36・戦慄の公園ランチ
「僕の、一つ目の願いは」
自分の声が遠くから聞こえる気がする。
城野先輩に誘われて、公園ランチデートだぁ…と浮かれていた自分を殴って絞ってゴミ箱に捨ててやりたい。
コンビニ弁当を粗方食べ終わった頃、城野先輩が思い詰めた調子で話し出した。
「あの、小川主任」
「はい」
「前から薄々思ってたのだけど」
「な、何をでしょう」
こわい……何を思っておられたのか。
まさかストーカー予備軍だとバレたか?
本職ではないと自負していたのは自分だけだったとか…
「ジンの本当の主人って、小川主任だよね」
思わず箸を落としてしまう。お約束か!
冷静さを取り戻そうと、箸を拾いつつ密かに深呼吸する。
「主人、と言いますと」
「ほら、物語じゃランプの精って何個かお願い聞いてくれるでしょ?一番有名なのは三個かな。でもあのジン…陣野は一つだけ、って言ったのよ。
もうすでに誰かの願いを叶えてたのかな、と」
わざと素っとぼけてみたが、的確な指摘が返ってきた。
下手にはぐらかすほど、墓穴を掘るような気がする。それでも悪あがきをしてみる。
「ジンが自分用に残してあるから、一つだけなのでは…」
「陣野は『自由』を求めてなかった」
ごもっとも。映画のジンは自由を渇望していたが、ウチのジン達は違う。そのいわゆる『自由』は、彼らにとって滅びへの入り口らしい。隷属の文言を手足に刻んだ真の主に従うことで、滅びからは自由でいられるそうだ。何とも皮肉な話だが、今すぐ永遠の苦しみが始まるくらいなら、喜んで奴隷でいるとのこと。
城野先輩は黙って、俺が返すのを待っている。
返すとはつまり……。俺の恋心を、この昼日中の陽光降り注ぐ光の中で語るということに繋がる。…正直言って転げ回りたい。
「城野先輩。この話、これ以上は素面では…」
やんわりと酒の席に持ち越し…遠回しに夜ご飯のお誘いをしてみる。が……
「小川主任は、飲まない方がいいと思う」
「ですよね〜…」
俺もそう思う。数々の失態のみならず、男のロマンでもあり、男なら一度は夢見る“好きな人の膝枕”の記憶が無いという人生の損失……。
だが、ここでジンの開封者と認めると、全てを芋づる式にさらけ出すことになる。
ストーカーと思われて避けられたらどうする。盗聴や隠し撮りは、俺はしていない。ジンから聞いたり、母が撮ったり…。限りなくアウトに近いギリセーフか。いや…アウトだろ。
出来れば夕食を食べながらいいムードで話したかった。だが現実は、休憩時間の終わりに急き立てられる公園コンビニ飯。
けれど城野先輩は、俺と向き合おうとしてくれている。誠実に応えるべきだ。
「お話しします。どうか引かないでくださいね」
あぁ、ほんとに…嫌いにならないでください。
「お察しの通り、ジンの主人、というか最初にビンを開けたのは僕です」
先輩は黙って頷き、続きを待っている。
「どこでビンを手に入れたかは…まぁ付き合い上の席で成り行きで、です。
それでビンを開けたらヤツが出てきて…。
願いは三つ、その内ひとつは自分…ジン用だから二つ叶えると言われました。
僕は一つを使って、もう一つは城野先輩に譲ることにして、今です」
新システムのリリース慰労で、上司にキャバクラへ連れて行かれてソコで貰いました、なんて言えません。
「その…どうして私だったの?」
先輩は進撃を続ける。そろそろ止まってくれないかな。いや、無理だな。
「頑張ってる城野先輩を、応援したくて」
「それは、ありがとう。本当に助かってる。だけど、だけど譲るのは願いに入らないの?それだと一つ目の願いって、二つ目を私に譲ることに、ならない?」
お茶を濁す答えを口にしてしまう、自分が情けない。もうこれ以上、避けられない。だが本心をさらけ出すことが、こんなに怖いとは。拒否されたくない。この人を失いたくない。
「僕の、一つ目の願いは」
緊張と怖さで手が震えてくる。
城野先輩が、そっと手を重ねてこられた。えっ…天使?
いや、これはフラグだ。肝心の部分になったら、近所の子どもが無神経なコメントをしたり、電話が掛かってきたりするお約束の。
「……一つ目の願いは…?」
間近でささやく声がした。
城野先輩がむちゃくちゃ近い。過去イチの近さ。コレは絶対、邪魔されるヤツ。
そっと先輩を見ると目が合った。うわぁ、潤み目の上目遣い、むちゃくちゃ可愛いなぁ…。
もぅ、俺いま玉砕してもいいわ。こんな可愛い先輩を間近で見れた記憶だけでも、この先生きていける。
「城野先輩の幸せです」
「私のしあわせ……?」
「城野先輩が幸せになるよう協力すること、これが僕の願ったことです」
電話、掛かってこないのだが。
次回、クドイようですがマツリターン。重めの執着か溺愛か…小川に対してマツリの内心は…
6/28 朝7:00更新




