12・暗躍の小川
人事部で何かが起きている。と想定したのは良いが、バカ正直に聞きに行ける訳もなく。そもそも人事部の性質上、口が軽い人間はいないと思って良いだろう。
ここは、広報室へ探りを入れることにする。
広報室と人事部は、当然ながら階も性格も違う。ただし情報が集まってくる、という点は同じである。
広報室に接点を持つため、不本意ながら不具合に目をつぶる。
ややあって広報室からヘルプの依頼が来た。
「少々、手間取る案件のようです。先輩方、すみませんがここを頼みます」
「ガッテン!」
「任されたり!」
広報室は四階フロアにある。我が情報部は五階。階段を降りれば、すぐそこ。だがリアルなフットワークの重さには定評のある我が部の先輩方に、今、自分は入社後一番のありがたみを感じております。
広報室に顔を出すと、人懐っこい男性社員が待ってましたと迎えてくれた。
相手の名前を知りたくて名乗りを上げる。
「情報の小川です」
「広報室の田中です。いや〜来てくれて有難いよ。電話口じゃ分かんないことが多くてさ。」
「申し訳ないです」
「いやいや。で、この総務部へ依頼するフォームなんだけど」
謝罪は本心だ。なぜなら、こうなると分かっていて、あえて広報室だけバグが出るように見逃したからだ。
田中先輩のクレームを傾聴してから、
「総務部依頼フォームは最近リリースしたばかりでして……。」
不具合が起こりやすいと、もっともらしい言い訳をする。黒猫嬢絡みでなければ、バグを見逃すなど屈辱以外の何でもないが、言い訳をする。
「総務部、大変だもんねぇ〜」
「人員が極端に不足してるとか…?」
「うーん。ここだけの話、あれは常務の嫌がらせなんだよね」
「常務の、ですか」
キタ。キターー!内部情報ありがとうございます!!
「去年の六月に退社した大ベテラン、いるでしょ」
「えーと、柳木先輩でしたっけ」
「退社理由、知ってる?」
人事部保管の機密データを思い巡らす。
「一身上の都合、としか」
「寿なんだよ。」
「ことぶき」
確か、結婚が理由の退社スタイルだったか? 一昔前は当たり前だったという。
しかし柳木先輩はアラフィフだったような……寿??
田中先輩は声を潜めた。
「お相手は、なんと望月副社長」
衝撃、そして疑問。声を潜めたまま先輩は続ける。
「もちろん……というか後添えでね。
そのことが常務は気に入らないらしくてさ。というのも、柳木先輩は常務の新人時代の先輩で、相当厳しかったらしいんだけど」
「相当厳しかった」
「人事部の部長が常務の元部下でね。ほら、常務は人事部出身でしょ?今でも裏の人事権を握ってる、って訳」
現役総務部、とんだトバッチリでは。
「はぁ……逆恨み、ですか。それとも……」
「フクザツな男ゴゴロ、というヤツだよね〜」
田中先輩はそう言って話を締め括った。
不具合の調査は終わったことにして、広報室を後にする。
コレは、一体どこに持ち込めば解決する案件なんだ?
情報部に戻りがてら、総務部の前を通ってみる。と、何やら騒々しい……。
「私は確かに人員増の稟議申請を出した。それが認可されての今だろう。とんだ言いがかりだよ」
「しかし藤森部長、私はその稟議を決裁していないのです」
「画面のステータスを見たまえ。決裁完了、だ。全員認可したことになっている」
「しかし……」
陣野がチラリと視線を寄越した。やはりこちらの気配に気付いていたか。
総務部の部長席には藤森総務部長が座って困り顔でいる。入り口に背を向けて、前のめりで立っているのは人事部長か。
陣野はその横に立たされるようにして立っている。
なるほど、読めた。つまり、人事部長が通した覚えのない人員増の稟議書について、総務部長に抗議しているんだな。
そりゃ覚えもないだろう。人事部長は否認して差し戻したつもりだ。だが預かり知らぬところでで稟議は通っていた。派遣社員を総務部に導入する稟議書が。
そっと、総務部の中から見えない死角に移動し、中の会話に全神経を集める。
「しかしなぜ、反対口調なのかね。総務部が危機的な人員不足だということくらい、人事部なら把握しているだろう?」
「……もちろん、そうではありますが」
「私としても『迅速な』対応に感謝していたのだよ。それを今さら取り消すとか……正気の沙汰じゃあない。
それとも何かね、何かあるのかね……?」
やけにねっとりと藤森部長のセリフが響く。対する人事部長の返答は聞こえない。
続きは陣野から聞こう。足音を抑えて、その場から立ち去った。
次回、「実は今日は飲み会でした」小川とマツリ、初の飲み会だが…




