215話 おまけの兄は異世界で幸せになります(16)
「マサ……いいか?」
これが何に対しての「いいか」なのかは、もう分かる。切なげな声と焦燥を感じて、触れそうなくらい近い頭に俺は腕を回して撫でた。
「うん、いいよ」
そう言った俺は、きっと笑っていたと思う。
クナルの腕の中で体を反転させて、正面から見据える。クナルの目は切なさと嬉しさと、それ以上にギラギラした光がある。それを見つめて、手を伸ばして頬に触れて、俺の方からキスをした。
「んっ……はぁ……あっ」
触れただけの唇を割ってクナルの舌が入り込み、絡まってくる。それだけで俺の頭はジワッと痺れてきてしまう。
嬉しいんだ、凄く。何だかんだとあってお互い足踏みをして、今まできてしまった。でももう、俺達の間にあった色んなものはなくなった。俺達はもう、夫夫なんだ。
「あっ、クナルっ」
首の所にクナルが触れて、くすぐったい。でもそれだけじゃない。触れている、熱い感触が体の奥へと染みていって俺の息を上げる。俺の中でも、気持ちが整う。
「あっ、ちょっと待って。流石に服、脱がないと」
とても綺麗な服で、この日の為にエルシー妃やロイ、城の人達が丁寧に作ってくれたものだから汚したり、まして破いたりしたら嫌だ。
グッとクナルの体を少し押すと、彼は少し不服そうな顔をしながらも分かってくれた。
「俺が脱がす」
「へぁ!」
でもこれは予想外ですけれど!
クナルの長い指が器用にジャケットを脱がせ、タイを取る。ベストも、その奥のドレスシャツも一つずつボタンを外されていく。
こんな事にドキドキする俺がいる。むしろ今がピークだ。確かめるように、ゆっくり晒される緊張ともどかしさと恥ずかしさに心臓が音を立ててしまう。
「綺麗だ」
ズボンまで綺麗に脱がされた俺を見つめるクナルの目は光っていて、唇を舐める仕草は捕食される気分になる。少し怖いけれど、望んでもいるんだ。
自分も熱くなったのか、クナルは少し乱暴に服を脱いでしまう。長いジャケットをソファーに放り投げ、乱暴にタイを引き抜き、シャツを脱ぐ。そうして露わとなる綺麗な筋肉のついた体から、俺は目が離せない。鍛えられた胸筋、割れた腹筋、筋肉の形も浮き出る腕。どれを取っても目を奪われる。
ぼやっと見ていると近づいてきたクナルが俺を軽々と抱き上げ、ベッドの上に下ろす。ギシッという音と僅かな沈み込み。月明かりの部屋で俺は、餌を前にした獣のようなクナルを見上げた。
「マサ、愛している」
それを、クナルははっきりと俺に伝えて唇を重ねた。
「俺、も。クナルが、好きだよ」
合間、僅かに唇が離れた時に途切れ途切れに伝える俺の視界はもう滲んでいる。舌だけでもう痺れて、体の奥が熱くてたまらない。
触れる確かな手が俺の体をなぞって確かめながら過ぎていく。もどかしくも切ない肌の感覚に時折ヒクッと震えてしまう。
クナルはあちこちにキスをくれた。俺がたまらず声を上げた場所は入念に、沢山触れてくれた。
そのお陰で俺はトロトロに頭が働かなくなって、恥ずかしいけれど声も出た。我慢なんて出来なかった。
「クナル……っ!」
指が、手が、臍の辺りを撫でて更に下へと落ちていくのを感じる。そして次には痺れるような衝撃に大きく声が出て体が反っていた。
脳みそまで抜けるような強い刺激なんて経験がない。体は言う事をきかない。ただ、もの凄く気持ちいい。
「マサ、嫌じゃないか?」
不安そうな声が問いかけてくるけれど、クナルは手を止める事はしない。俺はその全部に恥ずかしい声を上げてビクビク震えるしかない。
いい加減、自分の声が恥ずかしい。男なのにこんな声で、嫌じゃないかな? せめてもう少しミュートできたら。
そう思って片手で口元を隠した。これで少しくぐもった声になるかも。そう思ったのに、クナルがその手を掴んでどかしてしまう。繋ぐ手が、指を絡めてシーツに縫い付けられてしまった。
切なく熱い目が俺をジッと見つめている。
「声を聞かせてくれ。あんたの声が聞きたい」
「うるさく、ない?」
「興奮する。もっと滅茶苦茶にしたくなる。抱き潰して、それでも止まれるか分からない」
そう言いながら、彼は俺に体を擦り寄せた。それで分かってしまった。
「あっ……クナル、も?」
触れている熱が伝わると、何処か安心した。俺ばかりがこんなグチャグチャじゃないって、分かった。クナルも俺に興奮して、求めてくれていると分かった。
「いい、よ? 俺、クナルの夫だから」
「マサ」
「嬉しいよ。俺、待ってたから。ずっと、待ってたんだ」
足を踏み出せない臆病な自分もいる。今も少し怖い。痛くないかとか、もう一杯なのにこれ以上の快楽なんて受けとめられるのかとか、俺が俺じゃなくなる感じとか。
でも好きだから、嬉しくもある。俺、ようやくクナルと一緒になるんだ。クナルに求められて、求めて、これからの未来を築いていくんだ。
俺の言葉にクナルは少し驚いて、次にはトロッと蕩けるような優しい笑みを浮かべた後で、手の甲に、額に柔らかいキスをくれた。
「愛してる、トモマサ。俺のこれからの時間は全部、あんたのものだ」
「!」
今、『トモマサ』って言った。言いにくくて、ずっと『マサ』って呼んでいたのに。
ブワッと涙が出る。ただ名前を呼んでくれただけなのに、俺の中の一杯が溢れて涙になって出ていく。嬉しい、すごく……嬉しい。
「クナル、名前」
「まだ、ぎこちないけれどな。でも、呼びたかったんだ。練習に時間かかって格好悪いけれど」
「そんなことない!」
クナルの首に腕を回して、俺はギュッと抱きつく。そんな俺の背中に、クナルも腕を差し込んで抱きしめてくれた。
「これからも呼ぶよ、トモマサ」
「うん、クナル」
互いに笑って、キスをして、とても幸せな気持ちになっていく。この瞬間がとても嬉しい。ずっと、ずっと続けばいいと願っている。
◇◆◇
翌日、俺はベッドから起き上がれなかった。腰とかじゃなく、全身が酷く軋んでいる。
そんな俺をクナルが朝から土下座で謝り、俺はクナルにワタワタしながらも笑っている。そりゃね、初めてなのに三回は多いよ、うん。俺、最後の方全然覚えてないからな。
でもまぁ、これは幸福な痛みって事にしておこうかな。だって、何も嫌なものじゃないから。
ロイが来て、すっかり抱き潰された俺を見てクナルを叱り、何故か殿下がクナルを庇っていたり。帰る前の挨拶にきた紫釉もこんな俺を見て微笑ましそうにしながら高価なポーションをくれたり。
結婚式翌日だけれど、凄く賑やかな光景が俺の前に広がっている。
聖女召喚に巻き込まれた『おまけ』だった俺は、とてもいい人達に囲まれて今とても幸せな気持ちで生きている。
これからもずっと、大切な唯一の人の側で、笑いながら生きていくんだ。
END
これにて本編終了です!
お付き合い頂いた皆様、ありがとうございました!
明日からは番外編をお送りします。
まずは、星那の結婚です。彼女から見たこれまでの歩みと、幸せな結婚をどうか見届けてあげてください。




