35・味方は誰だ
一夜明けた総務部で、私は藤森部長と向き合って座っていた。隣には小川主任。またこの三人、また取り調べ席。
ちなみに取り調べ席は一課と二課の間にあって、普段はランチやちょっとした打合せに使っている。人事課が独立して部室にゆとりが出来、こういう形で有効活用している。
「城野君、小川君と改まって一体どうしたのかね。まさか…」
何がまさか?もしや勘違いされてる?
「違います部長。実は昨日の晩、小川主任と…。」
「やっぱり!」
一瞬で藤森部長の顔が蒼ざめる。
「ええ、私もまさかと思ったのですが」
「それで…それでどうするんだね」
「やはり、社長に報告しなければと思っています」
「いつ…いつ挙行するのかね」
「出来るだけ早くが良いかと」
藤森部長の顔色がどんどん悪くなっていく。
「辞めるのか?辞めないでくれ!」
「ですが引責もあり得るかと」
勝手に株式公開なんて、背任事案よ。
そんなテシジョーを引き止めるなんて、藤森部長って情が深いんだな。
「責任を取るのは仕方ないとは言え……せめて、せめて臨月まで頼む!!」
「臨月?」
それってもうすぐ産まれるアレですよね。そんなバカな…テシジョーはどう見たって男性…
「産休取って復帰してくれ!頼む!」
「勅使河原常務は妊娠できませんが?」
「え?」
「はい?」
「昨日、小川君とワンナイトして授かったのじゃないのかね??」
「違います!!」
隣で小川主任が吹き出した。顔を背けて震えている。笑っているようだけど、耳が赤い。
「すみません、いいですか」
「「どうぞ」」
藤森部長と返事が被る。
小川主任は咳払いをして、真面目な顔付きになろうとしたものの、口の端が上がっている。
「城野先輩、そもそもの主語が飛んでるようですよ。
藤森部長、ウチの会社が株式公開するとの噂を聞いたのですが、ご存知ですか?」
「いや…初耳だ」
藤森部長の目は、私と小川主任の間を行き来している。小川主任は続ける。
「昨日、勅使河原常務が飲食店で話しているのを、偶然聞きまして」
「株式公開する話をかね?」
「ええ。社外の人間と話していました」
「それは…聞き捨てならない話だな」
ちょっと待って。私はずっとテシジョーの話をしていたのよ。誰の何の話だと思ってたのか……!?
勘違いを理解したら、顔が熱い。思わず手で顔を扇ぐ。主語って大事。
「会話は録音とか、したかね?」
「はい。スマホで、ですが。バックアップも取ってあります」
「宜しい。ちょっと、待ってくれ」
藤森部長はスマホを取り出して、電話しだす。社内の人間にじゃないのかな?今日は一応、休日だから、出社してないとか。
「もしもし天ちゃん?今どこ?国内?」
あめちゃん?まさか、天堂社長…?
電話相手の声が聞こえる。オジサン特有の音のデカさかな…
『順ちゃん!国内だよ!どしたの?」
え…じゅんちゃんて、誰?
「天ちゃん、今からコッソリ会えないかな。秘書にも知られたく無いんだ」
『なになに?今行くよ!どこ?』
「総務部の部室」
『はは〜ん、震源地だね。分かった、お腹痛いことにして、すぐ行く』
そんな理由で秘書を撒けるの?てか天堂社長て、そんな人だったの?
電話を切った藤森部長を無言で見つめる。視線に気づいたのか、咳払いと共に教えてくれた。
「天堂社長とは幼馴染なんだ。順ちゃん順ちゃんと、昔から仲良くしてくれてね」
あめちゃん…じゅんちゃん…いがぐり坊主の二人を想像しようとしたけど、顔がオジサンのまま…イメージ不能。
と、総務部の扉がノックされた。妙にリズミカルだ。
藤森部長が率先して開けに行く。
「順ちゃん、どしたの!?」
人懐っこい笑顔の天堂社長がやってきた。
録音の確認は小川主任に任せてコーヒーを淹れに行く。
天堂社長の好み、聞くの忘れたな。紅茶派だったらどうしよう。
戻ると、ちょうど聴き終わったところだった。
しかめ面しか居ない。
天堂社長はスマホで誰かを呼び出すと、もう一度、録画を再生させた。
『我が社の弁護士に連絡は』
望月副社長の声だ。天堂社長が答える。
「まだだ。証拠はコレしか無い。何より弁護士が抱き込まれていないか確認が必要だ」
『確かに』
「他の証拠を押さえないと。小川君、密命として協力してくれ。」
「承りました」
小川主任、ますます忙しくなるのでは…
そこから、誰がどちら側なのか、どう確認するかの打合せが始まった。株式公開が現在どこまで進んでいるのか、どう探るかも打合せ…情報を共有する。
私は書記を務める。録音無し、A Iの文字起こしも自動要約も無し、最低限の内容しか記録しない。知ってる人のみに通じれば良い。
途中、望月副社長が合流した。柳木先輩、いや尊美先輩に国産普通車で送ってもらったらしい。さすが尊美先輩…出来る。
始まったのは10時半。目鼻が付いた頃には、お昼はとっくに過ぎていた。
「一度、休憩としよう」
社長の鶴の一声で、資料やメモが散乱していた机は、何事も無かったかのように片付けられた。ノートパソコンは鍵付きロッカーに一旦保管される。
1時間後に再開。トップ3オジサン達は何処かへ食べに行くらしい。下っ端二人は、トップと一緒なのを目撃され勘繰られるのを避けるべく、別行動となった。
別の勘繰りを受けそうなんだけど。
「情報に顔、出さなくて大丈夫?」
「はい。実は裏取引しまして…全部お任せしています」
裏取引…。小川主任の表情を見るに、かなりの交換条件を飲まされたような。
「だいじょぶ…?」
「いえ…外堀はほぼ埋まりましたし、退路も絶たれました。もはや腹を括るだけです」
「そんな厳しい取引条件なんだ…」
「…いえ、むしろ追い風と捉えて…はい」
「?」
最寄りのコンビニに着いてしまう。例の買い占めたコンビニだ。そしてまた、いろいろ買い込んでしまう…。経費に出来ないかしら。
今日の天気は曇り。ちょうど良い気候になってきた。やや蒸し蒸しするけど…
社屋に戻りたくない。
「公園で食べるの、どう?」
「いいですね」
公園とは…あの公園だ。ジンの入ったドリンク剤を開けた始まりの公園。
昼の光の中では、普通の景色に見えた。あの時はもっと寂れて薄汚れて見えた…それだけ私は追い詰められていたということ。あの時、ジンを開封してなかったら…想像するのも怖い状態になっていただろう。つまり、今があるのは小川主任のおかげ…。
ベンチに並んで買ったお昼をそれぞれ広げ、しばし無言で食べる…。それでも、聞くなら今が良い気がした。
「あの、小川主任」
「はい」
「前から薄々思ってたのだけど」
「な、何をでしょう」
「ジンの本当の主人って、小川主任だよね」
小川主任の手から、箸が落ちた。
次回もマツリターン。と書きましたがウソです。
次回は小川ターン「戦慄の公園ランチ」




