212話 おまけの兄は異世界で幸せになります(13)
◇◆◇
翌朝は早く目が覚めた。多分、自覚はないけれど緊張してるんだろうな。
まだ薄暗い部屋の中、隣で眠っているクナルを見ていると、色んな事を思い出す。
この世界に来たばかりで、気を張っていた初日とか、街を案内してくれた事とか。コカトリスの討伐に行って怪我をして、思えばあの時初めて力を使ったんだ。
ロイの呪いを解いたり、ベヒーモスが現れてクナルが……。
思い出したら、胸の奥がギュッと締め付けられて苦しくて、服の胸元を握った。あの時、クナルは一度死んでしまった。俺が無自覚だけれど強く願って、女神の力がそれを現実にしてくれなかったら今頃ここにクナルは居なかったんだ。
短く息を吐いてギュッと目を閉じたら、頬に温かい手が触れた。驚いて、頼りなく見つめた先に薄青い瞳がある。心配そうに、でも穏やかに見つめてくれている。
「どうした、マサ」
「クナル」
「何か、怖い夢でも見たのか? 苦しい事でも思いだしたのか?」
起き抜けの、少し掠れた声。大きくて節のある手が大事そうにスリスリと頬を、耳の裏側を撫でてくるのは優しくて、くすぐったくて。俺は余計に泣きそうだ。
「クナルが居てくれて、嬉しい」
「マサ?」
「俺、これからもずっとクナルの側にいたいな。年取って、よれよれになるかもだけど、それでも側にいたいな」
喉の奥が詰まって、目頭がジンと痺れる。気づけばちょっと泣いている俺の目元を親指の腹で拭って、クナルは優しく笑った。
「当たり前だろ? 二人で年取って、その頃には子供もきっと大きくなって、案外孫がいたりするかもしれないぞ」
「そうかな?」
「あぁ。その頃には騎士も引退して、どっか穏やかな場所で二人で暮らしてさ。暇なら何か店をやってもいい。あんたの料理ならどこでだって人がくるさ」
そう、かな? 店か。そういう夢も、悪くないかもしれない。今じゃなくてもっと先、二人とも引退してから。小さな焼き菓子とか作って、和菓子もいいな。
そんな事を思っていると胸のつかえは取れて、俺は笑っていた。
◇◆◇
午前中は城の中の最終準備と、今日到着する予定の来賓のお出迎えをしている。昨日は遠方の人だけど、今日は近場の領地の人が多い。
その中で、俺は懐かしい人達を見てパッと笑った。
「アントニーさん! シルヴォくん!」
見えてきたのは海洋領ルアポートの前領主で、今は城の外交官として働いているアントニーと、現ルアポート領主のシルヴォ。そして殿下の秘書をしているファルネと、落ち着いた深い緑色のドレスを着た女性だった。
「トモマサ様、お久しぶりでございます」
相変わらず舞台役者のように芝居がかった大きな身振りと声でアントニーが近付いてきて手を握る。俺もそれににこやかに対応していると、側にシルヴォが立った。
前に見た時は明らかに不健康そうな青年だったけれど、今は顔色も良くなっている。それでも、目の下の隈は消えないんだけれど。
「お久しぶり、マサ殿。随分ゆっくりだったね」
「あはは」
これには苦笑して頭の後ろを掻いてしまう。その間にシルヴォの視線はクナルへと移った。
「クナル殿も、お久しぶり。相変わらずいい男だよね。僕、この人に挑んだのか……無謀」
「おい」
当時を思い出したのかクナルが低い声を出すがシルヴォには効いていない。相変わらずヒラヒラと逃げる感じがある。
その横では溜息をつくファルネがいる。こちらも相変わらずの隈。この世界で一番、社畜という言葉が似合う人だと思う。
リヴァイアサン討伐の時に知り合い、何だかんだ縁のある人達と会話していると一つ、ヒールの音がする。見れば妙齢の女性が俯いたまま、それでも俺に一歩進みでている。男性陣は道を開け、クナルは少し身構え、俺はしっかりと立った。
シルヴォの母でありアントニーの妻である夫人は以前、自分達の私欲で俺とシルヴォとの既成事実を作ろうとした。それにクナルは巻き込まれ、冤罪をかけられ投獄された事がある。
