4・メイクも承ります…泣ける通勤途上
休日が充実していればしている程、休み明けの朝は憂鬱。
鏡の中の死んだ魚の目を眺めていたら、いつの間にかジンが青々しいスーツに着替えていた。
「……青なんだ、やっぱり」
「トレードカラーってヤツ。評議会の指定だしな」
「なに?議会?」
「あぁ、全世界ジン評議会だよ。ま、要するに寄り合いだな、ジンの」
何も理解できない。
「つまりジンはアナタ以外にもたくさん居るってこと?」
「そうだな。だいぶ減ったけどな」
なんで?と聞きかけて、そろそろ家を出る時間なことに気づく。メイク、仕上げないと。
ジンがひょいと、私の手からアイライナーを取り上げた。
「目、閉じて。
そうそう、言い忘れてたけど」
リキッドタイプだからか、あっという間にラインが引かれる。目を開けると、いつもより濃いような…?
「俺、今日から総務部一課の派遣社員だから。2人でブチョーの尻、叩こうぜ!」
「!?」
アイカラーパレットとブラシを手に、鏡の中でニヤァとジンが笑う。
「メイクも任せろ。こう見えてハーレム仕込みの達人だぜ?」
ハーレム……あぁ、アラビアンな美女がいっぱいの。あれ?男子禁制じゃなかったっけ?ジンって性別は……?いやそれよりも!
「薄め!薄めの!ナチュラルメイクでお願いします!!」
ジンがメイクしてくれたおかげか、いつもより気持ち早めに家を出られた。
駅までの道を歩きながらジンが説明しだす。
「お前の部署の惨状は把握してる。
二課から人を回せないこともな。」
我が社の総務部は二つの課に分かれている。私が所属する一課は社内関係全般、二課は社外専門の業務分担だ。ウチは海外製品の専門代理店だから社外イベントーー展示会とか商談会とかーーにすごく力を入れている。
私が入社した時は、三課こと人事課も総務部だった。が、去年に人事部として独立昇格した。その時のゴタゴタは今も収まっていない。
「人員が補充されない原因はともかく、ブチョーを業務に巻き込まないと、もう立ち行かないだろ。」
「でも電話一本、取ってくれないのよ」
「ブチョーの再教育、するんだよ」
「最難問の仕事よ、それ」
「出来るさ。なぜなら、今日から俺も一緒だからだ!」
心強いような、不安しかないような……
ジンの立てた作戦は、電話応対を限界まで削減する、シンプルなものだった。
「このIT時代に口頭依頼…!コロナ禍も経験してるってのに!」
ジンが目を剥いて大げさにディスってくる。
言われてみて、そういえば…と気づく追い詰められっぷり。なぜ我が部はリモートワークという恩恵に与らなかったのか……。
しかもそれを羊皮紙に手書きが主力な中世の住人に指摘されるとは……。
「非常事態宣言を出すんだよ。依頼フォームを全社公開して、依頼の期限を明記させる。督促の電話には折り返ししないと明言する。電話じゃなくイントラメールを使え、ってな。」
めちゃくちゃ具体的だ……。このジン、ホントは経営コンサルタントなのでは……?
「依頼フォームって?」
「総務部への依頼を入力するイントラ特設サイトだな」
「そんなの無いわよ」
「まさか今まで全て電話依頼…!?」
ジンがまた目を剥いて口に手まで当てて、大袈裟に驚くふりをする。純粋にイラッとするわ。
「そうよ。依頼書、あったかもしれないけど誰も使ってない」
「だろうな。だが安心しろ」
「なに。また、俺が一緒だから、とか言うつもり?」
「惜しい!お前には超強力な助っ人…それも守護神クラスの助っ人が付いてる。そいつがどうにかしてくれてるからな」
そう言って、またウィンクを飛ばしてくる。
え……守護神が憑いてる…だと?
しかも、してくれている……過去完了現在継続形……?
安心していいの……か……?
駅に着けば、そこからは戦闘体制。揉みくちゃにされて押し込められて、揺られて吐き出されて、最寄駅に着いてしまった。
ジンは私の手を鷲掴みにして電車から降りる。手を繋いでる、ではない。何という色気の無い握り方。登園を渋る園児の手を引くような。
会社が近づくにつれて、三連休でチャージした何かが減っていく。前向きな気持ちもヤル気も何もかも。思わず本音がこぼれた。
「そんなに上手くいくかな……」
「なんだ弱気になって、可愛いなぁ」
「!?」
思わず顔を上げると、この三日間で馴染んだニヤけた笑い顔があった。
「ブチョーには責め調子じゃなくて、よわよわ調子で行けよ。それと、お伺いじゃなく、決定事項を伝達する的な、な。」
「う、うん」
「よわよわなお前も可愛いけど、忘れんなよ。お前は思うほど一人じゃないぜ」
通勤途上で泣けること、言わないでほしい。
次回、派遣社員ジン始動「歴史に残る朝礼」
明日朝7時にも投稿します




