214話 おまけの兄は異世界で幸せになります(15)
メイドが呼びに来て、俺とデレクは並んで会場の扉の前に立った。
扉の向こうには沢山の人の気配がある。緊張する俺の背中をデレクがチョンと突いてニッと笑い、右腕を差し出してくる。俺は頷いてその右腕に手をかけて、開く扉へと向かった。
大きく開いた両開きの扉の向こうは神聖で華やかな場所だ。
正面のステンドグラスには沢山の陽光が入り込んで煌めいている。
そこへと続く赤い絨毯は柔らかく足裏を適度に押し返す感じがする。通路を挟むように用意されている長椅子にも、白い花が飾られている。
そしてその先、祭壇の前に立っている人を見て俺は見とれてしまった。
白に青い差し色の、丈の長い特別な騎士服を着たクナルがこちらを見て微笑んでいる。雪豹の尻尾がピンと立って、先が少し揺れて嬉しそうにしている。
薄青い瞳を細めて、俺を待ってくれているんだ。
逸りそうな足を落ち着けて、一歩ずつ確かに進んでいく。天井の高い聖堂に響くオルガンの音が重厚な雰囲気を作り出している。
踏みしめて、やがてクナルの隣に並ぶとデレクは腕を解いて俺に頷き、クナルにも頷く。クナルもその視線に真っ直ぐに合わせて、確かに頷いた。
右側に立つ彼を見上げる。端正な顔がいつもよりずっと格好良くてドキドキしてしまう。そこに手を差し伸べられ、頷いて重ねて一歩ずつ、二人で祭壇までの数段を上がった。
祭壇の先にはセニーエルとリズエルの二人がいる。卓の上には水の入った銀の水盆が一つ。この世界の結婚式はこうなんだそうだ。
「これより、聖人トモマサと騎士クナルの結婚の儀を執り行います」
凜と澄んだ音でセニーエルが告げると、場が緊張したように鎮まった。視線を背に感じつつ、心臓が早鐘を打っていく。手順は何度も確認したけれど、やっぱり本番は空気感が違ってくる。
「それでは、互いの愛を女神アリスメリノ、創造神アリスタウスへと誓ってください」
言って、セニーエルは置いてあった小瓶の液体を一滴水盆へと垂らす。するとそこから優しく華やかな香りが漂い、吸い込むと少しだけ緊張が和らぐ感じがあった。
促され、二人で水盆の水に僅かに手を入れる。そしてそのまま、クナルが誓いを口にした。
「俺は、この命がある限り彼を愛し続ける事をここに誓います」
彼がそういうと水が僅かに金色の光を浮き上がらせ、セニーエルが頷く。この誓いに嘘偽りがない事が証明されたのだ。
俺も水盆に手を浸しながら思う。色んな事がありすぎて言葉が出てこない。この世界では決まったセリフはない。「誓います」だけじゃ終わらない。
「俺は、クナルの事が好きです。ずっと……これからもずっと、好きです。ずっと、側にいると誓います」
絞り出した思い。けれど水に変化がない。セニーエルが驚き、クナルまで戸惑う様子を見せる。会場もざわついたその時、水盆どころか天井から白と金色の光がサッと差し込んできた。
どこからともなくリーンゴーンと鐘の音がして、白い羽根が舞い降りてくる。その一枚が水盆に落ちた瞬間、光は一気に会場中へと広がり、そこに二つの影を浮かび上がらせた。
「メリノ様! タウス様!」
驚いて声を上げた俺にクナルも目を丸くする。セニーエルとリズエルは跪き、会場中は呆気に取られている。
そんな様子すら楽しそうに、女神アリスメリノは笑って俺に抱きついた。
『智雅、結婚おめでとう! お祝いにきたの!』
「いや、お祝いにきたのじゃなくて!」
とんでもない空気になってますけれど!
