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26・スーツvs週末農家

副社長の高級自家用車で現場に急行する。外車に乗ったの、初めてかも。


初外車のウキウキよりも、さっき見ちゃったキスの衝撃の方が強い。いやいや、結婚なさってるのだし、いってきますの挨拶だろうし……。でも先輩の色恋バナシなんて全く聞かなかったし、やっぱり良く知る人の(ナマ)チューなんて…。私に経験が無さすぎて、刺激が強すぎる。経験というのは自分のチュー経験値じゃなくて他人の生チューを見てしまう経験値で……。いや、ドラマで観てるハズだけど、リアルはやっぱりレベチだ……。

何より今は、バックミラーの副社長と目が合いそうで顔が上げられないでいる。


小川主任は助手席に座り、副社長の指示の元、あちこちに連絡している。出来る秘書みたいだ。

秘書課の課長を捕まえられて、無事、連絡は回り出したらしい。


キキーッと刑事ドラマみたいな音を立てて、車は会社の前に停車した。副社長は駐車場へ、私たちは先に現場に向かう。


我が社はセキュリティにはそれなりにうるさい。どの部門も機密を扱うため、入室には都度IDカードが必要だ。休日だから持ってなくて…と思っていたけど、常に携帯してる小川主任のおかげであっさり解除できた。『小川主任は真の社畜』疑惑を胸に、扉を開ける。



「藤森部長!」

飛び込んだ先では、労働基準監督署の調査官らしきスーツの二人に、農家のオジサンが尋問…じゃない聴き取りをされているところだった。


「では産休中の社員が二人、療養中の社員が三人。出社している社員は藤森部長を合わせて二人、派遣と出向が合わせて二人。」

「その通りです」


長袖の白ポロシャツ、カーキ色のカーゴパンツに黒い業務用長靴。首に掛けたタオルまぶしく応えているのは、藤森部長だった。

出先とは畑のことだった模様。

スーツにネクタイをビシリと決めた調査官との対比がスゴイ。


「……城野、出社しました〜」


思わずコソッと小声になる。にも関わらず、藤森部長はものすごい勢いで振り向くと、隣のイスを引いて着席を促す。


一緒にいた小川主任がささやいた。

「ご武運を。また後ほどに」


軽くうなずいて、別れを交わす。それを()め付ける藤森部長の眼力(めぢから)がスゴイ。目が底光りしているみたい。


「……城野くん…彼かね…?」

「部長、誤解です。今は取り調べに集中しましょう」


なにか口が滑った気がする。

そうして聞き取り調査は再度幕を開けた。


どうやら労基に通報したのは総務の社員の身内らしい。そのため、微に入り細に入り、事細かに質問される。

私たちの共通敵は、部下の仕事量を把握していない上司ではなく、欠員の穴埋めを否認し続けた常務。でもそれを、真っ正直に言うことは会社の恥をさらすこと。だから(くち)ごもることは許されない。何か隠していると思われるからだ。ここは「誠実」に成りきらなければ、明日がない。

藤森部長と私は、運命共同体のノリで尋問に立ち向かった。



結局、解放された時は三時間が過ぎていた。藤森部長の新品っぽいタオルも、心なしか白さがくすんでいる。


「城野くん…私たちは耐え切ったのかね…?」

「どうでしょうか。追加攻撃があるかもしれません」

「むしられる毛は、もう無い」


チラリと藤森部長の頭を見る。白髪混じりだけど、後退等はしていない。


「大丈夫です。心を強く()ってください。」

「……今、頭髪を見なかったかね」

「気のせいです」


しばし沈黙し、解放に浸る。今ごろ他部署に手が入っているのかな……小川主任のとこは、どうなっているんだろう。

放心しきれずに、つらつら考えてると、隣の部長がポツリと呟いた。


「しかし見事だった」

「調査官のスーツですか?」

「いや。城野くん、告発しなかっただろう?この人員不足を引き起こした張本人を。それを気取られないよう、誠実に巧妙に立ち回ってみせた。」


部長の静かな称賛が、疲れた心に沁みる。


「恐れ入ります……と言いたいですが、部長!気づいていらしたんですか!?」

「……」


前を向いたままの部長から、しまった!という気配がする。


「……城野くん、これだけは言っておくが、私は人員増の申請を、新人が来なくなった時からずっと出している。

なぜ稟議が通らないのかも、薄々理解している。張本人に直談判したこともある。」

「部長……」


実は仕事してたんですね。


「確かに人員は不安定ながらも増えた。だが一手遅かった。結局、こんな事態を引き起こしてしまった…。もっと強く言うべきだったと、今さら後悔している。」

「ウチが震源地ですものね……」


聞き取りという最初の関門は通過したものの、これから何種類もの書類を提出しなければならない。作成の段取りを考えるだけで、もう泥に沈みそうだ。


「必ず…!」

拳を握りしめる部長から闘志を感じる。


「必ず社長から特別手当てを分捕ってみせる!」

「部長、頼りにしています」


ところがここで、小川主任がやってきた。


「お疲れ様です。無事、済みましたか?」


途端に第二ラウンドのゴングが鳴った気がした。

次回、「藤森部長の圧迫面接」マツリは逃亡し、小川のターン

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