218話 星那の結婚(3)
でもまぁ、王家は安泰だな。
ワチャワチャする三人の大人と、彼らに愛されながらぬくぬくしている四人の赤ん坊を見て、私はそう感じた。
「そういや、マサも今月産み月だろ? セナはそれまでいるのか?」
クライド妃に問われ、私は鼻息荒く頷く。そう、そうなのよ!
なんとお兄ぃに子供が出来たの!
新婚旅行も終えて少しで、初めての発情期が来たらしいお兄ぃはそこで旦那様と一週間巣ごもりし、更に妊娠までしたそうだ。
一発で決めるとは、クナル流石すぎる。グッジョブ。
大いに驚きながら恥ずかしいんだろうな……という手紙の文面をニマニマしながら読んだのが昨日の事のようだ。
そして今月が出産予定月。結婚式に被っちゃったから出席は難しいかもと思ったんだけど、絶対に出席するってお兄ぃは言ってくれる。
当日は優先的に会場入りしてもらって、お医者さんとして第二騎士団の軍医リデルさんが隣について、クナルもついてくれるそうだ。
「ほんと、あいつら凄いよな。普通初めての発情では妊娠しないぜ?」
「それだけ女神様の加護が強いのですわ」
「何せ女神の使徒だもの」
そのせいで、凄く大変な思いもしたんだろうけれど。
私が色々と知ったのは、全部が終わり魔の森が浄化された後だった。
まぁ、変だな~とは気付いていた。何せお兄ぃの浄化とか、悪いものを見抜く力とか、私と全然比べものにならない程凄かったから。
そのせいか、周辺国からの大変な依頼をお兄ぃが負担していたのを……私は悔しく思いながらいた。
私がもっと強かったら、お兄ぃの助けになれたのに。
ここでも私は無力で……それを乗り越えたくてクライド妃に鍛えてもらい、王宮の魔術科のユリシーズに魔法を教えてもらった。
せめてお兄ぃがいない間、この国を守れるように。
魔物は沢山わいてくる。第一騎士団や第二騎士団と一緒に魔物討伐に参加したりもしたし、浄化も行った。
それでも、私はお兄ぃに追いつける日はこなかった。
王都から離れた辺境の地で、お兄ぃが攫われクナルが怪我をして皆が救出に向かったって知ったのは、全部が終わった後。
後にも先にも、あんなに悔しい事はなかった。
分かってる。ルー様はわざと知らせなかった。自分が行くから、最悪帰れない事を想定したんだ。スティーブンが生きていれば跡を継ぐ人がいるって、思ったんだ。
それが分からないスティーブンじゃない。これを聞いて、穏やかな人がもの凄く怒って城に乗り込み、尊敬する兄の胸ぐらを掴んで怒鳴りながら泣き出したのは覚えている。
あの時のルー様、もの凄くバツが悪そうだった。
でもあの時、お兄ぃはようやく色んな使命を終えて、ただのお兄ぃに戻ったんだって思った。もうあとは自分の幸せの為に生きていいんだって、思った。
なのに周囲がもめ事起こすんだもん! すっごく腹立った!
あいつらのせいでお兄ぃの結婚式が一年も延期になったの、今も恨みに思っている。
でも……まぁ、今は幸せでよかった。
「今日これから、会いに行くんだ」
「いいですね。僕も久しぶりに会いたいです」
「一緒に行く?」
「いいですね」
まるで年上のお姉さんと話しているようなくすぐったさで会話する私とロイ。こうして二人で、お兄ぃに所に行くことになった。
◇◆◇
久しぶりに王都を自分の足で歩いている。夕方の賑やかな通りは買い物客や帰りを急ぐ人がいる。色んな獣種の獣人がいて、中にはエルフやドワーフ、ドラゴニュートなんてのもいる。
大きな通りには白いリボンが飾られている。明後日の私の婚礼を祝っての飾り付けだ。
こういうのを見ると嬉しくなる。この世界にきて、必要とされて、何かを成してこの世界の人達に受け入れられた。その証みたいで。
「それにしても、ロイは馬車じゃなくてよかったの? 産後だし、そもそも王太子妃なのに」
普通に隣を歩いているロイを見上げて問うと、彼はニッコリと笑って頷いている。
「大丈夫ですよ」
「私のいた世界だと大事よ? 護衛とかついたり」
「その護衛の誰もが僕よりも弱いのに?」
「あ……ロイが強すぎるよね」
何度か手合わせしてもらったけれど、まったく剣が通らなかった。遠距離は魔法で、中距離は槍で、近距離は体術で対処してしまう人は綺麗な姿勢で悠然と立っているだけなのに敵う気がしなかった。
私の言葉にコロコロと綺麗に笑う人が、不意に目を細める。優しく、柔らかく。ほんと、白百合のような人だな。
「セナは十分強いですよ」
「そうね。そこは自信持ってるよ。物理じゃスティーブンより強いもん」
「そこは守ってもらいましょう?」
苦笑する人に「どうしようかな~」なんて返して笑う。勿論、守って貰ってるけれどね。
「……セナが幸せで、僕も嬉しいですよ」
「え?」
「貴方にも、救ってもらいました。貴方が僕を繋ぎ止めてくれなければ、今こうして、このような幸せを手にしていたか」
そう言いながら弱い顔をするロイは、ハッとして私に笑いかける。
ロイも、色々大変だったもんな。
「私も、ロイとルー様が幸せで嬉しいわ。私、二人の事も大好きだから」
「セナ」
「これからもよろしくね、義兄様」
「っ! はい、こちらこそ」
ふわっと微笑んだ人の笑顔がとても綺麗で見とれてしまって……私のしてきたこと、無駄じゃなかったなって嬉しくなった。
街中にある第二騎士団宿舎に到着して中に入る。貴族のお屋敷を改造したらしいここは賑やかで、すれ違う団員からも「セナさんだ!」なんて声があがる。気安さが男子高校生っぽいノリで居心地がいい。
「お兄ぃ何処かな?」
「この時間なら食堂っすね」
「え!」
食堂って……仕事してるってこと!
