3 ・魔法はまだ続いてる
朝、起きたら魔法は解けてなくて、部屋は片付いたままだった。良かった。だけどベッドから起き上がれない。まぁ土曜日だし休みだし三連休だし。
「起きた?」
その声に、もう一つの魔法も、そのままだと知る。
ぺたぺたと裸足の柔らかい音がして、青い男がひょいと顔を覗きこんできた。昨日は青いスーツ上下だったよね。今日は青いパーカーに青い半パンで休日モードかぁ。
「……青いね」
「ジンの基本カラーだろ」
「アニメ映画じゃ、そうだったかも」
「つまり世界の常識だな」
だめだ、頭が全然回らない。「うん…そう、かも…?」
「朝ごはん、食べるだろ?ちょっと待ってろ」
ジンは返事を待たずに、ぺたぺたと離れていく。朝ごはん作ってくれるの?しかも二度寝付き。考えることを手放して、まどろみに揺蕩う。
やがて漂ってくる、いい匂い。あぁワタシ、お腹空いてるんだ。久しぶりに食欲を感じた。
「出来たぞー。こっち来て座れるか?」
その声にのそのそと起き上がり、会社の誰にも見せたことのない、寝起きでむくんだドすっぴんのまま、ローテーブルの前にペタリと座る。
運ばれてきたのは、薄いパンケーキが何枚かと、たっぷりのヨーグルトに目玉焼き、一口大に切ったトマト、オレンジジュースだった。
「わぁ、ごちそうだ…」
「そうだろう、そうだろう。遠慮なく食べろ」
何から食べよう?トマトも目玉焼きもシンプルに味付けは塩だけ。ヨーグルトには、ハチミツだけ。だけど何もかも染み入る美味しさだった。
「泣くほど美味いんだな」
ジンが得意気な顔でも、腹も立たない。
「あんたは食べないの?」
「俺ならさっき食べた。なかなかの天然ガスだったぜ」
そういえばジンって炎の精か何かだと聞いたような読んだような……。今月のガス代が上がってもいい。その価値があるよ。
〆とばかりにオレンジジュースを飲み干す。あぁビタミンC。
「いい飲みっぷりだな、色気はともかく。
さて、今日なにする?」
そうか。休日は始まったばかりなんだ。時計を見ると、朝の10時を過ぎたところだった。なにしよう?
「一番後回しにしてることは何だ?」
こうしてジンと私の、最高の休日がスタートした。
「お前、結婚願望とかないの?」
パンパンになったゴミ袋の口を器用に結びながら、ジンが直球ストレートに聞いてきた。
「したいと思う人がいれば、ね」
「あ、そ。相手によるってことか?」
「ひとりで出来ないことだしね。
まず、どんな人であれ依存する形は嫌なんだよね。」
ジンは軽薄な相槌を打ってくる。
「浮気する人も嫌。でもそんな男、レアメタルよりレアでしょ?」
「案外、居てそうだけどな」
「私に見つけられるかどうかよ。無理だと思う。」
「結論早くね?
つまりお前の願望は結婚に無いのね」
「親がね、失敗してるから、強く夢見れないんだ」
ジンはゴミ袋を縛った手で私の頭をポンポンしてくれた。
「お前が失敗するとは限らないだろ?」
相変わらず謎の上から目線。きっとすごい年上なんだろうけど。
「ゴミ出す日、決まってるから、しばらく玄関は通りにくいよ。」
玄関前に積み上げたゴミ袋は、なかなか圧巻の眺め。
ゴミは当日朝に出すのが当アパートの掟だ。忘れたりすると溜まる。
「オッケー!じゃあ昼メシ行こうぜ!着替えて、化粧もする?」
「着替える。部屋の外に出てくれるかな」
「え〜 垂涎の生着替えが〜」
もちろん、外に出てくれた。
着替えて顔を合わせた時、大事なことが抜けているのに気がついた。
「ねぇ……。あんたのこと、なんて呼べばいいの?」
「おっと今さら過ぎる質問だな。ジン、でいいよ。なんかあだ名つけてくれてもいいけど!」
青男とか……?
「じゃあ、ジンで。とりあえず」
「お前は、城野茉莉だろ。シローノ?マトゥーリ?……マツリに決まりだな!」
彼の思考回路に全く着いていけない。
というか私の名前、知ってたんだ。
「今ひょっとして外人ぶった?」
「じゃあ、改めて。マツリ!欲望探し、よろしくな!」
「言い方が生々しすぎる……」
そして三連休は瞬く間に終わり、出社日がやってきた。
次回、出社日の朝、ジンの真の力が一部発揮される…!