あの当時はもの凄く憤ったし、顔を見るのも嫌だった。
でも時が経って、彼女の話をアントニーからたまに聞くようになって、少し気持ちも変わった。
俺の前に立った夫人は震えている。随分印象も違う。以前の彼女は傲慢な程に自信過剰な感じがあったけれど、今日はとても慎ましく弱く、一回り小さくなった感じがした。
「このような日に、私の顔を見るのは大変不快だろうと思います。ですが一言、直接謝罪する機会をいただけないかと、こうして参った次第です」
張りのあった声は鳴りを潜め、弱く揺れた声で彼女は言う。アントニーは気遣う様子がある。意外だったのは、あれだけ夫人を嫌っていたシルヴォも心配そうだった事だ。
多分、もう大丈夫なんだ。色んな事が積み上がってすれ違ってしまった関係は、今も現在進行形で修復がされている。それを感じただけで、俺はもう何も言うつもりはない。
「俺は、もういいですよ」
「え?」
「貴方が自分の行いを顧みて、今を大切に……家族を大事にしてくれるならもう、いいです」
こちらをポカンと見る女性の目に、ジワリと涙が浮かんでくる。それに俺は微笑んで頷いた。
「俺も今は幸せです。そして今日は、出席してくれる人にも笑っていて欲しいです。ですから、どうか俺達を祝福してください」
「っ! あっ、ありがとう、ございます」
肩を震わせ泣き崩れそうな夫人の肩を抱いたアントニーが気遣うように声をかけ、ファルネがそっとハンカチを差し出す。動けない夫人の手を引いてシルヴォが座れる席に案内をしていく。それだけでもう、俺は満足だ。
「ありがとうございます、トモマサ様。貴方様の慈悲に救われます」
頭を下げたアントニーに俺は笑っている。まぁ、隣のクナルは何か言いたそうだけど。
「クナル」
「俺は許してねぇ」
「もぉ、今日はこれでいいじゃないか。お祝いなんだし」
「……別に、責めるわけじゃないっての。思い出すと腹が立っただけだよ」
そんな拗ねた子供じゃないんだから。
苦笑する俺はふと思い出した。俺、これがきっかけでクナルの気持ちを知ったんだよな。
あの日のクナルは余裕もないし、怒ってるし、そのまま俺の事を押し倒して怖かったけれど、あの時は多分俺も焦って判断を間違ったんだ。悪いといえば全員……なんじゃないかな?
そう思うけれど隣で拗ねてる人を見て、俺は思わず笑った。
「俺、あの時ちゃんとクナルの気持ちを知れたんだよ」
「それも不満だ。もっと違う方法であんたに告白するつもりだったのに」
「俺としては忘れられない思い出だけれどね」
「……分かった、許す」
子供みたいに口を少し尖らせ、不服そうにしながらもそう口にした人も成長したな。ちょっと可愛くて、手を一杯に伸ばして頭を撫でてみると、恥ずかしかったのかクナルは少し赤くなった。
その時、不意に外が騒がしくなって俺とクナルは顔を見合わせ外へと出た。
城の前庭はそれだけで屋敷が建つんじゃないかってくらい広い。けれど今、その広い前庭を影が覆っている。
見上げて、そのあまりの光景に俺は声が出なかった。
日の光を遮るような巨大なドラゴンだ。黒い体に金の文様を刻んだそれが前庭を見下ろす位置を悠然と飛んでいる。
その直ぐ側には東洋的な龍もいて、長い体をくねらせ泳ぐように飛んでいる。
更にはその側を銀色の巨大な狼と、白い体に九つの尾を引いた狐も飛んでいる。
そして、そんな者達の先頭を行き案内しているのが二人の天使だった。
「派手だな」
「うん」
これは騒ぎになるはずだ。何も知らなければこの世の終わりのような光景だろう。
「セヴァン様達、もう少し地味に来てくれると良かったのにね」
「ですが、皆さん来てくれて良かったですね」
背後から声がして、振り向くと殿下とロイ、他にも集まっていたのだろう来客達がいて皆空を見上げ固まっていた。