慌てる俺をアリスタウスが笑って見て、女神の肩を叩く。よく見ると二人は透けていて、それも徐々に薄くなっていく。
『あまり時間がとれなくてね。だから、祝福だけしていくよ』
『智雅、クナル! 二人に二柱の神から特大の祝福を!』
二人がさっと手を掲げると沢山の光が会場中から舞い降りていく。同時に俺の中に温かなものが入ってきて、馴染んだ。
クナルも同じなのか、自分の体を訝しそうに見回している。
『末永く、幸せに』
その言葉を残して二人の神は姿を消し、光はゆっくりと収束して消えていく。だが、一度静まりかえった会場の空気だけはそう簡単に無かった事にならない。
「……え? どうしよう」
思わず呟いた、その時。大きな拍手が一つしてそちらを見た。セヴァンが祝福するように手を叩く。それに釣られるように会場中から拍手が送られ、祝福の声が溢れた。
「流石救世の聖人!」
「幸せに!」
その声に混じって「誓いのキス!」「耳飾りの交換まだか!」と声がする。
俺は慌ててクナルと向き合い、そこに気を取り直したリズエルがビロードの台に乗った耳飾りを二つ差し出した。
デザインは、敢えて最初に壊してしまったものと同じにした。
銀の翼が大きく広がる、その根元に大きな魔石。そしてそこから下がる小さな魔石。けれど込めた魔力は以前と比べものにならない。
これはこの国を襲ったベヒーモスの魔石だ。ずっと城が保管していたものだった。
厄災級の魔物の魔石は大きいと思っていたけれどそうではなく、その分圧縮した魔力がこもっているという。その魔石を加工してもらったんだ。
事前に込められた魔力で石は氷のような青と、金色の二つ。クナルが青い魔石の耳飾りを手にして、それを俺の右耳に付ける。銀の輪がキュッと俺の耳の形にフィットして固定された。
今度は俺も金色の石の耳飾りを手にして、クナルの頭に手を伸ばす。身長差が辛いから、クナルがスッと俺の前に片膝を突いてくれて……そんなのも絵になるんだよな。
ふかふかの雪豹の耳が嬉しそうに時折ピルピル動く。そっと優しく触れて左耳に飾ると、輪が同じようにキュッと程よく引き締められて嵌まった。
「ついたよ」
伝えたら、俺を見上げるクナルの嬉しそうな顔。そして手を取り、その甲にキスをしたかと思えば立ち上がり、ギュッと強く抱きしめた後でキスをくれた。
誓いのキスというには感情的で、でもとても幸せな瞬間。湧き上がる歓声に視線を向けると皆が俺達を祝福してくれている。
この光景を、俺はきっと一生忘れない。こんなに沢山の人に祝ってもらえる今を忘れない。
指を絡めるように握ったクナルと二人、笑い合ってもう一度キスをする。やんのやんのと楽しげな、沢山の人々に見守られて。
§(初夜)
その後、街を回るオープン式の馬車に乗った俺はぎこちない笑みで手を振った。恥ずかしい気持ちが大半だったけれど、そこから見る人達がみんな笑顔だから、俺も次第に嬉しくて笑った。
そこに神獣達が空を飛んで、色とりどりの花を降らせたから余計に盛り上がったりもした。
それが終わると披露宴。実はこのパレード、披露宴の準備の為の時間稼ぎでもある。
結婚式で立食というのも珍しいけれど、社交の場ではわりとあるそうで皆直ぐに馴染んで、思い思いに食事やお酒を楽しんでくれた。
俺もクナルと一緒に特別席に座って楽しみつつ、来てくれた人と会話を楽しみ「また来い」とか「来ます」とか言われて頷いたりしている。
クナルはフェレンツ王と何やら話している。どうやら今年の冬も遊びに来ないか? という誘いを受けているみたいだ。
夕方から始まった披露宴も星が綺麗な時間には一度お開きとなり、俺とクナルはメイドに連れられて退場した。ここから先は各々で楽しめばいいとの事だ。
そうして案内されたのは城の客間の中でも一番上。階段を上がりきると重厚な両開きのドアがあり、そこに第一騎士団の人が二人護衛している。
そこを通ると手前に数部屋あり、メイドと従者、執事の部屋があるが、奥の扉までかなり距離が取られている。
「私達はここまでとなります。何かご入り用でしたらベルを鳴らしてください」
「ありがとうございます」
丁寧に礼をするメイドにぺこりと頭を下げた俺はクナルと二人、一番奥の部屋へと入った。
「うわ……」
思わず声が出る。そのくらい豪奢な部屋だ。
キングサイズくらいある天蓋付きのベッドに、重厚なカーテン。ソファーセットもローテーブルも一目で高級と分かるディテールがある。
棚にはティーセットの他にお酒も置いてある。
さらに部屋にある扉を開けると風呂がついていた! 個室風呂だよ!
「すごいな」
圧倒される俺の後ろから、ぎゅっと腰に腕が回って強く引き寄せられた。首の後ろに、僅かに熱い息が触れる。クナルの体はとても熱くて、それだけでギュッと切なくなった。




