24・城野先輩が泣いてるのでまだ俺のターン
副社長邸は、文字通り豪邸億ションだった。広々とした玄関から踏み入れた先は、これまた広く明るいリビング。
「城野、とりあえず座って」
旧・柳木先輩の促しに、ソファまで城野先輩を誘導する。
「すいません、私……」
いつもの凛としてしなやかな雰囲気は影を潜め、ただただハンカチを目に当てる城野先輩は、もう本当に可愛らしくて愛おしい。なんて言うか、語彙力が溶ける。
だが、ここまでか。そっと手を離して、旧・柳木先輩にバトンタッチする。
「小川主任、ありがとう…」
城野先輩が濡れた瞳を上げ、揺れる声でお礼を言ってくれた。何かいろいろグッと掴まれて、沼の底が抜けた心地がした。何も言えなくて、分かった風にうなづいて……自分なりに精一杯、優しくほほ笑む。
名残惜しいが過ぎるが、行くところがある。リビングからダイニングスペースの向かい…対面式キッチンへ向かう。
「副社長、本日はお招きに与り、お世話になります」
ゆっくり頭を下げて挨拶する。
そう。キッチンでは副社長が、エプロンを掛けて料理中なのだ。
望月副社長は、正しくイケオジである。見た目だけではなく、中身…人格もだ。面倒見が良く、部下同僚を活かす理想の会社人として、慕う人は多い。その上、料理まで振る舞えるとか…これがスパダリというやつか。
「いやいや、こちらこそ来てくれてありがとう。可愛がってた後輩たちの善き話に、尊美がいつになくウキウキしていたよ。」
善き話…?後輩たちの…??
俺の怪訝そうな顔に、副社長も同じ表情になる。
その話は、リビングの旧・柳木先輩にも聞こえていたようだ。
頭上の疑問符が三つ揃ったところで、旧・柳木先輩が城野先輩に問いかける。
「城野?今日は結婚の報告に来たのかと思っていたのだけど……?」
ケッコン!?城野先輩が!?だ、誰…誰と!?!?
ようやく涙が落ち着いた城野先輩が、ハンカチから顔を上げた。ちょっと鼻が赤くなってるのが、たまらなく可愛い。
「違います。」
「え?」
「え?」
一刀両断の城野節が炸裂し、俺は心の底の底から安堵した。一番お世話になった先輩に報告しないというのなら、城野先輩はまだ結婚しないと断定できる。
「今日お邪魔したのは、先輩の表敬訪問と、総務部に復帰をお願いしたくて、きました」
「え?」
「ええ?」
よく聞けば鼻声になってるのが、たまらなく可愛い。
疑問符は二つに減ったものの、望月夫妻の目が俺に集中する。
そうですよね。俺の立ち位置とは。ここにきて、やっと俺は自分を客観視した。
フツーに考えて、後輩が異性を連れて表敬訪問に来たら、その手の挨拶だと思うに違いない。しかも玄関先で手を繋いでいた。うぉぉ。
一体、城野先輩は何と言って連絡したのか。ただの付き添い、と言いにくいのは確かだが。
城野先輩の必死の嘆願は宙に浮き、未だ疑問符に絡まれている望月夫妻。仕方なく説明しようとした時ーー。
トランペットが高らかに鳴り響いた。
雄大にして急かされるようなこの出だしは、ウィリアム・テル序曲。運動会の競技開始と共に流される、あの曲だ。
スマホの着信音だと思うが、この空気読みすぎな電話は誰の誰からのか。
「私です。藤森部長からだ」
城野先輩が慌ててカバンを探り出す。
総務部の部長から?しかしなぜ、この曲?藤森部長が頭にリンゴを乗せてる絵面を想像してしまう。
「藤森部長?あ、遠慮なく出て」
「ありがとうございます。何だろ、休日なのに…」
正確には本日は出勤日。ただし、有給休暇が推奨されている。
先輩は慌てていたのもあって、スピーカーをオンにしてしまったようだ。
藤森部長の叫び声が響き渡る。
『城野くん、ガサ入れだ!!』
次回、マツリのターン「沸騰、混沌、噴火」




