表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/33

16・嵐の金曜、準夜帯

タクシーの車窓から、流れる夜景を眺めるけれど、目から耳に抜けて行く。

ジンのタクシー捕獲術は相変わらず抜群だった。支払い終えて外に出ると、ジンとタクシーがスタンバイしていた。


小川主任を後部座席に押し込んで隣に座り、小川宅へ急ぎ向かう。主任のニコニコ顔は、さすがに潜まり、今は無表情だ。悪酔い…してないよね?


金曜の夜道で焦れること30分、住宅街で点滅する、救急車の赤いランプが見えた。


「あの救急車の近くで停めてください」


「マツリ〜、俺はちょっと役に立たないターンらから、このまま帰るわ。支払いは〜、任せとけ!」

酔ってる割には賢明な判断ね。でも財源は?ランプの精の収入源は、どこから……?


「いや、やっぱり駅まで頑張って歩いて。タクシー、まだ必要かもしれない」

「うぃ〜」


小川主任を引っ張って一旦降りる。真顔で素面に見えるけど、その実態は……?

一歩踏み出した小川主任は、見事に千鳥足だった。慌てて腕を支える。


声を掛けられたのは、そのタイミングだった。

「あら、マチハル?帰ったのね!」


小川主任のお母様だ。誤解を招くような格好だと、腕を手離す。だけど離した途端に小川主任はぐらりと傾いだ。また慌てて腕ごと支える。


「母さん……父さん死んだの?」

「まだよ!」


えぇ〜?どうなの、そのやり取り。とりあえず続きは自宅に入ってからお願いしたく……。

微妙に傾いたままの小川主任と小川母は自宅前でどちらも突っ立ってる。


「あの、中に入られて付き添いの準備をなさった方が……」


赤の他人らしく、遠慮がちに声を掛けてみた。そして出来ればおいとましたく……。

しかし願い虚しく、小川母はくるりと私の方を向いた。


「しろのさんは、あなたで良かったかしら」

「えぇはい、私です」

「巻き込んでごめんなさいね。だけど本当にありがとう。」


小川母は、そう言って私の手を両手でぎゅっと握る。小川主任の母は小柄でおっとりして見えて、可愛らしい。


「いえ、あの、余計なお世話かと思ったんですけど、タクシー止めてあります。救急車に大人2人が付き添いで乗るのは難しいかも、と思って」

「まぁ。お心遣いほんとにありがとう。しろのさん、初めて会うのに厚かましいんだけど、病院まで一緒に来てくださらないかしら」


小さなマダムは、潤んだ瞳で私を見上げて懇願してくる。


「マチハルは酔ってて頼りにならないし、あの人だけ搬送する訳にはいかないし」


それは確かに。冷静な第三者が必要そうな場面だ。一人で付き添うのは、何かと不安かも。だけど赤の他人だけど…いいのか…?赤い点滅灯の瞬きに急かされて、だんだん私も混乱してくる。


「奥さん、搬送先決まりました。今から出ます」

救急隊員が声を掛けた。それを聞いて私も心を決める。


「ご一緒します。私、主任と後から着いていくので、同乗してあげて下さい」

「しろのさん…ありがとう」


主任のお母様は柔らかく頭を下げて、救急車に乗り込んだ。私たちもタクシーに逆戻りする。

おっと、搬送先の病院どこなのか聞いておかなくちゃ。




金曜夜のけだるい渋滞を蹴散らし、救急車は走って行った。一刻を争う時、救急車のこの速さを心底有難く思う。


私たちの乗ったタクシーが病院に着いた時、暗い車寄せに救急車の姿はすでに無く、夜間通用口だけが白く浮き上がっていた。中に入ったものの、そこそこ大きな病院で、どこへ行けば良いのか分からず立ちすくむ。


「はい、マチハルです」

突然、小川主任がしゃべりだす。ギョッとして見ると、通話中だった。安定の千鳥足のため、腕を支えてたのだけど。


『着いた?しろのさんに代わってちょうだい』

酔っ払いは信頼されないらしい。黙ってスマホを差し出す主任の手は、やっぱり傾いている。


スピーカーのオンオフを確認してから耳に当てた。

「代わりました、城野です」


主任父は処置室に入っているそうだ。

その辺を歩いていた看護師を捕まえて処置室への行き方を聞く。

不穏な気分をねじ伏せるように、処置室前の廊下は照明が明るい。処置室はいくつもあって、壁に沿って置かれたベンチソファのそれぞれに待ち人達がいた。

その中の一つに座る小川母を見つける。ベンチソファの端っこで背筋を伸ばし浅く腰掛け、しかめ面の小川母に、そっと声を掛ける。


「お待たせしました」


小川母は私たちに気づいて、眉間の皺を緩めた。両膝を揃えたまま音もなくゆったりと立ち上がる。


「しろのさん、改めて本当にありがとう。なんてお礼を言ったら……。

マチハルの介護までさせて申し訳ないわ」

「介護……。いえ、あの、ご主人のご容体は、いかがでしょうか?」


小川母の顔が分かりやすく曇った。まさか……。

勧められるまま、処置室前のベンチソファに座る。私は真ん中で、小川親子に挟まれる格好だ。


「ほんとにギリギリのタイミングだったみたい。一命は取り留めたけど、後遺症は残るかも、って」


こういう時のコメントとか相槌とか、なんて言ったらいいのか。とはいえ小川母からは湿っぽい悲壮感は感じられない。

右隣の小川主任の反応を伺おうと目をやると、ベンチから落ちそうになっていた。知らぬ間に船を漕いで、漕ぎ過ぎたらしい。慌てて服を掴む。


「あら……いやだわ、この人。こんな状況でも寝ちゃうのね」

「ちょっと、いやかなり飲んでおられましたから」


笑って誤魔化そうにも、顔が引きつってしまう。よほどアルコールに弱いのか、酔いが覚めるほどの状況じゃないのか。


「不躾な質問だけど、しろのさんはマチハルとどういったご関係なの?」

「えーと。説得力無いですけど、ホントにただの同僚なんです」


小川母の目が、やっぱりね、と言っている気がする。なぜか擁護せねば、と思う。


「でも、すごくお世話になってまして。表立っては言えないんですけど、とんでもない手段で助けてもらってます」


そう、ほんとにとんでもない手段。


「バレたらクビになるかも」

思わず口からこぼれる。


「それは、その手段が、ということ?」

私は黙って頷く。

私を助けたせいで小川主任がクビになったら、このふんわりしたお母様は、どんな風になるのだろうか。怒るのかな、それとも泣かせてしまうのかな。


小川母は、さらりと答えた。

「まぁ、その時はその時じゃない?」


なんですと?


「そのとんでもない手段は、マチハルが自分で決めて取った手段なのでしょ?

それとも、しろのさんが頼んだこと?」

「いいえ。思いもしませんでした」


小川母は朗らかに微笑んだ。

「ほら。マチハルが勝手にしたことよ。

大丈夫、クビになるくらい……。それで潰れるようなヤワな男じゃないわ、たぶん」


すごい信頼されてるんだな、主任。いや女親の欲目かもしれないけど。

手を離したら、またベンチから落ちそうで、いろいろ迷った末に膝枕することにした。


「マチハルが聞いたら怒るかもしれないけど」


そう言って小川母は小川主任の顔を覗き込む。寝入ってるのを確認して、小川母は話しだした。


次回、ひたすら不憫な小川主任

「夜の待合室にて」

夜21:00 更新予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