223話 マサの出産~クナル~(3)
夕方になると本格的に苦しいのか、マサはずっと呻くような声を吐き出している。俺はリデルに教えて貰った腰の部分を強めに摩って声をかけている。
「少し診ますね」
横向きに寝ているマサの体を仰向けにし、触診するリデルの表情はあまり晴れやかではなかった。
「まだかかりそうです。入口が開かなければ出てこられませんから」
「時間かかりすぎじゃないか?」
「まだ大丈夫ですよ。初めてですからね、硬いのです。加えてトモマサさんの場合は小柄ですから、余計に大変です」
最悪、切るという方法も検討にいれているらしい。ただ、そうなると自然に生むよりも回復は遅れるという。傷は回復魔法やポーションでの回復が十分見込めるが、痛みが長引く可能性はある。そして、僅かだが次の妊娠にリスクがあるとも。
それに子供の方も自然に生んだ方がその後の成長や死産のリスクが減るという。
最悪、俺がそれを判断しろとこっそりリデルに言われた。マサは子供を優先して自分のリスクを計算にいれないだろうからと。
考えれば暗くもなる。俺にとってはマサが一番大事だ。けれど、マサは……。
そんな時、不意に視線を感じてそちらを見ると、マサがこちらを見ていた。
「大丈夫だからね」
「マサ」
「少しずつ、痛みにも慣れてきたから……っ! 苦しい時はあるけど、大丈夫」
汗をかいて、時折苦しそうな顔をして息を詰めながらそう言われて……俺が情けない。俺が気遣われてどうするんだ。
笑って、マサの手を握る。そこに額を押し当てて、俺は頷いた。
「あぁ、信じている。側にいるから、安心してくれ」
「うん、クナル。安心するよっ」
息を詰めるようにグッと押し黙る間隔が短くなっている。常に痛い状態なんだろうが、その中でも痛みが強くなる瞬間なんだろう。
俺は腰の辺りをグッと強めに押し、もう片方の手でマサの体に触れている。頭や肩、背中……お腹にもそっと。
「……どんな子になるんだろうな」
「え?」
「ロイの所はなかなか面白そうだった。ゼルはやんちゃが過ぎる脱走犯だし、リュシーは相変わらず日向ぼっこが好きだ。俺達の子は、どんな風になるんだろうな」
穏やかな声音でそう、話しかけてみる。
それに、実際思うんだ。俺に似るのか、マサに似るのか。性格は? 俺に似たら活発だろうな。
こんな話にマサはキョトッとして、次には楽しそうに笑う。
「どうっ、だろうね。でも楽しみっ。中庭で日向ぼっこっ! とかも、いいかも」
「あそこは風が気持ちいいからな」
「本当だね! うっ! 俺も好き」
痛みが強くなってきたんだろう。けれど会話で気が紛れているのも分かる。摩る力をもう少しだけ強めてみると、楽なのかほっとした顔をした。
「名前、考えてなかったっ! ね」
「顔を見て決めればいいさ」
「そうだね……んぅ! 男の子か、女の子かも! わからないしね……」
「どっちでも可愛いさ」
そう、男でも女でもそこだけは確定だ。寧ろ俺は溺愛するかもしれない。特にマサに似られたら……。
「マサに似てたら嫁にも婿にも出せない気がする」
「今から親馬鹿! もっ! 早すぎる……よっ……うっ! あぁ!」
はっきりとした声で苦痛に呻いたマサの額に汗が滲む。リデルはそれを見てゆっくりと頷いた。
「飲み物を持ってきますね。トモマサさん、クナルが摩っている辺りから痛みを逃がして。息は長く吐くんです。ゆっくりと。でも、まだ力は込めないで」
「は、いぃ!」
目配せがされ、俺は頷く。少し体を丸めたマサは震えながらも言われた事を実践しようとしている。「大丈夫」としか声をかけられない俺は汗を拭い、腰を摩り、子供が生まれた後の事を話している。それしか、してやれないんだ。
甘めの飲み物を飲むと痛みが増すのか、マサはもうずっと唸りながらだ。
外は暗さを増して星が綺麗だ。
「進んできていますね。このまま行けば深夜には生まれますよ」
「もっ、早くぅう! 生まれてぇえ!」
「まだダメです。このままではちゃんと生まれてきませんし、無理をすればトモマサさんの命も危険になります」
「いっ、たい! もうずっと、お腹の中で雑巾絞りされてる感じがぁ!」
「……リアルに思い出しますね、その表現」
リデルも出産経験者だけに苦い顔をしている。そして俺は想像だけで青くなる。腹の中を雑巾絞りって、どんな拷問だ。
この様子を見ると次……というのは、考えてしまう。それほど子沢山を願うわけじゃないから、二人も居れば十分だとも思う。マサがこんなにも苦しむなら、次は望むべきはないかもしれない。
そう、思えてくる。
でも、マサは不意にふふっと笑った。
「今のうちにっ! 慣れない、と! 俺、子供好きだしっ」
「そうですね。トモマサさんは強いから、まだ頑張れます」
「っ! かな?」
「えぇ」
子供、好きなのか……それなら焦らずに考えてもいいのだろうか。
それにしても、もう次を考えている。あんなに汗を流しても笑っていられるマサの強さを、俺も同じく求められているのだろうな。
夜も更けて、そろそろ日付が変わろうという頃にマサは本格的に産気づいて動く事もままならなくなっていた。
「あっ! あぐぅ!」
「破水しました。処置室へ」
一際苦しげな声を上げた所で突然パッと水が零れだし、マサは悲鳴みたいな声を上げる。これに俺は焦ったが、リデルは冷静にマサに肩を貸して隣接する処置室へと移動していく。そして、俺にはここまでと言ってドアを閉めた。
あの状態で側に居られないという不安が込み上げてくる。防音の魔法も軽く掛かっているから、俺の耳でも中の様子を伺うことはできない。
時間が、やたらと長く感じた。何かあったらとウロウロしていると不意にふわりと側に立つ気配があって俺は驚きそちらを見て……ギョッとした。
「ソウシュン!」
「久しいな、クナル」
「あんた、なんで」
「子が産まれる気配があってな。何かあれば助けに入れるよう、回復魔法が使える我がきたのだ」
その言葉に、俺はかなり安堵した。リデルも回復は使えるがあまり強くはない。神獣であるソウシュンに比べれば気休め程度なんだろう。本人もそれは認めている。
何より、一緒にいてくれる人がいるのは有り難い。
「皆、楽しみにしている」
「シムルド達か?」
「あぁ。智雅が落ち着いて動けるようになったら祝いに来ようと話している。我もきっと、戻ったら奴等にせっつかれるだろうな」
穏やかに、だが楽しげに笑う彼を見ると、俺が死にそうな顔をしているのは違うと思えてくる。俺が、誰よりもしっかりしていなければならないのに。
「奴等だけではない。メリノ様もタウス様も楽しみにしていらっしゃる。加護を沢山与えてやりたいと言っていたぞ」
「どんな最強だよ」
神にも覚えがめでたいマサだからな。その子供にも目をかけてくれているのだろう。
「……生まれるぞ」
「……」
不意に真剣な顔をしたソウシュンが扉の方を見て、俺もそちらを見る。防音魔法が掛かっていても、微かに俺の所に届いた元気な声が一つ。それから……十分ほどでもう一つ。




