221話 マサの出産~クナル~(1)
セナの結婚式も無事に終わり、笑いながら泣くマサを見て温かな気持ちになる。兄として、ずっとセナを見守ってきたんだろうマサは親のような気持ちでいたのだろう。
俺にとってもセナは可愛い義妹だ。明朗快活な彼女が俺とマサとの関係を認めていなければ、そもそもこいつと付き合う事すら難しかったかもしれない。
その隣に立っていたスティーブンもまた、凜々しい男の顔をしていた。城に世話になっていた頃は頼りない顔をして殿下の影に隠れる事もあったのにな。
恋は男を一段上げるのかもしれない。
なんにしても、いい結婚式だった。
それから一週間程が経った。
マサは重そうに歩くから心配で、見かければ誰かしらが付き添うようになった。本人も動きにくいと感じているのか、以前よりも休む時間が増えたのは良かったが。
「大丈夫か?」
「よっこいしょ」と無意識に言いながらベッドに腰を下ろし息をつくマサに声をかけると、彼はカラカラと笑って頷く。
「平気。体調が悪いわけじゃないんだけどね、やっぱり重くて」
「いきなり双子だからな」
これが俺としては一番の懸念だ。
マサの体はそれほど大きいわけじゃない。普通……なのだろうが、とにかく細い。筋力もそれ程あるわけじゃない。にもかかわらず結婚半年少々で初めての発情を突発的に起こし、更にそこで妊娠までした。これは少々異常だったが、そもそもマサの存在がイレギュラー過ぎるから何とも言えない。
女神に召喚され、女神の力を与えられ、今なお寵愛される聖人。
マサという存在そのものが唯一無二の存在であり、同時に何が起こっても不思議がない。
最初はマサ本人が大いに戸惑い不安そうにしていた。彼の世界では男が妊娠する事自体がないらしいから、当然なのだろう。
幸いにも体調は安定していたし、悪阻もそう酷いものではなかった。その分、俺やリデル、ロイにグエンと、マサの側にいる事の多い奴等でメンタルのケアに努めていた。
お腹が少しずつ大きくなり、胎動が始まるくらいにはマサも落ち着いてきて、同時に生まれる命を愛しみ始めた。優しい顔で自分のお腹を撫でる姿を見て、既に母なのだろうと感じた。
これをほんの少し『寂しい』だなんて……狭量が過ぎるな。
そうして今にいたる。今月……もういつ生まれても可笑しくはない。俺でも感じられるくらい、マサの中にある二つの魔力が育っているのを感じる。俺に似たものと、マサに似たもの。二つしっかりと息をするようにそこにあるのだ。
重そうにしながら腰を摩るマサの隣について、俺はその背を摩る。ここ二日程、マサは腰が痛いらしくこうすると痛みが緩和されるそうだ。
「ありがとう、クナル」
「このくらい、どうってことない。大丈夫か?」
「うん」
明るい表情で答えるマサがそっとお腹に触れる。嬉しそうにして。
「もうすぐなのかな?」
「あぁ、そうだな」
俺もそっと彼の腹部に触れる。丸く大きなそこに触れていると、手の平に温もりを感じる。これがとても幸せな気持ちをくれるのだ。
「どんな子が産まれてくるんだろうね」
「そうだな……やんちゃか、おっとりか」
「俺似かな? クナルかな?」
「それは産まれてみないと分からないが」
でも……。
「どんな子でも、きっと可愛くて愛しいだろ」
「そうだね!」
パッと表情を明るくしたマサを見て、俺も笑う。そうしてそっと、手の平に意識を向けた。
無事に産まれてきてくれと願って。
◇◆◇
翌日、マサはどこかぼーっとして、少し熱っぽく感じた。
「直ぐに医務室だ」
「でも……」
「でもじゃない! 万が一の事があったら大変なんだぞ」
マサの「働かなきゃ」という精神はやや異常だ。体調が悪くても無理をしようとする。セナに聞いた所、これは彼らの世界に蔓延する『社畜』という精神的な病気のようで、マサもこの気があるという。働かないと落ち着かず、自分が社会不適合者のように感じ不安定になるそうだ。
なんだそりゃ。そんな事はないし、病気の時には休むがこの世界の常識だ。昼が得意な奴等は日の高い内に働き、夜が得意な奴等は夜に働く。昼も夜もなく、自分の体力を越えた仕事をしようなんて体を壊す原因になる。
俺が強く言うとマサは申し訳なさそうにしながらも頷く。やっぱり目に力がない。立ち上がろうとして……ガクッと膝が落ちて前に倒れそうになって俺は慌てて支えた。
「どうした!」
「あっ、力……上手く入らなくて。それになんか……微妙にお腹、変な感じがする」
それって!
