228話 両親を思い(3)
ここまでくれば自分の足で行っても数日だが、セヴァンは最後まで送り届けると言ってくれた。俺を町の側に下ろしたらレナウォンまで戻っているから、帰りに寄れとも。正直助かる。
既にマサの顔が見たくなっているし、子供達に癒されたい。できるだけ早く帰りたいのが本音だ。
そんな事でほんの数分の空の散歩の後、目の前にはフスハイムの外壁が見える。高くそびえるそれは荘厳だと思える。最初に来た時は拒まれているようにも感じたんだがな。
門に近付くと直ぐに衛兵がこちらに気付く。この季節はそもそも人の出入りも減ってくるから暇そうにしていて、そんなのを俺に見られたからかバツが悪そうだ。
身分証を出すと直ぐに引き留められ、その間に誰かが城へと走っていく。そういえば自分の足で行く予定だったから、魔法便を出したのは数日前。まだ届いていない可能性もある。
そんな事を思いながら待っていると、オレグが慌ててこちらにきて、俺の前でゼェハァと息を切らした。
「魔法便では、もう少し後と……」
「いや、悪い。自分の足で行くつもりで出たらセヴァンがいてな。どうやら心配したマサがあいつに頼んだらしい」
「なるほど、セヴァン様が。それなら納得です」
荒かった息を整えたオレグがしゃっきりと立ち上がる。それに俺も従い、互いに王城へ向かって歩いていった。
フスハイムの城は美しい白い城だ。雪の季節になったら周囲と同化するくらいだからな。
そうしてオレグと二人で城に行くと謁見の間をすっ飛ばして奥の談話室へと招かれた。王族の、しかも家族や親しい者しか招かない場所に当たり前のように通される事に些か心配もするが、それだけ親しいと言われればそうなんだろう。
オレグと二人で席に着くと、メイドが温かい紅茶とジャムクッキーを出してくる。それを食べながらそれとなく互いの近況を話していると、バタバタと音がしてノックもなしにフェレンツが顔を出した。
「クナル!」
「あぁ……悪い、その……予定よりもかなり早まってしまって」
こんな話し方を他国の王にすれば問題だが、この人は逆に敬語を使うと悲しい顔をする。こっちとしてはこの人をどう呼ぶかも未だに迷うというのに。
オレグが側を離れ、フェレンツが前にきて座る。一度立ち上がった俺も座り直すと、彼は皺の少し増えた目元を嬉しそうに下げた。
「来てくれて嬉しいよ、クナル」
「かなり早まってしまったが、迷惑じゃないか?」
「まさか! 会えるだけ嬉しい。最近ではユディトもあまり相手をしてくれなくて」
フェレンツと正妃の間に産まれた唯一の王女は、オレグの話では最近婚約者が決まったらしい。もうか? とも思うが、冷静に考えれば淑女の年齢だ。王女というのを考えれば寧ろゆっくりだったかもしれない。
「婚約者が決まったんだろ? 良かったじゃないか」
「確かにそうなんだけれどね。男親としては複雑なものだよ。クナル、君も十数年後には同じような気持ちになるよ」
「……既になりかけてんだよな」
苦笑するフェレンツに対し、俺は現状に溜息をつく。どうにも殿下とロイの子供達がうちのをお気に召しているらしい。しょっちゅうくっついてはほっぺにチューをする。産みの親同士が仲が良く、しょっちゅう互いの家を訪れるのでここの仲が深まる一方だ。
俺の溜息を見たフェレンツが目を丸くして首を傾げるので、世間話みたいにこの事を伝えると可笑しそうに笑った。
「それは微笑ましくも危機的な状況だね」
「笑えねぇよ。長男のラジェールがユウ溺愛でな。会えば必ずギュッと抱きついて頬にキスして、他の兄弟を威嚇するんだ」
「おやおや。そのまま婚約かい? 救国の聖人と騎士の子供なら王族が婚約者でもなんら見劣りはないよ」
「嫌だぁ! あの執着が怖い。殿下を見てきて思ってるんだよ。あの人もロイ以外は最悪どうでもいい人だから」
「……まぁ、獣人は番に執着するから」
やや苦笑を深くしたフェレンツに、俺はぐったりだ。
「ハクの方にはルルーシェがくっついてる。あいつ、ぽやっとしながらもハクをキープする気満々なんだよ」
