211話 おまけの兄は異世界で幸せになります(12)
「ほぉん? んじゃ、一番いい部屋用意してやろうかね」
「クライド妃!」
「人払いも勿論」
「とうとうお兄ぃが貰われちゃうのかぁ。妹としてちょっと複雑かもぉ」
「女神の祝福もめでたいマサさんですから、案外あっという間にお子さんが」
「いいですね。我等三家で年子となれば、合う度にそれぞれの成長が見られて微笑ましくなりますね」
うわぁぁぁ!
恥ずかしくて顔を上げられない。夜の事とか考えるし、将来的には子供とかいると嬉しいけれどそれを赤裸々に語るにはまだ恥ずかしいのにぃ。
でも、そう、なんだよ。明日結婚式で、パレードがあって、披露宴をした後は初夜……なんだよな。結婚式まで待つって言ってくれたし、クナルには随分待たせている。時々、凄く熱い視線を感じる事もある。
待たせてるよね。我慢させてるよね。それでも俺の気持ちとか、覚悟とか考えてくれているんだよね。
そんなクナルに俺、応えたい。
「あの!」
「ん?」
「事前の準備……とか。そういうの、方法とか、分からなくて」
恥ずかしいし、こんなの星那に聞かせる内容じゃないとも重々承知しているけれど、ここの人達は経験も豊富だと信じて聞いてみる。だって、明日なんだ。大事な日なんだ。だから、失敗とかしたくない。
そんな俺を、クライド妃が優しく目を細めて笑った。
「好きだって、伝え続けてやればいいんだよ」
「え?」
それだけだって、クライド妃は言う。
これにエルシー妃は楽しそうに笑って頷いた。
「必要な事は多分クナルがしてくれるから、安心して。マサは気持ちだけちゃんと持てばいいの。信じていればいいのよ」
偉大な夫を持つ二人のその言葉はすっきりと俺の中に入ってきて、妙にストンと腹に落ちた。
「それにしても、祝い事が多いな。来年にはセナもか?」
「その予定です」
クライド妃の問いかけに星那も淀みなく答えている。来年の春から夏にかけて、星那とスティーブンの結婚式が王都と領地で行われるという。
「まさかセナが私の娘になってくれるなんて。本当に嬉しいわ」
エルシー妃が心から嬉しそうに笑う。その目にはちょっと涙もあった。
スティーブンの豹変や、そこからの真相。辺境へと移った事をエルシー妃は実の母親なのに全てを受け入れ、見守ってきた。でもその心境はとても複雑で、不安と不甲斐なさがあったみたいだ。
そんな中で星那がスティーブンと改めて縁を結び直し、プロポーズを受けた事。その場に俺もいたけれど、嬉しそうに笑って涙を浮かべるスティーブンを見たエルシー妃は誰よりも泣いて喜んでいた。
「私も嬉しいです、エルシー妃」
「もぉ、そんな余所余所しい呼び方はダメよ。お義母様って呼んでちょうだい」
腰に手を当てムゥとするエルシー妃。それを目をパチパチッとさせた星那が見つめ、次に俺を見て少し泣きそうな顔をした。
「星那?」
「私、いいのかな? エルシー妃をお義母さんって、呼んでも」
「え?」
「……お母さんの事、私忘れたりしないかな?」
不安そうに問われて、俺はハッとする。俺は夢の中で両親に会って報告もして、祝って貰えた。でも星那は違うから怖いのかもしれない。
記憶は薄れていく。どれだけ大事でもゆっくりと。それが嫌なんだ。
「セナ、無理になんて言わないわ! 大丈夫よ」
「でも私、こっちの世界ではエルシー妃の事もクライド妃の事もお母さんみたいに思ってる。だから家族に加えてもらえて嬉しいのは本当なの。でも……」
少ししんみりとした空気が流れて、それに気づいた星那が慌てている。
俺は、こっそり渡そうと思っていたお守りを取り出して、それを星那に渡した。
「え?」
