227話 両親を思い(2)
神獣ってのは大きさや姿を思うままに変えられる。セヴァンも俺が乗れるだけの大きさになってくれたが、それでもドラゴンは大きく存在感が強い。
町の人を驚かせないように離れた場所に降り立つと、セヴァンは当然のように隣を歩いていく。
そうしてレナウォンの町に到着すると、既に知っている人物が待ち構えていた。
「セナ」
「やっぱりセヴァンだった」
気付いた俺が声をかけると、セナは笑って近付いてくる。
最初短かった髪も今では伸びて、それを後ろでキュッと結んでいる。快活な彼女に似合うスタイルだ。
その彼女は俺とセヴァンを見て、更に探している素振りを見せた。
「今日はクナルだけ?」
「あぁ。チビもまだ小さいし、季節的にな」
「もう根雪になりそうだもんね。お兄ぃもチビちゃん達も元気?」
「すげぇ元気。特にハクの方は動きが良くてな」
「絶対クナル似だよ」
「俺も思う」
そんな事を話しながら三人で門を潜ると、懐かしい町並みが目の前にある。
白い壁に青や赤の三角屋根。煙突からは煙が出ている。こんな中で俺は育った。町の子供達と雪だらけになって転がって、鬼ごっこに隠れんぼに雪合戦。冬は何もなくても遊び道具が多かった。
けれど今は記憶の町よりも立派になった。雰囲気は維持したまま、家の補修や道の整備、街灯も増えた。何より外壁が立派になった。雪よけもだが、魔物の襲撃に耐えられるのは住民にとっても有り難いことだ。
「じゃあ、クナルは一人で何しにきたの?」
「あぁ……目指すのはフスハイムなんだ。両親の墓参りがしたくてさ。ここに寄ったのはその前に、爺さんと婆さんの墓参りにな」
頭を掻いて言うと、セナはウンウンと頷いている。軽やかに雪の中を進む彼女は危うげがない。笑って「そっか」と言うばかりだ。
「やっぱそれって、子供生まれたから?」
「そうだな。まだ記憶はないが、それとこれは別だと思ったんだ。随分、親不孝をした」
ここからも見える山の先に、本当の目的地がある。そこに向かうのはまだ不安がある。向き合うと決めていながらも、逃げたいような気分だ。
だがセナはそんな俺の心情を見抜いたのか、笑って言った。
「参れる墓があるんだから、顔見せないとね」
「あ……」
そう、だ。セナもマサも世界を越えてきて、両親の墓はここにない。マサはこれを最初、凄く気にしていた。なんでも彼の世界では生きている家族が事あるごとに墓に参ったり、家にある「ブツダン」というものに手を合わせたりするらしい。それが、死んだ者への供養になるそうだ。
そういう文化で長く生活していたマサにとって、祈りの場がないのは申し訳ないそうだ。だが結婚式の時にお守りを神からもらい、それ以降は何かあるとそれに祈るようになった。
「節目ってのは大事だわな。お前がそう思ったなら、今がその時なんだろうよ。向き合うべき時が来たんだ、逃げるなよ」
「……分かってる」
こちらも見越したか、セヴァンにまで言われてしまった。バツが悪く頭をかけば、二人が笑って俺を見る。まったく、かなわないな。
そうして何故か三人、領内にある共同墓地へと来た。
薄らと雪が地面を覆い、踏めば僅かにパリパリと足裏に感触があるなか目指すのは、最奥にある墓碑だった。
元領主で伯爵家だった人々の墓碑としては小さく質素なそれは隣り合い、名を刻んでいる。民と変わりない大きさの墓石は薄らと雪を被る程度で綺麗にされていて、花が手向けられていた。未だに住民がここを大事にしてくれている証拠だ。
「綺麗にしてくれてるんだな」
「ここの人は代わる代わるね。スティーブンと私も来るわよ」
「ありがとう」
こうして聞くと、育てられたくせに薄情なものだと思える。追い出された手前、理由がなければ戻っちゃいけないんだと思い込んでいた。もう、状況も変わったというのに。
