210話 おまけの兄は異世界で幸せになります(11)
「それにしても、明日結婚か。新婚旅行とか、計画あんのか?」
ヒルブラントに酒を注がれながら問われ、俺は首を横に振った。
「なんでぇ、つまらんぞ。旅行くらいいいだろ」
「いや、いいと思うんだが決まらないんだ。東国にも行きたいと言っているし、聖樹の森ものんびりできる。それに、縁の深い海王国からも誘いがあるそうだ」
マサがこれまで無償で手を差し伸べてきた人々と土地。その多くから誘いを受けている。そのせいで行き先が決まらないなんて贅沢な悩みもあったりするのだ。
「ドラゴニュートも歓迎だぜ」
「あそこの料理は苦手なんだよなぁ。匂いが強くて舌がビリビリする」
「香辛料をふんだんに使った料理というのは、獣人国では多くないしね」
スティーブンも苦笑する。実際、そういう部分なんだ。
「ドワーフの国にも顔を出せ。陛下も喜ばれる」
「西も歓迎しよう。まだ手放しに安全と言いきれないのが心苦しいが、連合の国では危険も減らせる」
ガンドーラ、ヴィンスもそう言ってくれる。だがそうなると……。
「新婚旅行が世界一周になりかねないよね、クナル」
「それなんだよな」
帰りがいつになるか。肩をガックリと落とす俺に周囲が思い切り笑っている。
「トモマサは凄いよね。これだけ多くの国と人を繋いでいるんだから。ある意味世界征服できるかも?」
「可能であろうな。武力ではなく慈悲と人柄で人々を結ぶなど常人では難しい事。流石神に選ばれた救世の聖人だ」
「分かるぜ。あいつの作る世界ならきっと優しいだろうなと思えるしな。まぁ、争いが好きなドラゴニュートとしては物足りなくもあるが、別問題だ」
「当人が拒むからそうはならなかったが、儂はあの坊主を女神神殿の新たなトップに添えて巨大な同盟を作るってのも悪くないと思っておったぞ」
なんて、冗談にしては本気の目で各国のトップクラスが語っているのが恐ろしいな。
だが……。
「マサは人に命令したり、誰かを従えるなんて気持ちがないんだ。そんなものなくても頼ってくる人に手を差し伸べる。そんな奴だよ」
だからこそ、俺は隣にいる。あいつの思いを、理想を、優しさを守る為に。
皆が顔を見合わせ、次には笑う。
「よーし! 飲もう! クナルの結婚を祝って!」
「おうよ!」
「うむ」
「いい夜だね」
「酒が美味けりゃなんでもいいわい」
「祝い酒は何よりの美酒だな」
改めてグラスに酒を注いで、全員が手に持つ。そして改めて、遅すぎる乾杯をするのだった。
▼智雅
「え? じゃあ、ロイヤルシープの依頼を出したのってエルシー妃だったんですか?」
突如拉致られた俺が連れてこられたのはサロンだった。
そこには可愛らしいお菓子と香りのいいお茶が用意されていて、皆に囲まれるようにして着席した。そして、他愛ない話をしていてこれにいきついた。
「まさか、あの時のお肉がマサの所にいくなんて」
ほっそりとした白い手を頬に当て笑っているエルシー妃は俺の母さんくらいの歳だと思うんだけれど、未だに三十代後半くらいの若さと可愛らしさである。
その隣にはクライド妃もいて、呆れた顔でエルシー妃を見ている。
「まぁ、棚ぼただな。エルシーも少し落ち着けよ。慌てて依頼出したんだぜ?」
「まぁクライド! どうしてそんなに落ち着いていますの? もしかしたらもしかするじゃないですか!」
「落ち着けって」
興奮した様子でクライド妃に詰め寄るエルシー妃は珍しい。そして俺の隣にいるロイがほんの少し恥ずかしそうな、いたたまれない顔をしている。
そういえば、クナルとこんな話をしたな。ロイヤルシープの毛は安眠間違い無しの高級品で、貴族家では赤ん坊の寝具に……。
「え?」
俺は恐る恐るロイを見る。ロイも同じタイミングで俺を見て、目が合った途端真っ赤になった。
これって、もしかして!
