2・陰の支配者(夜勤中)
モニターだけが光る、薄暗く底冷えする情報部フロアに、青い男が音も無く現れた。
何台か稼働中のモニターを横目に、青い男はフロアの奥に座る、自分の方に歩いてくる。
「首尾は?」
モニターから顔を上げて尋ねる。メガネのレンズ面が青白い照明をギラリと反射した気がした。
モニターの照明を浴びて顔まで青く見える青い男--ジンは肩をすくめた。
「俺にメロメロだよ、小川主任」
そのセリフに心からジンを睨む。なんだと?
「お前に落としたとでも?」
「かわいそうに彼女、倒れる寸前だったぜ?心身共に弱ってる時に優しくされたら、誰だってグラっとくる」
「…………詳しく」
「とりあえず風呂入って食べて、今はベッドでスヤッスヤだ」
ジンのドヤ顔ウインクが心の底からウザい。ベッドでスヤッスヤ……口に出さずに反復する。え?
「おい待てよ、お前まさか部屋の中まで入ったのか?!」
「モチロン!彼女のフトコロに入った……といえるな、これはもはや」
「ニヤニヤするな……部屋に入った、部屋に……彼女とは初対面だよな!?」
「今夜初めてのランデブー」
「なのに、い、い家に家に上がったとか……」
舌と手まで震えてきた。うらやまし過ぎて目も強張る。
「おいおい、落ち着けよ、ご主人様〜。
初めて会ったミステリアス・ガイを家に入れるなんてな、普通じゃあり得ない。それだけ彼女が疲れ切ってた、ってことだよ」
「まともな判断が出来ないほど、ということか」
「そうそう」
「危機管理意識が危機的状況だ」
「うんうん、落ち着けご主人様」
「だけどお前に落とすのは契約違反だ」
「おいおい〜。ヘタレてないで、ご主人様がお世話すれば良かったんだよ。そうすりゃイチコロだったのに」
「……それが出来るなら、お前に頼ったりしない。あとイチコロは死語」
ジンは再び肩をすくめた。
「まぁとりあえず、まだまだいろいろ必要ぽいからするけどさ、ご主人様はいつ出てくんの?」
「まだだ。というか当分……無理」
「なんだって?」
ズレていないがメガネを中指で直す。
「一生分の勇気を使った」
「瓶を渡しただけで?」
「煙の精には分かるまい……」
ジンの片眉が吊り上がった。だが同じ勢いで元に戻る。
「ご主人様が燻ってんのは、よーく分かってるよ。
とりあえず軍資金、ヨ・ロ・シ・ク☆」
それはそうだ。黙って財布からカードを抜き出す。もちろん、小川の名前やカード番号が印字されていないタイプを選んだ。
「サインが必要な店では使うなよ」
「ご主人様の筆跡、練習しておこうか?」
ニヤケ顔のジンを思い切り睨んだものの、溜め息と本音があふれ出す。
「あぁズルい。ズルすぎる。こんなチャラ男に彼女を任せるなんて……同じ部屋とか同じ空気吸うとか半径5m以内とか…。」
「わぁご主人様、だいぶキモいぜ?そんなに好きなら自分で当たれよ」
「砕ける未来しか見えない……」
「骨なら拾ってやるから」
「ばか、黙れ」
「ヤダヤダ。語彙力が先に砕けてる。
ま、報告はしたぜ。じゃあな」
なんだと?モニターの時刻表示に目を走らせる。現在、夜中の2時過ぎ。
「待て、こんな時間……寝顔を見に行く気か!?」
「ばか。発想がストーカーだ。
朝メシの仕込みがまだなんだよ。今から24時間スーパーに買い物行って、下ごしらえしなきゃ〜。」
そう言ってジンは闇に溶けようとする。
「おい! 連休明けのこと忘れるなよ!」
「御意☆」
去り際にバチッとウインクを投げ、ジンは消えた。城野先輩のところに戻るのか……。
あいつ絶対、楽しんでる。ジンにイラつくと同時に、自分の不甲斐無さがひどく鼻につく。
それにしても推定3000歳越えのオッサンからぶりっ子ウインクとか……本日最大のダメージ。
深く吐いた溜め息が、急に静かになったフロアで行き場なく響いた。
次回、社畜OLターン「最高の休日の過ごし方」




