217話 星那の結婚(2)
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翌日は衣装の最終確認でスティーブンとは別行動。
縫製室の隣にあるフィッティングルームで綺麗に着せられた私は、鏡の中の自分を見て別人を見ている気分になる。
形はシンプルなAラインにしたけれど、デコルテが綺麗に見えるデザインをエルシー妃が選んでくれた。上半身が体型にあったシンプルな分、スカートはゴージャス。光沢の違う二種類の白いサテン地に繊細な総レースの裾が、かなり長く引きずる形になる。
これに腰丈まであるヴェールをつけるんだから、お姫様になった気分だ。
「凄く似合ってるわ!」
見守っていたエルシー妃が嬉しそうに近付いてくる。柔らかい金色の狼耳と尻尾、優しげなおっとり顔の可愛らしい義母は本当の娘のように私を大事にしてくれる。
もう一度鏡を見て、ちょっとだけ「母さんに見せたかったな」という切なさが胸を刺す。
でも、それは無理な話だ。私の母さんはもう死んでいる。父さんも。
父さんが死んだ時は、私はまだ小学生。母さんに至っては中学卒業の直ぐ後くらいだった。
突然すぎて意味が分からないのと……理解したくないのとで大泣きした。胸の中には悲しさとやるせなさが渦巻いていて、この大荒れの感情をどうしていいか分からなくてただただ声を出して泣くしかできなかった。
でも……通夜の席でのお兄ぃを見て、自分を叱った。
お兄ぃはギュッと唇を引き結んで、泣きたいのに泣かないように我慢していた。握った拳はブルブル震えていて、それでも私には「大丈夫」って言う。
お兄ぃだって、泣きたいよね。でも、そうはできないんだ。
この頃にはもう成人していたお兄ぃを見て、私は「泣くのはお葬式まで」と決めた。
この姿、両親に見せたかったな。見てるかな? 案外見てたりして。
「セナ?」
「ふふっ、私の母さんもこれを見て『綺麗』って言ってくれるかな? って思って」
そう言って笑った私を見て、エルシー妃は慌てて抱きしめてくれる。出会ってからもう二年以上が過ぎて、十七だった私も今年二十歳になる。背も伸びて、エルシー妃とは身長的にあまり変わらなくなっていた。
「きっと見ていますわ。とても綺麗な貴方を見て、微笑んでくださっていますとも」
「エルシー妃」
切なさと温かさが胸に溢れて、私も抱きしめる。この世界の、私のお義母さん。とても優しくておっとりしていて、可愛い人。
もう、家族はお兄ぃだけなんだって思って生きていたから、エルシー妃が義母さんになるって言ったとき、本当に嬉しかったな。
「エルシー妃も、私の義母さんだよ」
「っ! はい、勿論! 貴方は私の娘です。大事な大事な娘ですからね! 忘れないでくださいね!」
「うん」
抱き合って、ちょっと涙。結婚するって、色々な感情が交わるんだなって今更だけれど知った気分だった。
着替えも終えた所でノックがあり、声を掛けるとロイがニッコリと微笑んで立っていて私は驚いた。
「ロイ! 子供生まれてまだ一ヶ月なのにそんなに動いて大丈夫なの!」
戸口に立っていた綺麗なお兄さんの手を引いて、とにかく座らせた私に彼は驚きながらも可笑しそうに笑う。
ルー様の大事な人で、今では王太子妃になったロイはつい一ヶ月前に四つ子を出産した。
男が妊娠、出産するというのに最初は戸惑ったけれど、大きなお腹で優しい目をする人を見て「男とか女とか関係なく、お母さんなんだな」って思えた。
そもそも男同士で結婚できる世界なんだから、子供ができるのもありかと切り替えると構わない気がしてくる。私も異世界に染まったって事なんだろうな。
「大丈夫だよ、セナ」
「大丈夫じゃありません、ロイ! まだ一ヶ月ですよ? 体もまだ辛いのではなくて?」
「そんな事はありませんよ、エルシー様」
「でもでも、四つ子だったんでしょ? 凄くお腹大きくて大変そうってお兄ぃの手紙にも書いてあったよ!」
本来、獣人の子は一人から二人が普通らしい。大型の草食獣種だと一人らしいが。
そんな中、ロイが授かったのはまさかの四つ子。嬉しいけれど母体の負担が大きすぎて危険が伴うかも、なんてお兄ぃは凄く心配していた。
のに、実際は安産で負担も軽微。二日後には少しずつ動き始め、一週間後には仕事を始めたと聞いて驚いてしまった。
「心配をかけてしまいましたね。でも、実際はとても安産で出血も少なく、驚く程スムーズでしたから」
「医者が驚く程でしたわね」
「子供達も十分に育ってはいたものの、個々は小さめでしたからね。これも、マサさんの祝福の効果かもしれません」
「お兄ぃ、凄くお役立ちよね」
全知全能っぽい『祈り』のスキルを失ってもお兄ぃは皆を幸せにできる力を持った。これも誇らしい事だったりする。
「それで、ですね。是非セナを子供達に紹介したくてきたのです。この後時間が大丈夫でしたら、僕の子達に会ってくれませんか?」
「え? いいの!」
やんわりと微笑んだ人がクスクスと笑う。相変わらず美人で優しげな黒豹お兄さんなロイは最近更に上品さと美しさに磨きがかかっている気がする。
ルー様の愛情のかけ方が半端ないもんな。やっぱ愛されると美しくなるのか。
なんて、ちょっと思ったりする。
なにはともあれ生後一ヶ月の赤ちゃんに会えるまたとない機会! 絶対会いに行くんだから!
