11・再会のドリンク剤
「あのー、小川主任、いらっしゃいますかー?」
誰か尋ねてきた声がした。正直言って、二日酔いである。今日の稼働率は限りなく低く、従って余計な仕事は回避したい。
だがそういう訳にも行かず、渋々ながらモニターの隙間より顔を出す。
こんな調子で明日の飲み会に参加できるのだろうか?いや絶対行くが、ろくに話せない気がしてならない。
頭痛を堪え、目を向けた入り口に……女神がいた。
いや違う、総務の黒猫嬢と密かに呼んでいる、城野先輩だ。
え……まさか俺に……?誰かの間違いではなく……!?
女神は黒のタイトスカートに白のブラウス、今日の黒カーディガンはVネックで何とも艶っぽい……。背筋をゆるりと伸ばし、しなやかにこちらへ歩いて来られる。ピンヒールで一本の線の上を行くような、歩き姿が美しすぎて瞬きを忘れる。
しかし二日酔いがイイ仕事しすぎか。立ち上がる余力すらない。
「あのー、昨日はうちの陣野がご迷惑お掛けしたみたいでー」
昨日?そうだこの二日酔い全ての原因はジンだ。あんなに呑むとは想定外だった。
訳の分からないミュージカルも始まるし…何が世紀の婚活アドバイザーだ。
「あ、いえ……」
くぅっ!女神が話しかけてくださっている千載一遇の機会なのに!まともな返事が脳内検索すらできない!
「これ、もし良かったら」
黒猫嬢は抱えた書類の中から、膨らんだ封筒を差し出して下さった。憧れ最推しの女性から封筒をもらうという夢シチュに、脳内が一斉点灯する。
が、何も答えられず黙って受け取る不甲斐なさよ。だがこの夢は、それだけで終焉せず。
黒猫嬢が、ふわりと微笑んだのだ。
何という愛くるしさ……!ダメだ、脳が溶ける……ッ!
「では」
女神は優雅に会釈すると、踵を返し、また美しく去って行かれた。目を奪われる黄金比の曲線、神々しいまでの後ろ姿……!あのヒールに踏まれる絨毯よ、歓喜の声を上げよ……!
余韻という余韻に浸っていると、情報部ノンデリカシーランキングNo.1、大山田先輩が話し掛けてきた。
「小川主任!総務の黒猫嬢は何を持ってこられたのか!?」
「……何でしょう」
このまま封筒をカバン奥深くに収納したかった。一人の時にじっくり確認したい。が、聞かれてしまったため渋々、中身を確認する。
「…ドリンク剤ですね」
「ドリンク剤!?ウコンですかな、キャベツですかな!?」
うるさい。放っておいてくれまいか。
しかし社内で最低限でも友好関係を保つためには、仕方がない。
封筒を逆さにして、手のひらで中身を受け止める。小ぶりな瓶だった。
「……キャベツですな」
しまった、口調がうつった。
「ほぉ〜ん。黒猫嬢はなかなか気の利くお嬢さんですなぁ。さすがあの超お局仕込みなだけあります。」
「超お局、ですか?」
まるで宇宙人の仲間に聞こえるが。
大山田先輩はドヤ顔でメガネをズリ上げる。
「うむ。総務の鬼とも呼ばれたスーパーお局でしたな。確か去年の六月に退社なされたはず。総務部の凋落も同時期に始まったと記憶しております。」
「同感!同感です!」
他の社員も声を上げる。
去年の六月といえば、再構築したシステムの稼働後だったはず。ひたすらバグ取り、さらに通常業務も熟し……記憶が無いのも頷ける。
声を上げた社員ーー河野先輩は嘆く。
「総務部担当業務は部門と部門の繋ぎ役。いわば膝関節の軟骨、いわばハンバーグの卵。我々の任務にも影響が無いとは言いがたい」
なるほど。しかしそれなら何故、人事部に動きが無いのか。何かあるのか……?
考えこんでいたら、無意識にドリンク剤のキャップをひねっていた。あぁ、家宝にしたかったのに……。
「さぁ小川主任!ぐいーっと!」
「今飲まずしていつ飲むのか!」
「それイッキ!イッキ!」
仕方なく飲み干すと心身共にスッキリした気がした。何より気力の充実が半端ない。
今まで小手先のサポートしかできなかった。根本的な問題の糸口にも気づいたことだ、もっと深く探ってみることにしよう。
瓶は捨てないからな!
次回も小川ターン。




