209話 おまけの兄は異世界で幸せになります(10)
客人のもてなしを込めた遊戯室には酒を飲むバーカウンターと、カードゲームを楽しむプレイ台。十人くらいが座れるソファーセットがある。
そこに酒とつまみを持ち込み腰を下ろすと、ヒルブラントがニンマリと口の端を上げた。
「んで? お前、マサの何処に惚れたんだ?」
「あぁ?」
一国の王太子に対して随分な反応なのは分かっているが、俺とこいつの間柄はこういう場では無礼講だ。それくらい、互いに信頼はあるのだ。
だからってこれは……ちょっと恥ずかしい。だが意外にも皆の視線が集まっていて、俺はばつも悪く頭の後ろを掻いた。
「何処って……全部」
「うわぁ、いっちばん無難。面白みないわー」
「殿下、酔ってんのか?」
真っ先にブーイングする殿下が子供みたいに口を尖らせる。一国の王太子で同い年だろうが。
「だって、面白くないじゃん。確かにマサは全体的に癒し系だし、控えめだけど有能で魅力的だけどぉ」
「俺の夫だ」
「いっちょ前に牽制するくらいならマサの何処に惚れたかくらい言いなよクナル」
他人の口からマサを「魅力的」なんて言われるのはやはり癪に障る。なんか、どいつもこいつもマサに気安いのが俺としては納得いかん。
そんな俺のグラスに燈実が酒を注いだ。
「こういう夜くらいはいいだろう」
「そうだな。私達が気安く集まれる機会もそう多くはないのだからな」
「そういうこった。んで? マサの何処が好きなんだ? お兄さんにちびっと聞かせてみろって」
「ヒルブラント、あんた年齢的にはお兄さんじゃなくておっさんだろうが」
ドラゴニュートも魚人族同様長命だ。若そうだがこいつ、実際は見た目年齢の後ろにゼロが一つ付くくらい生きている。
だがまぁ、隠す事もないのかもしれない。注がれた酒をチビリと飲んで、俺は思いだしていた。
「第一印象はいい匂いがしたんだよ」
「匂い? お前さん、変態か?」
ギョッとした顔をするガンドーラの親父さんに、俺は嫌な顔をする。
だがそこは同じ獣人系。殿下とヴィンス、そしてスティーブンが腕を組んで頷いた。
「獣人にとって匂いは大事だよね。これが気に入らないとまず無理だし」
「嗅覚に優れた種族であれば尚のことそうだろう。私もリコの匂いを好ましく思ったからこそ発展したと思える」
「ドラゴニュートも獣人程じゃないが、分かるな。匂いったって体臭とも限らん。エルフなんかは魔力の相性を匂いで感じ取る奴等もいるしな」
「セナもいい匂いがします。側に居ると明るく、元気を貰えるのです」
嗅覚に優れた種族は分かってくれたようで、これにガンドーラと燈実は「そんなものか」という顔で頷いた。
「まぁ、そればっかりじゃないな。マサは努力家だろ? それに、とても優しい。そういう所も好ましい」
「セナも言っているよ。昔かららしいね」
「でも、ちょっと頑張り過ぎなんだよね。基本笑ってるから見落とすけれど、無理もしてそうなんだ」
「あぁ。俺もそこは気にしてる。あいつは他人を優先して、自分を後回しにする癖がある。限界なのにそれを口にすることもないし、体調が悪くても苦しくても言わずに、謝ってくる。何も悪い事なんてないってのに」
全部を背負い込んでしまう、そんな危うさはまだ消えたわけじゃない。
そもそも、女神の使命があったからって全部をあいつ一人で背負い込むなんて無茶だ。世界を乗せるなんて、しちゃいけない事だ。
なのに一人で背負おうとした。泣き虫で臆病で武力なんて何も持ってないってのに、いざとなると頑固で強くて困る。
今はその荷も下りているけれど、また一人で困っていないか、俺はわりと気にして見ている。
「俺も支えられっぱなしだ。どうしたってあいつの方が先に俺の変化に気づいて気にする。俺としてはあいつを甘やかしてやりたいし、労りたいんだけどな」
言って酒をまたチビリ。すると意外な所から声が上がった。
「そんなもの、常にして当然だ」
ググッと酒を流し込んだガンドーラの言葉に皆の視線が向く。特に殿下だ。その熱視線にガンドーラの方が驚いた顔をした。
