213話 おまけの兄は異世界で幸せになります(14)
そのうちに二人の天使がこちらへとゆっくり降りてくる。大きな六枚の羽根をゆったりと羽ばたかせる彼らはギリシャ神話から出てきた神様みたいに、白いローブ姿で俺の前に降りてきた。
「トモマサ様、お久しぶりでございます」
うっとりと微笑み俺の手を取ったのは天人族のセニーエルだ。宗教画から出てきた天使のように整った、ある意味人間味の無い完璧な美青年である。
そのセニーエルの隣に並んだのが同じく天人族のリズエル。見た目はよく似ていて、髪型だけが微妙に違う二人は双子と言っても通用するだろう。
だが、そうではない。彼らは女神の血と魔力を元に作られたホムンクルスである。その為見た目がとても似通っている。
彼らを作ったのは女神神殿の長であり、金烏と呼ばれる神獣であったラスィエル。だが彼が死に、自我を得ていた彼らは生き残り今は旧魔の森に住んでいる。
「トモマサ様、お久しぶりです。この度はご結婚、おめでとうございます」
セニーエルよりは性格が真面目なのだろう。リズエルがきっちりと手を前に礼をする。これに俺は苦笑して頷いた。
「ありがとう、リズエル。セニーエルも」
「この良き日に私達のような者が来てよいのか、迷いはいたしましたが」
「いいに決まってんだろうがよ」
そう声がして見れば、四体の神獣がそれぞれ降りてきて、その途中で人の姿になった。みなそれぞれに正装をして俺の前に立っている。
「グダグダ考えてないで行動しろってんだ。招きの手紙が来てるってことは、来て欲しいってことだろ」
大きな体を黒のタキシードで包む古代竜セヴァンは相変わらず豪快な様子でいる。
その隣には青い漢服というらしい、少しヒラヒラした服を着た海龍の蒼旬がいる。
「確かにその通りではあるが、いささか派手な登場となってしまった。セヴァン、少し自嘲せねば」
「まっ、どうしたって俺達が来ると騒ぎにはなるだろうぜ。一般人に紛れ込めないならこれでいいんじゃね?」
そういうのは天狼のシムルドだ。深い緑色のスーツを着た銀髪の彼はこちらを見て……というか、クナルを見てニヤリと笑う。これにクナルは苦い顔をした。シムルドにかかるとクナルはちょいちょいからかわれるのだ。
「これシムルド兄、クナルを虐めてはならぬのじゃ。今日の主役で、智雅の大事な伴侶だえ」
今にも舌戦が始まりそうな空気を切ったのはまだ少女の面影を残す子だった。
彼女の色を表す赤い訪問着には綺麗な花が散りばめられているが、色合いは落ち着いている。これに銀の帯を締めた天狐の瑞華は九つの尾を綺麗に扇型に開いたまま悠然と前に出た。
「智雅、良き日であるな。我等神獣一同、そなたの幸せを心より願い、祝福を送ろう」
そう言って四人が天へ手を伸ばし、セニーエルとリズエルが翼を一つ羽ばたかせる。すると何も無い空から桜の花びらが舞い落ちて、触れると鱗粉のような淡い光を放って消える。
綺麗で儚くて、でもずっと降り続くそのフラワーシャワーに驚いていた人々もうっとりと空を見上げて笑っている。
俺もクナルも顔を見合わせ、この綺麗な光景に笑みを浮かべた。
◇◆◇
そんなハプニングもあったけれど、その後は平和なものだ。
早い時間に少しだけ軽食を食べてクナルとは一旦分かれ、俺はロイに連れられるまま着替え部屋へと来ていた。
式が行われる大聖堂から近いそこにはリデルとデレクの夫夫がいて、俺を見てやんわりと笑ってくれる。それだけで安心してしまった。
「お疲れ様です、トモマサさん。さぁ、着替えましょうか」
今日は双子ちゃんは城のメイドさんにお任せしている。立ち上がったリデルが丁寧に箱を持ってきて、それをそっと開けると中からは白に淡いグリーンの裏地の、光沢のあるタキシードが入っていた。
これを着て、これから式に向かう。妙な緊張感で動けない俺をロイとリデルが促して脱がせて、テキパキと着せていく。
白いズボンにドレスシャツは派手ではないけれど日常使いではない。それにネクタイを締め、裏地と共布のベストを着る。
淡いグリーンの布はよく見ると同色の糸で丁寧に蔦薔薇の刺繍がされていて、高級感が凄い。
ジャケットを着て、襟と袖口には裏地が見える。胸ポケットには青い花とかすみ草みたいな花のコサージュを付けられた。
そうして鏡の前に立たされた俺は別人みたいだ。俺なのに、俺じゃないみたい。頼りない、緊張した顔をしている俺の後ろにロイが立って、優しく微笑んでいる。
