220話 星那の結婚(5)
「誠実であろうと思いました。私は貴方の信頼を大きく裏切ってしまったから、今度こそはちゃんと筋を通そうと」
「バカ。私だって貴方の事、好きだって言ったじゃない。好きな人に抱きしめられたいって思う事もあれば、婚約までしてるんだからキスくらいしたいとか、普通に思うのよ」
「すみません、バカで。皆にも融通が利かないと言われていました。でも、私も所詮は男で、好きな人を前にして我慢できるかは、分からなくて。一度でも自分を甘やかせばずるずると、何度でも許してしまいそうで怖かったんです」
この言いように呆れる。でも、嫌いじゃない。
優しい旦那様。私を、大事に思ってくれてるじゃない。
そっと背に手を回して、私も強く抱きしめた。それにスティーブンは驚いて、次にはふにゃっと笑う。
大きくて、案外筋張った手が頬に触れて、それに任せてほんの少し上向いて……私達は初めてちゃんとキスをした。
「んっ」
「セナ、愛しています。狼は生涯、ただ一人を愛するのです。生涯、貴方だけを愛したい」
「その言葉、嘘にしないでね」
「致しません。私の大切な人。貴方を、私の全てをかけて幸せにします。沢山笑ってください」
切なげに目を細め、気持ちのままにもう一度唇が触れる。
ドキドキして、嬉しさに気持ちが浮き立つ。やっと安心できたのかもしれない。私は、この人のお嫁さんになるんだって、実感が湧いたのかもしれない。
ギュッと抱きしめられる腕の中でほっと息を吐いた私は、笑って静かに目を閉じた。
◇◆◇
あっという間に結婚式当日になって、私は綺麗に飾られた。エルシー妃やロイ、城のお針子さん達が頑張ってくれたウエディングドレスを着て、ヴェールをつける。それを止めるのは白い薔薇を模した花冠だ。
「星那、とても綺麗だよ」
クナルと一緒に私の控え室にきていたお兄ぃは既に泣いていて、鼻の頭が薄ら赤くなっている。それを隣でクナルが肩を抱いてハンカチで涙を拭っている。そんな睦まじい様子を見せて、ほんと妬けちゃうなぁ。
「もぉ、まだ式の前なのにそんなに泣かないでお兄ぃ。こんなんじゃ式の時大変よ」
「だって、あの小さかった星那がとても綺麗なお嫁さんになってて。寂しいけど感動しちゃって」
「これ、昨日の夜からなんだぜ? マサ、そんなに泣くとこの後に障るぞ。水分取れ」
「うん」
ずびぃぃ、と鼻をかんで水分を補給して、しっかりクナルに世話を焼かれているお兄ぃは何処か可愛く見える。私の知らない様子で、楽しいな。
同時に、やっぱり少し寂しくもある。今までこの優しくて大らかな人に守られてきた。この人は兄であると同時に、ある時からは父であり、母だった。私よりも小さな体で、凄く頑張ってきてくれた人だから。
でもね、大丈夫だから。私はちゃんと私の意志で、これからの幸せを作っていくからね。
近付いて、そっと置かれている手を握った。
「お兄ぃ、今までありがとう。私の事、守ってくれて。私ね、お兄ぃが大好きよ」
「星那ぁ」
「クナルも、ありがとう。お兄ぃを幸せにしてくれて、凄く嬉しい。これからもお兄ぃに事、よろしくね」
「あぁ、任せろ。セナも幸せになれよ」
「勿論!」
満面の笑みを浮かべる私に、お兄ぃはグズグズに泣いてとうとうクナルに抱きついて顔を隠してしまって、そんな所にエルシー妃が来て驚いてオロオロして。
まだ式始まってないけれど、何だかほっこりして寂しくて嬉しくて幸せで忙しいな。
そうして、式が始まった。
本当なら親族として、ヴァージンロードを一緒に歩くのはお兄ぃなんだろうけれど、産み月の妊夫ということで断った。凄くショックな顔をしていたけれど。
代わりに誰かとなったけれど、私は一人で歩く事を決めた。この世界に来て、今ここに立って一人で歩いていける。その気持ちを込めて。
重厚な扉が開いて、国のお偉いさんなんかが列席する中をゆっくり一歩ずつ歩いていく。手には今朝ロイが作ってくれた白い花とアイビーのキャスケットブーケを持って。
進んでいく、その先ではスティーブンが優しい笑顔で待っていてくれる。淡い紫のジャケットと白に銀糸のベストを着て、慌てる事も急かすでもなく見守るようにしてくれる。
この目が好きなんだ。私が少しせっかちだから、冷静に止めてくれるこの人がいい。優しく受けとめてくれるこの人がいい。
辺りを見回すと、左側の前の席に王族の皆さんがいる。最前列には王様と王妃様達。
次の列にはロイとルー様がいて笑って見守ってくれている。
そして右側の最前列には既に泣いているお兄ぃと、そのお兄ぃを支えるクナル、そして主治医のリデルが居て温かく見守ってくれている。
そうして静かにスティーブンの隣に立った私を見て、彼はほんのりと頬を染めている。
「綺麗?」
「とても」
「ふふっ」
小さな声で囁いて、囁きが返ってきて、笑い合って。
そっと組みやすいように腕を差し出す彼のそこに手を添えて、一段ずつ祭壇へ向かって登っていく。一段、二段、三段……そうして登り終えた先には天使がいて、ゆったりと温かな笑みを浮かべた。
「これより、レナウォン領主スティーブン公爵と、聖女セナの婚礼の儀式を行います」
厳かな声で彼、天人セニーエルが告げると周囲は静かになる。時折、お兄ぃの鼻を啜るような音がするばかりだ。
用意された水盆に香油が垂らされ、ふわりと柔らかな花の香りが広がっていく。それを胸いっぱいに吸い込むと、緊張はゆっくりと鎮まっていった。
「それでは、互いの愛を女神アリスメリノ、創造神アリスタウスへと誓ってください」
促されて、二人で水盆の中の水に指先をつける。ここで、愛の誓いを立てるのだ。
「私は、生涯セナを愛し、彼女に誠実に接し、幸せにすると誓います」
真っ直ぐな声で告げられる愛の誓いに反応して、水盆が僅かに金の光を会場へと放つ。それはスティーブンらしく柔らかい、春風みたいな光だった。
次は私の番。色々と考えてみたけれど、どれも回りくどい気がして気に入らなかった。だからシンプルに、分かりやすく思いを込めた。
「私は、スティーブンを死ぬまで愛すと誓います」
強い決意と思いを込めて言い放った言葉。それに反応するように水盆が眩しく輝き光を会場に放つ。それはまるで金色の花びらのようになって、この場にいる人々の元へとヒラヒラ舞い降りていった。
「神の祝福がおありです。お二人は、とてもよい夫婦となるでしょう」
神秘的な光景を目の当たりにして、セニーエルも微笑んでいる。天から降り注ぐ祝福の光も相まって会場はとても神々しくて、思わず笑ってしまった。
「セナ」
呼ばれて、スティーブンがそっと私の額にキスをする。優しい笑みで、嬉しそうに目を細めて。
「これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくスティーブン」
この先もずっと、私がお母さんになって、お婆ちゃんになってもよろしくね。
つつがなく式が終わって大きな鐘がリーンゴーンと鳴り響く。柔らかな春の日差しの中で、私は今日、人生の新しい一歩を踏み出した。
星那の結婚、いかがだったでしょうか?
明日からはマサの出産のおまけです。
クナル視点でお送りいたします!