薄らと積もった雪を手で払いのけ、俺は手を合わせる。マサをマネして、手の平を合わせて。
爺さん、婆さん、報告が遅くなって悪い。俺、結婚して子供も生まれたよ。幸せに、今を大事に生きてる。今度は夫と子供達もつれてくるから。
心の中でそう伝えると、僅かに胸が温かくなる。まるで二人が「分かった」「しっかりやれよ」と言ってくれているようだ。
目を開けて、前を向いた俺はもう一度墓石に触れて「また来るな」と言って笑う。何処かスッキリとした気分だった。
この日は雪も酷くなりそうだということで、領主邸にセヴァンと共に一泊させてもらった。
スティーブンはますます立派に、頼もしくなったように思う。顔立ちもしゃっきりとして、立ち姿すら堂々として見える。
何よりセナに向ける表情がとても柔らかく優しいものなのが安心した。
「そう、これからフスハイムに」
食事の席でここにきた目的を伝えると、スティーブンは真面目な顔をする。そこにはまだ、昔の彼の面影があった。
「ちゃんとしておきたいと思ったし、感謝も伝えたいんだよ」
「凄い心境の変化だね。クナルは避けてきたのに」
「……そこまで明確に避けたかったわけじゃないんだけどな。なんとなく、居心地良くなくてさ」
フェレンツは俺を個として認めている。けれどどこかで、王女や公爵も見ている。その視線にどう応えていいか分からないのだ。
マサはもう俺の故郷という認識でフスハイムに行くし、フェレンツもマサを親族として丁寧に迎えてくれる。俺を跳び越えてここの二人は仲がいい。それもまた、ちょっと居心地悪かったりする。
でも、それもちゃんとしておこう。もう認めて、あそこは俺の故郷なんだと受け入れていいんじゃないかと思うんだ。
スティーブンは苦笑する。その表情は俺の気持ちが分かるみたいだ。
「私も王都を追放された後、似たような気持ちだったよ」
「あ……」
これにはなんとリアクションしていいか困る。あれは間違いなくスティーブンのやらかしだが、同時に彼の意志ではなかったのだ。
これにスティーブンが苦笑する。そして、少し行儀悪く皿の上の野菜をフォークで突いた。
「帰りたいのに、帰る場所を失ってしまったような心許なさ。誰一人知り合いなどいない土地で一からやり直せと言われる不安と、重責に押し潰されるような苦しさ。正直着任して半月は何をしていいか分からずにストレスで寝られなかったよ」
「あんた、精神的に細かったもんな」
「そうだね。でもそこを突かれたんだ、克服しなければならないよ。それに、この土地の人は良き領主を望んでいた。長く、自分達の生活に寄り添ってくれる伯爵夫妻のような領主を求めていたんだ。それが分かったから屋敷から出て、町に行って沢山話をした。この町の問題点はここに住む人達が何よりも知っていたから、私はそれを領主という権限で改善していったに過ぎないんだよ」
十分、立派な事だろう。そう感じる。
もしも、あのバカ息子が帰ってこないままだったら、この領を継いだのは俺だった。それを思うとゾッとする。戦う事は得意だし、多少の事務仕事は出来ると思っている。だが、今のスティーブンと同じことが出来ただろうか?
答えはきっと『否』だろう。
「あんたが領主で頼もしいよ。俺も安心して王都で仕事ができる」
「クナルにそう言ってもらえると安心するよ。ねぇ、クナル。ここは君にとって大事な故郷なんだから、ちょこちょこ戻っておいでね。きっと、先代様も喜ぶから」
「……おう」
生っちょろい若様だと思っていたのに、随分逞しくなった。これは俺の方がうかうかしてらんないな。
「子供がもう少し大きくなったら、皆でくる」と約束して、俺達は和やかな夜を過ごした。




