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17・夜の待合室にて

「私の夫、マチハルの父親はモラハラ男なの」

「は、はい」


突然の内容に思わずどもってしまう。


「しかも無自覚のモラハラ男なの。でも親同士の利益が絡む政略結婚だったから簡単に離縁できなくて……。将来、ひょっとしたら優しくなるかも、って青い期待もしてた」

「青い期待……」


私は目を白黒させてるに違いない。


「すぐにマチハルを授かって、母子家庭する力も無いし、ますます離縁出来なくなってね。その時、決めたの」


小川母は顔をまっすぐ上げて言った。

「息子はモラハラ男にさせない、ってね」


私はうなずくことしか出来ない。


「父親を軽蔑することなく、悪い部分は習わず、将来結婚した時に二人とも幸せになれるように、って。

だから、」


小川母の目と目が交わる。優しい目。

「好きな人が出来たら、うんと優しくしなさい、って教え込んで育てたの。

イジワルしちゃダメ、好きになって欲しければ、大切に優しくしなさい、って」


思わず膝の上の小川主任に目をやる。小川主任は昼間見かける顔とは違う、緩んだあどけない顔で寝息を立てていた。


「息子がリスクを分かっていて、その手段を取ったのなら、つまりそういうことよ」

「そういうこと……」


じわじわ理解が進むと……顔が熱くなるのが分かった。


「良かった。お嫌じゃないみたいね」


優しいままの目で、だけどジッと私を見ていた小川母は、ホッと抜けた笑顔になった。

「そうよね、嫌な男なら膝なんて貸さないわよね」

「ええと……主任にはホントにお世話になってますし……」


うぅ、顔が赤くなってくのが止められない。わたし、わたしまさかひょっとして主任のこと……!?

なんて思春期みたいなセリフを内心叫んでいたら、膝の上の主任が突然起き上がった。


「あっぶな……」

危うく、顎と頭が激突するところだった。

主任は起き上がったものの、ユラユラしている。


「あ、あの、小川主任?」

待って、ひょっとしてまさか……?

そして小川主任の口から……飲み会の思い出が溢れ出したのだった。


私たちの叫び声に、看護師が飛んでくる。そして惨状を見るなり、私たちはバイオハザード兼、ナニカの感染者扱いとなり、ただちに処置室前からの移動を言い渡された。

小川母と2人でペコペコ頭を下げ、私と主任は外来の待合室へ行くことに。

小川主任は、スッキリした顔付きなものの、目の焦点が酔っ払いなまま。ほんと、お酒に弱かったのね……。


外来待合室は、当然ながら時間外で暗く、非常灯が青く灯るのみ。普通なら怖くてたまらないんだろうけど、あいにく今は普通じゃない。

小川主任は上手に吐いたようで、服はほぼ無傷、臭いも無い。マスクが一瞬、受け止めてくれたのが良かったのかな。


ホラー映画の現場みたいな待合室で、とりあえず二人並んで座った。たちまち静寂に囲まれる。


「しろのさん」


気まずくなるかな、と思っていたら小川主任が口火を切った。まだ呂律(ロレツ)が怪しい感じがする。


「はい」

意識して柔らかに返事した。いや、意識してるのかも。え、意識ってなに。えと……


「ほんとーにすみません!なんかいろいろ……考えるんですけど、なんかダメで……ほんと、申し訳ないれす」


そう言って両手に顔を埋うずめる。両肘を膝に乗せて、だんだん二つ折りになっていく。やばい、そんなに胃を圧迫しないで……!


「いえ、別に大丈夫ですから、体、起こしてください。

また吐いちゃいますよ」

「はい!」


小川主任はぴょこんと起き直る。

何か話したら酔い醒ましになるかも。


「えと、インコくん、貸してもらって、ありがとうございます。その采配も小川主任が、ですよね?」

「はい!」


また元気な返事が返ってくる。聞いてるのかしら……?


「インコは…見た目は胡散臭いですが、結構イイヤツでして……面倒見も良くて、実はイケメンで………あ、ロリコンではないです!熟女…?かなり歳上が好きらとかにゃんとか……(へき)というより……初恋の…」


途切れがちに続くインコ話。薄暗くて、ちょうどいい室温、意外に座り心地の良い待合室のソファベンチ。さっきまでの緊張と混乱が落ち着いて緩んで、眠気が差してくる。


「うんうん、インコくんは猫飼ってるんだよね」

「ねこ……ねこ…。かわいいれすよね。」


今度は猫の話。低音の優しい語り口がゆったりと続く。波間をたゆたっているみたい。


ふと、肩に重みが掛かる。ぼんやりした頭で、小川主任だと思ったものの、それ以上は覚えていない。


次回、小川ターン。朝、目が覚めたら……

6/5 朝7:00更新予定

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