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20・インコとジンの「水曜どうでもいいでしょう」

今日は水曜日だから飲みに行くって聞いてたのに、インコこと太一(たいち)お兄ちゃんはジンさんと一緒に帰ってきた。


「シオリ〜、具合はどうだ?」

「もう元気。ありがと」


今夜も宅飲みするみたい。とりあえず自分用に冷えた麦茶を入れてお相伴する。私は小学生だから、お酒はまだ飲めない。


ちゃぶ台の向こうに座ったジンさんは、拳を握りしめて嘆きだした。


「フツー、同じ絨毯に乗ったら、それだけでもう何か始まったりするだろ!?なのに…なぜ…なぜ恋が始まらないんだ!」

「同じ絨毯」

「乗ったのがタクシーだったからか!?絨毯じゃなく……。タクシーじゃ恋は始まらないのか!?」

「乗り物の種類じゃないのかも」


涙目っぽくなってるジンさんに、とりあえず大真面目に合いの手を入れてみた。


「しおり。酔っ払いだ。まともに返すんじゃない」


隣の部屋から、お着替え中の太一兄ちゃんが冷たく言うのが聞こえる。そんなクールな言い方もするんだ……。カッコいい……。


「でも相手してあげないと、なんだかかわいそうで」

「シオリ!お前ほんといい女になるぜ」

「ウチの妹に手ぇ出すなよ!」

「あぁ〜恋ってどうやって始まるんだろ〜」


太一お兄ちゃんが(ふすま)越しに凄んだけど、ジンさんは全く聞いてない。

太一お兄ちゃん、ジンさんはこう見えて(?)熟女専門なんだよ。小六の私は安心の対象外。

恋の始まりかぁ……


ちゃぶ台に突っ伏したジンさんの代わりに、戻ってきた兄ちゃんにそっと聞いてみる。

「恋って、どうやって始まるの?」


部屋着の太一兄ちゃんは、サラサラの髪を手櫛で束ねていた。胡散臭く見えるように、わざと掛けてるあの伊達メガネは外している。口に髪用ゴムを(くわ)えてるの、なんだかゾクゾクする。おでこもスッキリ見えて、カッコ良さが爆上がり。


「恋なぁ。雷が落ちてくるようなもんかなぁ」

「めったに無い、ってこと?」


ガバリとジンさんが起き上がった。

「ビリビリ来る、ってことだな!」


「避けられない、とか?」

言ってて自分でも、暗い声だと思った。


兄ちゃんは、ニッと笑う。キュッとできた口元の笑いシワに見とれる。

「予想できない、ってこと」


「なるほど……。てか誰?インコ?!え、素顔カッコよ……?!」

ジンさん、今ごろ?でも心から完全に同意します。太一お兄ちゃんのマンバンスタイルは三次元イチのカッコ良さです。絶対、言わないけど。


太一お兄ちゃんはお酒のツマミを作りに台所にへ。といっても2DKの古アパートなので、台所はちゃぶ台のすぐ横だけど。

私も立ち上がり、冷蔵庫から冷えた発泡酒を出す。


「ジンさんは?」

「いつもの」

いつもの…つまり料理用の清酒。アルコールで純度が高いなら、なんでもいいらしい。コップになみなみ注いで出したら、一瞬で飲み干しちゃった。


さっそくグニャグニャになってるジンさんはアゴをちゃぶ台に乗せて、ぼやきを再開する。

「マツリが冷え切ってるのか、マチハルがヘタレなのか…」


「緊急事態で同乗したタクシーでしょ?」

太一お兄ちゃんは振り返りもせずに言う。


「だけど一夜を共に過ごしたんだぜ!?」

「病院の待合室で寝落ちでしょ」

「何かが始まる予感が…」

「しないですね」

「みなまで言うな、インコさんよ!」

「まぁ、恋は人を臆病にする、って言いますしね」


二歩で台所からちゃぶ台まで戻って、兄ちゃんはツマミの皿を置いた。切った竹輪にマヨネーズと七味と粗びきコショウをたっぷり掛けた、マヨチクかぁ。簡単すぎおつまみだ。次から先に作ろう。