「ロイさんおめでた!」
「わぁぁぁ!」
驚いて思わず大きな声で言ってしまった俺に、ロイが慌てて叫んでアタフタする。穏やかお淑やかな褐色お兄さんが真っ赤になって慌てている姿に、事を知らない紫釉と星那も驚いた顔をして見た。
「違います! 初めての発情期がきたというだけで妊娠はしていません!」
「一ヶ月経ってないだろ? まだそこは分からないが」
「そうよ、ロイ! もしかしたらおめでたかもしれないじゃない!」
「王妃様達お願いですから事を広げないで!」
オロオロわたわたするロイはなんだか可愛い。湯気が出そうなくらい真っ赤だ。
でも、これがもし本当ならお祝いだ。
「良い事ではないですか、ロイ。国も安泰です。それにしても、結婚して半年とは早いですね。我はまだで、心待ちにしているのですが」
微笑ましくしている紫釉に促されて落ち着きはしたが、まだ赤いまま目を合わせられないロイが小さく「はい」と答えている。
「俺もいいことだと思います。というか、その場合俺、全力で祝福します!」
「おっ、心強いねぇ。女神から貰った祝福スキルがあれば安全性も増すってもんだ」
「マサ、その時にはお願いしますね」
「はい!」
「もぉ、マサさんまでそんな。気が早いんですよ皆さん」
なんて、本当に恥ずかしそうな様子で呟くものだから皆が声を出して笑った。
「それにしても、本当に睦まじいのですね。我は忙しくてなかなか時間が取れず、寂しいですよ」
そう紫釉はちょっと悲しげにお茶を飲み込む。
獣人国に一番近い海の国ウォルテラ。そこを治めていた紫釉だったけれど、今は魚人の国全体を統治する大王という立場になった。
結婚の少し前に俺を巻き込み、紫釉と彼の父親が対峙する事件があった。
陸の国との関わりを快く思わない人達が、俺を使って諍いを起こしそれを紫釉の責任にしようとしたんだけれど……紫釉と燈実、そしてクナルと神獣蒼旬が打ち破ってしまった。
そのせいで仕事が増えたんだろうな。
様子を見て、俺はそっと立ち上がって紫釉の手を取る。魔力を言葉と思いに乗せて、心から、この優しくも勇ましい人が幸せになれるように願って。
『紫釉に、可愛い赤ちゃんができますように』
スキルの発動を感じる不思議な声になって、魔力と思いが紫釉に吸い込まれていく。それを彼は目を丸くして見つめ、次にはふにゃりと目元を緩めた。
「そのように気を遣わずとも良かったのに。ですが……そうですね。其方の優しい願いもありますし、我も踏み込みましょうか」
「はい!」
燈実ならきっと応えてくれる。そう信じて、俺は笑った。
「マサ、是非ロイにも!」
「えぇ!」
鼻息荒いエルシー妃に迫られロイを見ると、彼はちょっと泣きそうな顔で首を横に振っている。
うん、こういうのは双方の同意と気持ちが大事だよね。無理強いするものじゃないしね。
ということで、丁重にお断りした。
「マサは人事みたいな顔してるが、そっちはどうなんだい?」
「え?」
クッキーを囓りながらニヤリとこちらを見るクライド妃の言葉に俺は虚を突かれ……徐々に飲み込めて赤くなる。挙動不審にアタフタしていると、紫釉やロイまで笑っていた。
「初々しいものですね、マサ殿。クナル殿とは進んでいないのですか?」
「進むって何に!」
「まさか本当に何もないのですか? 触れあったりは?」
「抱きしめてくれるよ!」
「お前等、一緒のベッドで寝てて一緒の部屋なんだろ? ユリシーズが『防音の魔法を三重に掛けておきました』って俺にも報告してきたぞ?」
「それ知らない!」
え? 何その期待の目。星那まで! ってか、知らない事も多すぎるんだけど!
顔がもの凄く熱くて、視線がグルグルあっちにこっちに。いくら結婚前夜の女子側(のわりに男性率高いけれど!)トークだとしても、赤裸々すぎやしない?
「こりゃ、マジでないんだな」
「クナルって、本当にお兄ぃのこと大事にしてるんだね」
「あの子も奥手さんですもの」
「確かに、クナルはマサさんの事を大切にしておりますし、結婚までは手を出さないと言っていましたからね」
「おや? では明日は結婚式で、その後は初夜となるのでしょうか?」
紫釉の発言に俺も含めて「はっ!」とする。
そしてクライド妃がもの凄く悪い顔で笑った。




