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23・名目は付き添いだが実質はデート

待ち合わせ時間まで、あと15分ある。

思った以上に早く着いてしまった。だが……イイ。憧れのあの人がこちらに向かっているのを待つ、というこの時間、かなりイイ。


スマホをいじるフリをしながら、待ち合わせの醍醐味を堪能していると、視界の端に眩しい青が映った。

スマホから顔を上げずに、目だけで確認する。


「……何しに来た」


今日も上下ともに青。ショート丈のパーカーに足首までのサルエルパンツと、出自を伺わせる出立ちだ。手首足首に刻まれた隷属の文言を隠すために着けている黒のリストバンドが、かえって軽薄な印象を与えている。

ヤツはウインクを飛ばして言う。


「恋の奴隷をお助けに!」

「セリフがクサすぎる」


ジンの背後でタクシーが走り去るのが見えた。


「まさかタクシーで来たのか?」

「そうそう。マツリより先に着く必要があったんでね」

「電車の方が早いだろ」

「ヤダヤダ、分かってないな!タクシーは現代社会の魔法の絨毯だぜ。何にも縛られずに目的地までピュン!だ」

「信号には縛られるだろ」


だがそれより。

「ジン。お前、透明になれないか?」


一瞬いぶかしげな顔をされたが、すぐ意図が分かったらしい。「お茶の子サイサイよ!」


ジンは瓶の開封者と言語を共有するプログラムが書き込まれているらしい。そのため、北アラビア育ちのジンと現代日本語でのやり取りに困難はないものの……昭和世代と話している感覚を覚える時がままある。


スマホを耳に当てて電話中のフリをしつつ、透明になったジンと話を続けることにする。


「で、何しに来た?」

「ふふふ……今日の俺は、恋に囚われしご主人様への福音を携えた天使!」

「天使は青くない。早く言え」

「ぬぅ。情緒の無いヤツめ。

いいか、マツリはな、アリ寄りのアリだ!」

(アリ)?」


駅の改札口が気になって仕方がない。よく考えなくても、待合せ時間より前に着く可能性は十分あるのだ。


「バカ!天然か!お前のことがアリ寄りのアリだってよ!」


その言葉を理解するより早く、改札口を通り抜ける麗しの女神を見つけた。

秋色でまとめたパンツルックに、髪を下ろしているのが新鮮だ。綺麗で、可愛い。

スマホを仕舞って、ジンにささやく。


「蟻の話は、また後で聞かせてくれ」

「もぉっ!この天然ウソメガネ野郎!」


悪いが、城野先輩のことしか考えられない。



土曜の電車は、それなりに混んでいた。城野先輩と二人、車輌の端、座席のない部分に並んで立つ。

他愛もない話をしつつ、二人で目的地に向かう。すんごいデート感ある。

浮き立つ心に言い聞かせる。これは同伴、俺は先輩の付き添い、デートじゃなくて行き先は副社長宅。

だけど目の前でくるくる表情を変える先輩を見ていると、正直言ってものすごーく楽しい。ネタを提供してくれた両親に感謝の念すら感じた。ネタの内容はアレだが。


ところが、副社長宅のマンションに到着した辺りから、先輩が強張りだした。緊張し過ぎている。柳木先輩とは、そんなに緊張するような仲だったのか。


エレベーターが目的の階に着いてしまう。副社長宅はすぐそこだ。だが、よりぎごちなさが増す先輩に、何か助けられることはないかと悩みつつ声をかける。


「……城野先輩、今さらですけど荷物持ちますよ」


ひと昔前のロボットみたいな動きのまま、先輩は返事する。

「……大丈夫。大丈夫だと思ってる」

とても大丈夫には見えない。


今の俺はただの付き添いだ。だが、不安な時に抱きしめて和らげるぬいぐるみのように、緊張を(ほぐ)し勇気を出す手助けをする、付き添いでありたい。できれば抱きしめたい。


「押した方がいいですか?引いた方がいいですか?」

そっと、後ろから声を掛ける。


城野先輩がパッと振り返った。つややかな黒髪が光を(はじ)きながら広がるのを見て、瞬間的に目線を下げる。

出しゃばり過ぎたか?先輩の顔を見るのが恐くなった。

目線を下げて気づく。手も差し出していたことに。これで拒否られたら、俺は……。


「ひ、引いてください!」

「承りました!!」

思わず食い気味で即レスしてしまった。


城野先輩の、人知れず頑張っている細くて白い手。ギリギリの気持ちが崩れないよう、そっと握る。


「行きますよ」


副社長邸の玄関までの徒歩5歩、天上の楽園を歩いている心地だった。

夢は終わりとばかりに、インターフォンを鳴らす自分の指が忌々しい。


……手を離すタイミングが分からないフリをして、まだ握る自分は卑怯だと思うが、離したくないのが心情。


「はーい」


応答はインターフォンからではなく、玄関のドアが開く音と同時だった。

先輩の手はまだ強張ったままだ。横目で伺うと……。


「あら。あらあら。城野、どうしたの」

「せ、せんぱいー」


この世で一番美しい雫が、先輩の目からこぼれていた。その結晶に、その発露に動揺する。だが、あえて押し隠す。


「とりあえず、上がって」

柳木先輩……今は望月姓になっておられるはずだ。


「はい。お邪魔いたします」


副社長は在宅か不在か……。言葉にならない城野先輩の代わりに、挨拶する。

またそっと手を引いて、一歩踏み入れた。


手を離さなくて正解だったな、俺。

次回、すれ違う思惑。マツリが泣いてるので、まだ小川ターン。

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