崩れたマサを丁寧に抱え上げると、マサは驚いて声を上げた。「重いから」とか「自分で」とか言うけれどバカか! それどころじゃないんだろう!
「いいから首に腕回してしがみついてろ!」
強く言うとビクッとして従ってくれる。悪い、きつい言い方して。でもこれはあんたが考えてるよりもずっと大変な事だと感じたんだ。
朝起きてきた奴等がちらほらいて、そいつらがギョッとした目でこちらを見る。けれど俺はそんなことに気を回している余裕がない。マサを連れて直ぐに医務室に向かうと朝の紅茶を淹れていたリデルが驚き、同時に直ぐに様子を察してベッドへと案内してくれた。
直ぐに診察が始まる。腹に手を当て、弱く魔力を流すリデルが僅かに眉を寄せた。
「弱くですが、陣痛が始まっています。おそらく今日の深夜か……明日には産まれますよ」
「え……? でも、陣痛って、もっと泣き叫ぶくらい痛いんじゃ……?」
「そこまでの段階ではありません。ですが、既にそこへ向かっていっているんです。今日はこのままここで安静に。お手洗いなども付き添います」
驚いた顔のマサが、僅かに顔色を無くしていく。不安そうな彼を、俺はギュッと抱きしめた。
「大丈夫だ、俺もリデルもついてる。あんたは一人で頑張ってるんじゃない」
「クナル……うん、そうだね。俺、一人じゃないよね」
頼りなく揺れていた目が俺を見つめて、グッと力がこもる。それに頷いた俺は頭を撫で、額にキスをして後をリデルに任せ、厨房へと走った。
「グエン、悪いが食べやすい軽食頼む。出来れば一口で食べられるものだ」
「どうした。さっき他の奴等が『マサが運ばれてった』って言ってたが」
「まだ時間はかなりかかりそうだが、陣痛が始まったらしい。食べなきゃ体力保たないからな」
「なに! ちょっと待ってろ、直ぐ用意する」
目をまん丸にしたグエンまで慌ててバタバタ厨房へと駆け込み小さめのパンにハムと野菜を挟み、バナナを輪切りにしてと動き出す。こいつにとってもマサは大事な奴なんだろう。何せずっと同僚なんだ。
俺も落ち着かない。何かしてやれる事はないかと考えて、あまりにもなさ過ぎて愕然とする。今になってデレクが落ち着かずにウロウロしていた気持ちが分かった。
「ほれ、持ってけ!」
「わるい!」
「昼は米炊いて、小さなおにぎりにしてやるから」
「喜ぶよ」
マサにとって米が一番故郷を感じるらしい。だからあいつは米が好きだ。きっと喜ぶ。
朝食を乗せたトレーを持って医務室へととんぼ返りするとマサが驚いて、俺の持ってきた料理を見て緩く笑う。
側に置いて、リデルも「食べた方がいい」と言うのでのそのそ食べ始めたマサが、一口食べてはほっと笑う。
「美味しい」
「しっかり食べないと体力もたないぞ」
「そうだね。ありがとう、クナル」
弱く、でもニッコリと笑うマサを見て切ない。もっと何か……何か、してやれればいいのに。
「クナル?」
「っ! 昼はおにぎり作っとくってよ」
「本当? 嬉しい。やっぱりお米好きだから」
「具材、何がいい?」
「え? えっと……鮭とか、昆布の佃煮とかも」
「佃煮って、あの茶色で甘塩っぱいのか?」
「そうそう」
「分かった、伝えておく」
頷くマサの頭を撫でて、全てを綺麗に食べ終えたのを見て、俺はトレーを持つ。そしてリデルに「頼む」と伝えて、また昼に顔を出す事を約束した。