「何だお前等!」
「その辺り、もう少し掘り下げて?」
「掘り下げるって……基本だろうが。まぁ、いいけどよ。俺のかみさんが言うには、特別はいらないんだとよ。『ありがとう』が言えれば上等だってよ。あと、生返事やめろ。ぶん殴りたくなるとも言われた」
「あー、あるなそれ。俺も生返事してヒルデにぶん殴られる事がある。ってか、返事した記憶すらねぇ」
「最低です、ヒルブラント王子」
「興味ねーんだもんよ。ドレスの色や形とかよ」
「伴侶の機微には気をつけねばならないぞ、ヒルブラント殿。様子の違いを察し、分からなければ恥を忍んで問う。これが夫の愛情だ」
クズを見る目をしたスティーブンに、夫の深い愛情を語るヴィンス。なるほど、参考になる。とりあえず俺はマサの機微には気をつけている。今の所は大丈夫……だと思う。
「上手い飯を作るのも、知らん所でサポートしてるのも、毎日清潔な生活が出来るのも妻や夫の努力と愛情の賜物じゃい。それに感謝する事を忘れなきゃ、夫夫生活はなんとかなるさ」
年の功なのだろうな。ガンドーラの言葉は説得力があった。
「あと、絶対奥には勝てんよな。俺は未だにヒルデに勝てん」
そう腕を組んで難しい顔をするヒルブラントに、殿下が思い切り頷いている。まぁ、ここは間違い無いだろうがな。
「納得顔だがよぉ、ロイはそんなに強いのか?」
「強い、勝てない、勝つ気もない。ってか、物理的に無理」
「確か、魔の森でケルベロスの首を刎ねた上でグレイブで串刺しにしていたな」
「あぁ、あれな。見てたが、首を落としたのは一刀だぜ」
「マジか! お綺麗な顔して物腰柔らけぇ兄ちゃんだと思ってたのによぉ」
「「馬鹿か、死ぬぞ」」
殿下と俺の声が重なって、ヒルブラントはタジタジになった。
実際ロイはこの国でも五指に入る武力の持ち主だ。そのトップにいるのが第一妃のクライドだってのもどうかと思う。なお、二位がデレクだ。
殿下が酒を飲みながら難しい顔をしている。目がちょっと遠いな。
「槍も魔法も一級で、私は勝てる気しなくてさ。でも、それは男としてちょっと悔しいじゃん? 結果、どんな卑怯もやれるようになったよね」
「ルートヴィヒ殿の強みは視野の広さと手を選ばない狡猾さだろう。それもまた、特に王族であれば必須の能力だと思うが」
「ヴィンス殿も言うよね。まぁ、そういう自分も嫌いじゃないけれど。力を持たず決断もできず右往左往する王様なんて、居ても迷惑なだけだし。その点、私はなんとかやれると思うよ」
確かにこの人は一国を率いる覚悟を随分前からしていた。その為に己を磨くばかりではなく、有能な人材を取り上げてきた。魔術科のユリシーズなんて元は子爵家の子息で地位も低かったらしいが、今では魔術科のトップにいる。
俺も、きっとマサには勝てない。あいつは武力なんてものは持たないが、それでも勝てる気はしない。傷つける事はしたくないし、笑っていてほしい。あいつの為ならどんな敵とだって対峙する。
可能だろ? 何せこの世界の神と対峙したんだから。
「紫釉様を傷つける者を、俺は許す事はないな。当然俺があの方を傷つける事もない。そんな事になるくらいなら自決の覚悟だ」
グッと一口大きく酒を飲み込む燈実が重く言う。俺もこいつの感覚に近いが……そもそもシユ王はそんな柔な人物ではないだろう。
「大丈夫じゃない? シユ王は自分の火の粉くらい余裕で払いのけるでしょう」
「だな。あの王様は見た目に反して中身がかなり好戦的だ。怒らすと怖い」
「ほぉ? ヒルブラント殿でも恐ろしいか」
「恐ろしく相性が悪いんだよ。俺はレッドドラゴンの系譜だぜ? 水は苦手だ」
「俺とも相性悪いのかよ」
「めちゃ悪いな、実は。だがクナルとは性格的にわかり合える感じがあるから平気だし、力も拮抗する。だがあの王様は魔法特化でいけば俺を遙かに凌ぐからな」
「紫釉様は素晴らしい方だ」
自慢げな燈実が腕を組み鼻を高くする。それを皆で見て笑った。