「それはこの国の言い回しだろ。初恋は獲りに行かないと」

「そーゆー肉食系は、減少傾向にありますねぇ」

「えぇ!?みんな心に獣の一匹や二匹、棲まわせてるだろ?!」

「飼い慣らすのがイマドキなんですよ」

「信じられねぇ……じゃあどうやって好きな子をゲットするんだよ」

「赤と白のボールを投げて…?」


「シオリは?!好きな人に告白したり、するだろ10代!」

思わぬ流れ弾が来た。好きな人に告白……?


「しないかな」

「なぜ!?!」

なんだかジンさんが青い炎みたいに見える。


「だって……拒否られたらイヤだし」

「砕けないかもしれないのに?」

「両想いって先に分かってるならいいよ。でも、そんなの滅多にない。

想うだけで幸せなのに、伝えて拒否されたら、もう想えなくなる」

「あきらめるのか?一回断られたくらいで?」

「しつこいと余計に嫌われる。それだったら友だち……とかのがまだマシ」


プシ、と缶を開ける音がした。

太一お兄ちゃんが喉を潤している。ややアゴが上がって喉仏がよく見えてカッコいい。絶対言わないけど。

ジンさんもコップの料理酒をあおる。


「男子に気骨を見せてほしい!」

「伝える勇気に男も女も無いっすよ」


兄ちゃんに冷たく言われて、またジンさんは項垂れる。


「分かってるけど……!もどかしくて発火しそうなんだよ……!!」

ジンさんは、マチハルさんとマツリさんをくっつけようと、ずっと頑張ってる。マチハルさんが奥手過ぎて、全部空回ってて、かわいそうだとは思う。でも。


「待って、ジンさん待って。ウチ、木造アパートなんで、冷静になって」

「冷静にだと……?炎の精にはキツい!!

「ごめんなさい」

かえって炎上させてしまった感。


「謝られてるのに心が冷えてきた……燃える水を追加するしかない……」

「それはいい対処法ですねぇ。燃え尽きるまでお付き合いしますよ」


限りなく皮肉に聞こえる。だけど、

「太一お兄ちゃん!明日、お仕事……ううん、出来る時にゆっくりしてね」

「シオリ〜!!お前、ホントいい嫁になるぜ〜!」

「ジンさんは、お水も飲んでね」

「この世話焼き女房感!」

「ウチの妹に手ぇ出すなよ!」


太一お兄ちゃんとわたしは、ひいひいおじいちゃんが同じという遠い親戚で、血の繋がりはとてもとても薄い。それでも兄ちゃんは保護者になってくれて、わたしを妹として大事にしてくれている。

太一お兄ちゃんになら、手を出されてもいい。絶対、言わないけど。


「あぁ〜いっそ事件でも起きて、吊り橋効果でグッとイッキに近づかねぇかなぁ〜」

「お父上が倒れて病院で二人きりで夜を明かす以上の事件が?都合が良すぎでしょ」


家から逃げ出した時、助けてくれたのは太一お兄ちゃんと太一お兄ちゃんのお姉ちゃん、私のお兄ちゃん、そしてマチハルお兄ちゃんだった。

ちなみに、太一お兄ちゃんのお姉ちゃんと私のお兄ちゃんは結婚してて、双子の赤ちゃんがいる。

マチハルお兄ちゃんは、太一お兄ちゃんの先輩。大学で一緒だったらしい。


マチハルお兄ちゃんには、いつかお礼をしたい。でも小学生には何も思い浮かばないから、せめて心から応援する。


「マチハルお兄ちゃん、がんばれ!」

「「それな!!」」

次回、約束の土曜日、現れる邪魔者。その時マツリは…

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