「お似合いですよ」
「そうかな……」
似合っているなんて。着られている感じがやっぱりする。見慣れていないからかもしれないけれど。
でも肩に手を置いたロイはしっかりと頷いて、別で取り出した筒型の箱からとても綺麗なヴェールを持ち上げ、俺の頭に乗せた。
タキシードなのに花嫁のヴェールって、ちょっと面白いな。
薄い薄いレースのヴェールは前側が少し目元にも掛かっているのに視界を遮らない。
縁は綺麗な花と葉のレースで飾られ、腰くらいまである。そして全体的に淡く光っている。
「やはり、長い物にして良かったですね。最後まで悩みましたが」
「俺の為にこんなによくしてくれて」
伝えたら、ロイは目を細めて首を横に振る。とても大切な人を見るみたいな視線に、俺は少し驚いた。
「いつか、貴方に返したいとずっと思っていたのです」
「え? 何をですか?」
思い当たる節がなくて問うと、ロイは目を開いて驚いた顔をする。ちょっとだけ拗ねてもいそうだ。
「僕は貴方を今も、命の恩人だと思っているのですが」
「それはもういいです。俺としては当然の事をしたんですから」
ムッとしたロイは少し子供みたいに言う。普段とても大人っぽいから、こういうのは可愛い。でも同時にどうしたらいいかも分からない。
それに、呪いにかかったロイを助けたのは本当に当然の事だと思っているからいいのに、彼は今もずっと恩に着ている。どうしてなんだろう?
戸惑う俺に、ロイは困った顔をした。
「……呪いにかけられ、話す事も目を開ける事も、動く事もできませんでした。ですが唯一耳だけは聞こえていたのです」
「え!」
それは知らなかった! ということは、ロイはずっと聞いていたんだ。色んな事を。
「全てではありません。意識があったり無かったりでしたから。でも、意識がある時は聞こえていたのです、我が君の泣く声も、僕の名を呼ぶ声も」
それは……苦しかったんだろうな。
ロイは控えめだし、最後まで遠慮とかがあったけれど殿下を想っていたのは確かだった。過剰な照れ隠しで殿下の行為から逃げたり隠れたりはしてたけれど、大切に思っているのは伝わっていた。
そんな相手の悲しみをずっと聞き続けているのは、苦しかったんだろうな。
「何度も苦しみや痛みに負けそうになりながら、ここで僕が死ねばこの人はどうなってしまうのかと、ずっと思ってきました。だから諦められなかったのです。誰か……誰でもいいから助けて欲しいと、願っていたのです。貴方はそんな僕と殿下を助けてくれた方なのですよ」
そう、微笑んで言われてしまった。
「貴方の幸せを後押ししたいのです。この衣服もその一つ。クナルと二人、新たな一歩を踏み出すその日に貴方を飾るこれらを選びたかったんです」
「ロイさん」
「自信を持って。貴方はとても綺麗ですよ」
そう言われて、もう一度見た鏡の中。そこに佇む俺はまだ頼りない顔をしている。でも……俺を送り出す人にこんな顔は見せたくない。俺を待つクナルに、素敵だって言ってもらいたい。しょぼくれて俯いた俺じゃダメだ。
気合いを入れる。その俺を見たロイが嬉しそうに微笑んだ。
俺の衣装も整ったところでロイが呼ばれて会場に向かう。それにリデルも一緒に出た。今は俺と、一緒にヴァージンロードを歩くデレクだけが残っている。
「俺で良かったのか?」
大きな体を黒いタキシードに包んだデレクは少し窮屈そうだ。少し戸惑う様子でいる人に、俺は大きく頷いた。
「デレクにお願いしたかったんだ」
「なんで俺だ?」
「デレクが俺の事を連れ出して、宿舎に連れて行ってくれたんだよ」
何も知らない異世界に放り出されて、あわや投獄なんて事になりそうだった時、最初に出てきて俺を庇い、連れ出してくれたのはデレクだった。第二騎士団宿舎の家政夫という居場所をくれたのもデレクだ。
だからこそ、彼にお願いしたかった。俺を、この世界に連れ出してくれた人だから。
「あの頃が懐かしいな」
「ははっ、そうだね」
「俺の直感スキル、最大の仕事だよな。お前を助けたのは」
デレクが持つ固有スキル。彼はそれを信じて何者かも分からない『聖女のおまけ』だった俺を助けてくれた。それがなければ今頃、俺はどうしていたんだろう。多分、まったく違う生き方をしていただろうな。
「感謝してるよ、デレク。ありがとう」
「よせやい、んな改まった言い方。でもまぁ、良かった。俺も一安心だ」
そう、彼はいつもと変わらない大きな笑みで言ってくれた。




