ジンの本当の主人って、小川主任だよね」
その一言に、小川主任は酷く動揺して見えた。持ってたお箸を落とすくらい。でも一瞬だった。たちまちにして冷静メガネに戻り、また隙が無くなる。
「主人、と言いますと」
「ほら、物語じゃランプの精って何個かお願い聞いてくれるでしょ?一番有名なのは三個かな。でもあのジン…陣野は“諸事情により一つだけ”って言ったのよ。
もうすでに誰かの願いを叶えてたのかな、と」
それが誰の、どんな願いなのか。どうして“主人の願い”を叶えるジンが私のところでオールワークスメイド(男)に勤しんでいるのか。私が願ったワケでもないのに。
“諸事情により一つだけ”の『諸事情』について聞いたことがある。ジンはニヤニヤするだけで教えてくれなかった。だけど叶える願いの数は教えてくれた。
「ジンが自分用に残してあるから、一つだけなのでは…」
小川主任の口ぶりにはキレ味が無い。
知っているのだ。
ジンの正体も、何もかも。
そっと退路を塞ぐ。
「陣野は『自由』を求めてなかった」
一番有名な話の中で、そのジンは束縛からの自由を求めてる。アンタも自由になりたい?と聞いてみたら、ウチのジンは「いらないな」とすげなく答えた。あまりに素っ気なく答えるから、それ以上聞けなかった。
小川主任は黙っている。箸はすでに拾い上げていて、食べながら考え込んでいるようにも見える。
「城野先輩。この話、これ以上は素面では…」
何ですって? 間髪入れず答える。
「小川主任は、飲まない方がいいと思う」
「ですよね〜…」
小川主任の首が、ガクリと落ちた。何だか容疑者を自白へと追い込んだ気分。
そういえば昨日も藤森部長から尋問を受けてたような…。二日連続…ごめん…。
でも酔った勢いじゃなくて、ちゃんと聞かせてほしい。それに酔うと記憶が曖昧になってた気がする。つまり、忘れられた膝枕とか。
小川主任は前を見たまま、ひとつ息を吐いた。
「お話しします。どうか引かないでくださいね」
もうそれだけで全部分かったような気がする。心の奥がじんわりと期待で解れていく。
「お察しの通り、ジンの主人、というか最初にビンを開けたのは僕です」
やっぱりと、そうなんだ、が湧き上がって混ざる。
震える心を抑えて黙って頷き、続きを待った。
「どこでビンを手に入れたかは…まぁ付き合い上の席で成り行きで、です。
それでビンを開けたらヤツが出てきて…。
願いは三つ、その内ひとつは自分…ジン用だから二つ叶えると言われました。
僕は一つを使って、もう一つは城野先輩に譲ることにして、今です」
小川主任のメガネがキリッと光る。
あれ…?今、かなり端折ったよね。肝心の部分を特に。
ここから先は、自惚れがないと聞けない領域かも。でも、どうしても聞きたい。
「その…どうして私だったの?」
小川主任は口を開けたり閉めたりしている。そんなに…言いにくいのかな。言いたくないことなのかな。
「頑張ってる城野先輩を、応援したくて」
「それは、ありがとう。本当に助かってる。だけど、だけど譲るのは願いに入らないの?それだと一つ目の願いって、二つ目を私に譲ることに、ならない?」
わぁしつこく聞いてすみません。だって直接聞きたい。どう思っているのか、本人の口から。あの青いヤツを挟んでじゃなく、盗み聞きとか憶測とかじゃなく。
何だか泣きそうになってきた。
小川主任はメガネに指を当て、ズレを直すポーズのまま停止している。
あの伊達メガネを外したい。直接、目と目を合わせて……。
「僕の、一つ目の願いは」
小川主任のもう片方の手が細かく震えだした。小川主任にとてつもない負荷が掛かっているのが分かる。原因は私。ごめん、でも聞かせてお願い。
そっと、その震える手に手を重ねる。小川主任の大きな手は、緊張で冷たくなっていた。
重ねた瞬間、小川主任の肩がビクリと揺れる。より近くなって気づく。まつげ長い…。
待てなくて、つい先を促してしまう。
「……一つ目の願いは…?」
小川主任は、ゆっくりと私を見た。目と目が吸い寄せられるように合う。主任の喉仏がゴクリと動いた。
「城野先輩の幸せです」
「私のしあわせ……?」
「城野先輩が幸せになるよう協力すること、これが僕の願ったことです」
小川主任の願いは、私の幸せ…?
超過勤務で荒れた生活を立て直し、全面サポートするためジンを送り込み(初対面は胡散臭すぎたけど)、業務改善のため新システムをゼロから作り、派遣社員を裏工作までして採用させ、即戦力な部下をサポートに出向させ……。
小川主任が表に出てくる事はないけど、全て小川主任がしてくれたこと。それは私の…幸せのために。
これって、もしかしなくても、ものすごーく…
何も言葉に出来なくて、ただ小川主任と見つめ合う。
確かに、今それなりに幸せだと思う。だけど、何かが足りない。その欠けた部分、足りないひとかけらは、目の前の人が持っている。
無理矢理、言葉を押し出す。
「どう、して…?」
お願い、逃げないで…。
小川主任が息を吸った。口を開いてーー
トランペットの音が高らかに響く。……藤森部長〜!!
私の眉間にシワが寄っても、当然だと思う。どうして!このタイミング!!見てたの!?
「はい城野で」
『城野くん!秘書がゲロった!クロだ!』
何なの?カエルなの?
次回、オジサン達が暴れだす。「交際警察」登場
6/28 朝7:00更新