「兄弟揃って王家に輿入れか。クナル、今度順調にマサ殿に発情期がきて、また子を授かれたらウチにも考えてみないかい?」
「そんなポンポン嫁に出せないっての」
そう言って……ふと、ここに来た理由を思い出す。
空気が神妙になった事でフェレンツも表情を静かにさせてこちらを見ている。それに、俺はしっかりと居住まいを正して伝えた。
「その……ブランシュ王女とライムント公爵の墓前に参りたいんだが」
「あぁ、聞いている。嬉しいよ」
穏やかに微笑んだ人は本当に嬉しそうにしている。その様子を見ると、まだ自分の中に燻っている感情があることに戸惑ってしまう。後ろめたさ……とも言うのだろうな。
「記憶がなくても、いいのかな」
これが、色々と引っかかっているんだ。
肖像画を見て両親の姿を知っても、俺はいまいち実感がない。他人事のように感じてしまう。それを、薄情だと思うのだ。
同時にフェレンツとの関係もコレが原因で宙に浮いている。もう跡取り問題は解決しているのだし、素直にこの人の親族だと認める事も出来るだろう。せめて二人きりの時だけでも「叔父」と呼べば自然なのに。
だからこそ、いまいち顔を上げられない。
そんな俺に、フェレンツは少し悲しげな顔をして頷いた。
「構わないよ。姉上も、義兄上もきっと喜ぶ。子の成長した姿を見て嬉しくない親はないんだ。安心してくれ」
「……そう、だよな」
でも、ふと思うんだ。
もしも何かがあって、ハクやユウが俺やマサを忘れたとしたら……そんな悲しい事はないと。
俺の両親も、そう思っているんじゃないかと。
墓参りは明日、フェレンツも同行してくれる事となった。
そして二人が亡くなっただろうと思える場所にも、オレグとフェレンツは付いて行くという。丁度墓参りがしたいからと笑って言った人をお人好しと思いながら、どこかで頼りにしている自分もいて、俺は随分と情けない思いだった。
◇◆◇
その日は大変賑やかな歓迎を受けた。
王族が暮らす奥院に寝所を取られ、招かれた晩餐は小さな子供がコロコロしていて、それぞれの王妃がとても穏やかに談笑している。温かく穏やかな雰囲気でギスギスしたものはなかった。
そして一年ぶりくらいに顔を合わせたユディトはとても美しく成長していた。それでも変わらず「クナル様!」と声をかけてくれるのは、なんだか照れてしまった。
コロコロしている子供達の相手をしながらも食事をして、ふと今頃マサや子供達はどうしているだろうと思う。会いたい気持ちもあって、こんなに早くホームシックを経験するという恥ずかしい状態になっていた。
そして翌日、フェレンツが案内してくれたのは城の裏手にある広い土地だった。庭を更に越えたそこは王家の墓所となっている。
そこに一つの霊廟がる。白く、それなりに大きな建物は丸屋根で荘厳だが、華美な装飾はされていない。
霊廟なんてベセクレイドではあまり見ないから、少し驚いて見上げてしまった。
「この辺りは雪が深く墓は埋もれてしまうからね。高位の貴族や王族は小さくても霊廟を建てるんだ」
「そういうものなのか」
笑ったフェレンツが鍵を差し込み、扉を押し開ける。重たい音を立てて開いた室内は冷たい空気で満ちていて、とても静かだった。
並ぶのは歴代のフスハイム国王やその家族。近年のものは建物の中に並ぶ墓石の下に、古く遺骨となったものは一度掘り出して更に奥にある別所に移され、プレートのある壁の納骨室に納められるという。
目の前には先代の王とその妃達が纏まった墓に。他にもフェレンツの亡くなった兄達や妻の墓石。そして、ブランシュ王女とライムント公爵の名が刻まれた一つの墓があった。
一礼し、フェレンツは真っ直ぐに目的の墓の前にくる。それに連れられる俺は何処か心臓が痛くなる。何か……ひどく不安に思えるんだ。
「ここだよ、クナル。とはいえ、何も残っていなくて中は空なんだ。それでも、名を刻み同じ場所に残したくてね」
「……」
招かれて側には行く。けれどやはり足が止まる。向き合う事に抵抗があるのか……ひどく怖い。逃げたい。