案内されて連れていかれたのは「育児室」という一室。ここには部屋の半分にゲートがつけられ、手前にはおむつや代替乳を作る為のあれこれがあったり、玩具やお昼寝用の毛布があったりする。
そして奥側は壁も床も柔らかい素材でできていて怪我の心配もなし! 全面フラットで小さな子の遊び場として最適な状態になっている。
そして今、そこに一人の獣人が大の字になって寝そべり、四人の小さな赤ん坊がその周辺でうぞうぞしている。
「クライド様!」
「あらあら、可愛いわね」
大の字になっていた獣人、第一王妃のクライドはその声に耳を動かし顔をこちらに向けてくる。別に寝ていたわけではなかったらしい。
「おっ、セナか。会いに来たのか?」
「そうです」
手を洗って綺麗にして、いざゲートの中に。
チビちゃん達はママの登場に気付いたのかまん丸の目をパッチリと開けてあ~う~言っている。それがまた可愛い。それでもまだ寝転がるだけで、動き回るような事はない。それが余計に可愛い。
「まずは長男だね」
そう言ってロイがヒョイと抱き上げたのは金髪のライオン獣人の赤ん坊だった。
サラッとした黄金色の髪に金色の目というゴージャスな色味ながら、その表情はあどけなく愛らしい。ふにふにの柔らかいほっぺはいつまでも触っていたいモチモチ触感だ。
「長男のラジェールです」
「どことなくルー様の気配を感じる」
抱き上げると男の子らしくずっしりと腕に重みが乗る。骨の太い感じだ。体もけっこうしっかりしている。
顔立ちはどちらかと言えば父親のルー様に近い。くりっとした目をしている。
「そいつ、けっこうふてぶてしいからな。まんまルートヴィヒ思い出す」
「僕も思いました。遺伝って、恐ろしいなと」
「甘え上手なのよね、ラーちゃん」
こんな事を言われているって、ルー様知ってるのかしら?
なんて思いながらも、分かってる完璧スマイルのラジェールを私は指で遊ばせている。
次に抱っこしたのは黒豹の男の子。短い黒髪に肌の色は白くて、目は大きく金色なのに目尻が下がっていておっとりして見える。
「次男のルルーシェです」
「間違いなくロイの血筋!」
思わず言うと腕の中の子はゆるっと私に視線を向けて、ぽわぁん……とお日様みたいに笑う。この邪気のない笑顔は天使? 無自覚で邪念を持つ人間を浄化する圧倒的な浄化能力を感じる。
「間違いなくロイだな」
「赤ん坊の時に会っているけれど、似てますわね」
「僕はこんなだったんですね」
この子もきっと大人になって、誰かの初恋泥棒をする魅惑の微笑みお兄さんになるのだろう。将来が怖い。
続いても黒豹だけれど、さっきの子とは雰囲気が違う。
やや切れ長の金の目に褐色の肌。髪色は黒でカラーとしてはロイだけれど、浮かべる表情はもっとキリッとしている。
性格も好奇心旺盛か、腕を伸ばして私の髪をギュッと掴んでいる。案外強い。
「こらジェローム! セナすみません!」
「いえいえ。流石にまだ負けないし」
なんせこの子、ギュッと掴んでキラキラした目をしている。心なしか鼻膨らんでるし、尻尾がピタピタ触れている。興奮してらっしゃる。
「好奇心旺盛だぜ、そいつ。なんせ俺の尻尾掴むからな」
「え! そんな事、本当にすみません!」
「なーに、子供のすることで怒りゃしないよ。だがまぁ、これでお前等の身体能力継いでたらヤバいな。自由に動けるようになったらアホ程動くぞ」
「……鍛えます」
「頑張れ」
ロイは妙にキリッとした顔をし、クライド妃が子育ての先輩らしい顔をしている。これをエルシー妃は苦笑で見ていて、私は好きに髪を遊ばせてあげた。
「最後は唯一の女の子で……」
「うっ!」
抱き上げられた赤ちゃんはとても可愛らしい顔をしている。
褐色の肌に白い髪の毛のホワイトライオン。目はくりっと大きくぱっちりとして金色で、目鼻立ちもとてもいい。
やや気の強そうな感じもするけれどそれがいいと思える子だった。
「末のアンジュです」
「女王様になれる顔ね!」
「おっ、セナはいい見方するな。俺もそう思う。こいつ、獅子のような姫になるぞ」
「ライオンですから、獅子ですわね」
「もう、止めてください。僕は末二人に振り回されそうで今も怖いんですよ」
皆が同じように思うのだろう。ロイが手で顔を覆ってしまう。
だがこれには頼もしい助っ人がいる。
「なーに、どうしても手に負えなければ俺が躾けてやるさ。運動の発散もさせてやるから安心しろ」
「ある意味心配が増します、クライド様」
まぁ、分かる。クライド妃に任せたらきっともの凄い戦士ができるんだろうな……という予感だ。