「女神様とアリスタウス様が俺の夢に出てきて、託していった。父さんと母さんにも会ったよ。俺の事も、星那の事も嬉しいって。お祝いしてるって」
「ほん、と?」
「うん。このお守りを握って二人の事を思い出したり、祈ったりするとそれが供養になるって。幸せにって言ってたよ。だから、そんな思い詰めないでこっちの世界の幸せを受け取っていいと俺は思う」
いつも、俺達が笑っているのを嬉しそうにしている両親だった。俺達の事を全力で愛してくれる両親だった。そんな人達が今を、喜んでいないはずがない。
お守りを握って泣いた星那を抱きしめて、エルシー妃もそっと立ち上がってそんな俺達を抱きしめてくれた。
優しい匂いがする。
「誓いますわ、セナ、マサ。この世界の母として、二人の幸せを全力で応援します。二人が安心できるような、頼って貰える母となります。二人の実母には劣るかもしれませんが、精一杯の愛情で二人を支えますね」
その優しい言葉が俺にも向けられていて、胸の奥がじんわりと温まっていく。
そんな俺達を周囲のみんなが微笑んで見守ってくれて、なんだかとても優しい気持ちのまま時間が過ぎていった。
◇◆◇
用意された部屋に戻ってきたのは、日付が変わるより前の時間。
部屋にはクナルがいて、俺を見て柔らかく笑ってくれた。
「おかえり」
「うん、ただいま」
普段は一緒に部屋に入るからなかなか言わない言葉に思える。それを口にして、ゆっくりと歩み寄って。クナルも近付いてきて抱きしめて、頬にキスをしてくれた。
「楽しかったか?」
「うん。星那や皆とも話せて楽しかったよ」
「それなら良かった」
そう言いながら、クナルの腕は俺を離さない。心配させたかな?
とりあえずベッドに腰を下ろす。隣に座ったクナルとの距離は拳一つ分くらい。左側に彼の体温を感じる事もできる。
心臓がドキリと音を立てている。さっき、あんな話をしたから意識してるのかな?
「どんな話をしたんだ?」
「え!」
「? あいつらと話したんだろ?」
「あぁ、うん。えっとね……あの……」
「?」
こちらを見て首を傾げるクナルにしどろもどろになる俺。明らかに怪しい。顔も熱い。
「どうした?」
「……明日、初夜だねって」
「…………」
いや、他にも話したでしょ俺。そればかりじゃないでしょ? ロイヤルシープの出所とか、ロイの発情期とか紫釉が子供欲しいって言っていたり。星那の婚約の話とかも!
でも俺の中ではもうこれが出てきて仕方が無いのだ。
クナルの白い肌が徐々に染まる。恥ずかしそうに視線を逸らす人が可愛い。照れてる。
「クナル?」
「……嫌か?」
「え?」
「明日、その……嫌か?」
それはつまり……初夜の事?
「嫌じゃない!」
「本当か?」
「本当だよ! あの、恥ずかしいけれど俺、嫌じゃないから。だから、その……」
こういう時なんて言えばいいか分からない。恋愛スキルが足りなさすぎる。せめて星那の持ってた恋愛漫画とか読んでおけばよかったぁ!
「クナル! 明日はひと思いにお願い!」
思い切って頭を下げて言った俺。けれど返ってきたのは可笑しそうな笑い声だった。
呆然と見ると彼は腹を押さえて目尻に涙を溜めている。
「あんた、そんな言い方。ひと思いって殺されに行くのかよ」
「え! あっ、ちが! ちがくてね!」
確かにそれ、殺される人のセリフだ! ひと思いにやってくれ! みたいな。
途端に恥ずかしくなってアタフタしたら、ひとしきり笑ったクナルが涙を拭って俺の頭を撫でてくる。目を細めて、眩しそうに。
「明日、覚悟しとけな」
「……うん」
心臓が、静かにずっと強く鳴っている。胸の奥が苦しかったり、痺れたりする。目の前の人に触れられるだけで俺は恥ずかしくて幸せで、笑ってくれたら笑い返して。
そんな静かな夜がゆっくり、過ぎていくんだ。