ロイと顔を見合わせ、早足で食堂に。すると自然と声が聞こえてきた。
「お前さん、少し休め! 朝から晩まで働かなくていいだろうよ! 今月生まれるってのに危なっかしい!」
「……グエンですね」
「うん」
ここの厨房を預かる熊獣人、グエンの声に私とロイの足は更に速まり、食堂のドアを開ける。だだっ広い場所に整然と並ぶ机と椅子。その奥の厨房ではまさに夕飯の準備が行われていて、数人の厨房職員に混じってお兄ぃがフライパンを持っている。
「あれ? 星那?」
「お兄ぃ!」
音に気付いてひょいっとこちらを見るお兄ぃは相変わらずののほほん顔。けれどそのお腹は大きく前に出ている。体が細いから余計にお腹はまん丸に前に出ていて、間違い無く妊夫と分かる状態になっている。
にも関わらず重そうなフライパン持って!
「セナ、ロイ、お前さん達からも言ってくれ! マサの奴、朝から晩まで働くんだ!」
「大丈夫だよグエン。妊夫だからって動かないのも駄目なんだし。俺達の世界じゃ生まれるまで働いている人いるし」
「お前等の前の世界は鬼か!」
大きな体でオロオロするグエンはちょっと可愛いけれど……あっ。
流石に働き過ぎだから止めようと思っていると、その前に隣のロイが動いた。その顔は確かに笑顔なんだけれど、気配がゴゴゴゴゴッと地鳴りみたいな幻聴が聞こえる。これ、怒ってるんだよな。
彼はツカツカとお兄ぃに近付いていき、厨房に入ると丁寧にフライパンを下ろさせ、ニッコリ笑って肩に手を置いた。お兄ぃの顔が引きつる。
「お仕事は程々にと、貴方は僕に言いましたよね?」
「あっ、はい」
「働き過ぎだと」
「はい」
「……言いたい事、お分かり頂けますね?」
「……はい」
お兄ぃがガックリと肩を落とす。流石過ぎてもう言葉もない私だった。
こうして無事に仕事を止めたロイに連れられてお兄ぃがこちらにくる。そして、私の事を目を細めて笑って見てくれる。
「星那、こっちまで来てくれたんだ」
「うん」
やんわりとした声で言って、頭を撫でてくれる。今じゃ私の方が背が高いのに、お兄ぃは何も変わらずこうしてくれるのが好き。
「ごめんね、今日衣装合わせだったんだろ? 見に行けなくて」
「当日見せたいからいいの。それに、そのお腹であちこち歩き回るのも心配だもん」
今ここに来た時も少しヨタヨタしてた。危なっかしいったらありゃしない。
でも、それもそのはず。お兄ぃのお腹にいるのはなんと双子ちゃんなんだから。
「まずはリデルの所に行きましょう。マサさん、診察してもらいますよ」
「大丈夫だよロイさん!」
「ダメです! 先程少し触ったら張ってましたよ。適度な運動は良くても過度はダメです。ナイフとフォークより重い物を持ってはいけません」
「俺何も出来なくなるけど!」
過保護なくらい口を出すロイに目を丸くするお兄ぃを見て、なんだか可笑しい。
あと、安心した。お兄ぃの側にはこんなに、心配して面倒をみようとする人がいる。昔の私はお兄ぃの無茶を止められなかったけれど、ここなら誰かが止めてくれる。そう、信じていられるから。




